第28話 リーチ
「せい君、ご飯何にする?」
会長呼びでなくなっただけでなく、すっかり敬語まで取っ払われてしまった。
今はようやくせい君呼びに慣れてきたところの下校中である。
「……なんでもいいよ」
「せい君はお肉食べて太らないとね。だったら焼肉でもしよっか」
さっきまでの会長呼びが懐かしい。
あと、敬語だったことも。
少し距離がある感じが俺に安心感を与えてくれていたわけだが、がっつりとその距離を縮められた気分だ。
「あのさ神お……紫苑」
「んー、今神岡さんって言った?」
「い、言ってない。言ってないからはさみしまえ!」
「んー。まあギリセーフということで。で、なあにせい君?」
「こほんっ。ちょっと相談があるんだが」
「え、子供の名前は何がいいかって話?」
「そうじゃない」
「でも、男か女かどっちがいいかと言われても産み分けなんてできないし、どっちでも私は嬉しいけど」
「だからそういう話じゃなくて」
「じゃあ何? せい君、まさか私と別れたいとか言わないよね? 言ったら死ぬけどいい?」
「……そうじゃありません」
ていうか付き合ってないだろ。
い、いかんそんな話をする予定じゃなかった。
「あのさ、俺が生徒会長になった理由なんだけど」
「え、権力者になって私を副会長に招いて好き放題したいためじゃないの?」
「んなわけあるか! 俺はこの学園をよくしたいんだ。風紀の乱れも正し、学力も向上させて、部活動の成績ももっとよくしたい。だから生徒会長になったというのに、最近一番風紀が乱れてるのが俺とまで言われてる。これをどうにかしたい」
なにせあだ名がヤリチン会長だ。
そんな奴が『清い男女交際を心掛けよ』とか言って、誰がきくもんか。
「うーん、でも会長があまりに堅物でつまらない人でも誰もついてこないと思うけど。ほら、求心力がある人ってそれなりに遊びも知ってるというか」
「言いたいことはわかる。ただ、四六時中彼女とイチャイチャしてると思われていたのでは困るんだ。明日からの学校では節度ある行動を心掛けてくれ」
「せい君は学校でしたくないの?」
「学校じゃなくてもしない」
「ふーん、どうして?」
「どうしてって……」
「せい君だってしたいって思ってるはずだよ? さっきお耳かじりついた時、勃ってたし」
「あ、あれは勝手に体が」
「我慢してるだけだもん。ほんとはしたいんだもん。知ってるもん」
「……」
俺だって健全な男子高校生だ。
ムラムラはする。
そして神岡は超美人だ。
そりゃあムラムラする。
でも、湧き上がる衝動で押し倒してしまったらもうこの茨からは逃れられない。
こんなとんでも女に捕まって人生めちゃくちゃにされてたまるかという話だ。
「せい君、それじゃ今日は一緒にお風呂入ろ」
「なんだ急に、今更だ……なんて?」
「だからお風呂。一緒に入ってもムラムラしないんでしょ、私となら」
「そ、そうは言ってない」
「じゃあ私の裸を見たらエッチな気持ちになる?」
「……当たり前だ」
「そっか。ならよかった。せい君、今日はお背中流してあげる」
「い、いやそれはダメだろ」
「なんで? お背中流すだけだよ?」
「だ、男女で一緒の風呂に入るなんて、それはさすがに」
「いやらしい気持ちになっちゃうの?」
「……なる。だからダメだ」
なんの告白をさせられてるんだ俺は。
そりゃ可愛い子と一緒に風呂入ったらムラムラするに決まってるだろ。
でもそれとこれは別なんだ。
ムラムラするから=好き、とはならない。
それはそれ、これはこれだ。
そして俺はムラムラに負けるほど意志が弱い人間でもないし向こう見ずなタイプでもないしヤリチンでももちろんない。
十代の盛り上がった感情で簡単に性行為をしてそのまま子供ができてさあどうしようなんて、そんな人生プランは俺にはない。
「か……紫苑、俺は男女関係はちゃんとしたいんだ。ほら、まず付き合うまでに何回かデートを重ねて、付き合ってからも何回目かのデートでキスしてそのあと初めて家に行ってとか、そういうのが一般的だろ」
「そんなのドラマの見すぎだってせい君。好き同士なら、すぐにでもエッチしたいって思うものだけど」
「お、俺は情緒というものを大切にしたいタイプなんだ。なんかこう、全部すっ飛ばしてゴールインってのが嫌なわけで」
「ふーん、それじゃ何回目のデートで突き合って何回目のエッチで子供ができる?」
「なんでヤる前提なんだよ」
「だってー」
不毛な話し合いは続く。
一体何の会話からこうなったのかも、もう思い出せない。
「とにかく、俺は段階を踏まない関係なんて認めない。わかったか」
「ちぇー。それじゃせい君、今日はプラン変更してデートしない?」
「デート? いや、帰って勉強を」
「デート、しない?」
「……します」
ここにきて新兵器登場。
プラスドライバーと彫刻刀が彼女の両手に見えてギブアップ。
俺はまだねじ込まれるのも削られるのも御免なので、おとなしくデートをすることにした。
工具類を一体どこにどれだけ隠し持っているのか。
かつて一世を風靡した作品のメインヒロインは体中に文房具を忍ばせていて、自身の重みを調整していたとあったが。
こいつも蟹に重さを取られたってか?
いや、どっちかっていえば少し軽くなってほしいくらいだ。
重いから。
「じゃあ、どこいこっかせい君」
「どこでもいいよ」
「あと、さっきせい君が段階を踏んだらオッケーだって言ってくれたから、今日から三回デートしたらキス、四回目のデートでお泊り、五回目のデートで子作り開始ってことでいいよね?」
「よくないだろ。四回目からの飛躍っぷりがすごすぎるって」
「キスはエッチのスイッチを入れるための手段だよ? ほんとは三回目でそのままって言いたいところを我慢してるんだよ? これ以上の妥協は絶対しないから」
少し不機嫌そうに、また彫刻刀をいつの間にか手に持つ神岡が今にも暴れそうだったので、俺は「わかった、それで行こう」と。
言っちゃった。
さらに、
「あ、ちなみに昨日のお風呂デートが一回目なので。今日のデートは二回目だよ」
ということだそうで。
早速、二回目のデートとなった。
リーチがかかった。
次のデートでキス、だそうだ。
……どうしたらいいんだ、俺?
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