第22話 俺は臆病になってしまっている
「会長、あーんしてください」
「あ、あーん」
「ふふっ、私の指まで食べないでくださいね。あ、いえ、食べてもいいですよ?」
「……」
休日の賑わうフードコートの一席で。
並んで座った俺と神岡は今、一緒に買ったハンバーガーを食べているところ。
いや、正確にはハンバーガーを神岡に食べさせてもらっているところだ。
「会長ったら、一口が小さいですね。そういう上品なところも魅力的です」
「……ハンバーガーなら片手でも食べれるから別にあーんの必要はないと思うんだけど」
「いえ、今日は私のあーんでしか会長は何も口にすることはできません」
「それも命令?」
「もしかして嫌なんですか?」
「い、いえ」
そもそもどうしてこうなったかという原因をたどれば、それは俺がボウリング勝負で負けたから。
だからこの現状は情けない俺の招いた結果だと、そう言い聞かせるようにしている。
敗者の弁など聞く耳を持ってはくれない。
俺は今、己の未熟さに対する罰を受けているんだ、ああ、きっとそうだ。
「……神岡さん、喉が渇きました」
「はい、ジュースどうぞ。あ、口移しの方がいいですか?」
「い、いやそれはさすがに」
「ふふっ、冗談です。人前でそんなはしたないことをするほど私も淫らじゃないので」
「……」
じゃあ人前じゃなかったらするんだ。
家に帰った時は要注意だな。
「会長、食べ終えたら何しますか?」
「う、うーん。とりあえず人の少ない場所に行きたい、かな」
「それって……や、やだ会長ったら、私、今日は危ない日なのに……で、でもいいですよ、会長がしたいなら私、どんなことでも」
「え、ええと休みたいだけなんだけど」
「御休憩ですよね? それなら近くにいいホテルがあるみたいなのでそちらに移動します?」
「できればこのショッピングモール内でお願いします……」
人混みにきたらべたべたイチャイチャされて。
人のいない場所を選べば一気にゴールまで駆け抜けようとする。
どうあっても俺にとってプラスがない。
胃が痛い。
もうお腹もいっぱいだ。
「はい、あーん」
「……」
「あれ、どうしました? 会長、まさかご自身で約束されたことを反故されると?」
「あ、あーん」
「ふふっ、可愛い会長」
「……」
最後の一口を口に入れてから、ハンバーガーをもぐもぐと噛む間に悔しさも同時に噛みしめる。
このままやられっぱなしというのは、果たして男としてどうなのか。
そもそも、生徒会長は俺で神岡は副会長だ。
優劣をつけたいわけではないが、一応立場的にも俺の方が上なわけで。
なのに最近の俺は神岡の言いなりだ。
仕事も、彼女が率先してやってくれているというより彼女のやりたいようにやられている感じだし。
このままでは俺は尻に敷かれた情けない男子に成り下がってしまう。
何か一つ、神岡に勝てるものを探さないと……。
「そうだ。神岡さん、これが終わったらゲームセンターに行かないか?」
「え、いいですけど。意外ですね、ゲームセンターだなんて」
「いや、ちょっと気になるゲームがあったんでな」
以前から、少し気になるゲームがあったことを思い出した。
その名も『フラッシュ暗算クエスト』。
その名の通り、フラッシュ暗算で問題を解いていき、その正解率で敵にダメージを与えていってステージを進めていくという異色のRPGゲームだ。
まあ、評価は超がつくクソゲーだそうだ。
というのも、問題が難しすぎてクリアどころか最初のステージから進めないらしく、今や中古ゲームショップではワゴンセール状態。
そんなクソゲーが、しかしゲーセンのアーケードに移植されてから人気を博していると、ニュースで見たことがあった。
まあ、大半は罰ゲーム代わりとかで使われていて、稀にフラッシュ暗算の達人がやってきて次々とクリアしていく様は動画にアップなんかされていて。
そして俺はフラッシュ暗算が得意なのである。
「ああ、あれだあれだ」
そのままゲーセンに移動してまっすぐ目的のゲームへ。
「フラッシュ暗算クエスト……へえ、会長ってフラッシュ暗算が得意なんですね」
「ああ、昔から結構好きでやってたんだ。四桁以上の暗算もお手の物だ」
「ふふっ、それじゃこれもやっぱり賭けます?」
「……いや、ちょっと待て」
もちろんここに来たのは、ただゲームがしたかったからではない。
神岡とこれで勝負して、勝って今の奴隷契約を解除するためである。
ただ、自信満々にこのゲームを見て笑う神岡を見て少し悩む。
神岡はいうまでもなく天才だ。
俺のような努力型の凡人ではなく、非凡な才能を多彩に持ち合わせるまぎれもない本物。
だからもし、フラッシュ暗算まで得意だったらどうしようと。
怯んでしまった。
意気揚々とここまで来たはいいが、返り討ちにあったらペナルティが倍増するだけ。
さらに折れかかっているプライドまで真っ二つにへし折られそうで。
「……いや、やっぱりこれはやめておこう」
ビビった。
なんとも情けない話だが、勝てる確証のない勝負に足を突っ込めなくなっていた。
「えー、やらないんですか? 残念だなあ」
「……得意なのかこれも?」
「さあ、どうでしょう。でも、このゲームはやったことはないですけど」
何の躊躇いもなく神岡は笑っている。
やはり自信があるということか。
やめておいて正解だった。
「でも、会長せっかくなんて一回くらいやってみてくださいよ。賭けはなしで」
「うむ。まあ、一回くらいならいいか」
というわけで、ただゲームをするだけに百円を投入した。
すると液晶画面の中世の騎士みたいなキャラが動き始めて、やがて戦闘が始まる。
「次の問題の解答を入力してください」
と、画面の敵が親切丁寧に話してくれるあたりからクソゲー臭がたっぷりだ。
で、一瞬何か数字が見えて消える。
「……134578,か」
単純な足し算だった。
で、正解。
「わあ、会長すごいです。私、何も見えなかったですよ」
「そ、そうか? あれくらいなら簡単なもんだ」
「ねえ、次もやってみてください」
「あ、ああ」
そのあと、掛け算や割り算、分数なんかのフラッシュ暗算も次々と。
しかし、俺にとっては朝飯前。
どんどんと正解を重ね、最短コースのノーミスでクリアしてしまう。
「会長すっごい! 私、最初の問題から全然わかんなかったのに」
「ま、まあ得意だからなこういうのは」
「会長かっこいい。すっごく素敵ですよ」
「い、いやそれほどでも」
隣できゃっきゃする神岡に、少しだけ俺は得意げになっていた。
なんか、何をやっても神岡には勝てないと思っていたんだが勝てるものはあったと。
失いかけた自信も少し、回復していた。
「でも会長、それだったら賭けしたらよかったのに。しないってことはやっぱり、今日一日は私の言うことをききたくて仕方なかったってことなんですね」
「い、いや、それは」
「ふふっ、会長ったらせっかく勝てる勝負を棒に振ってくれるなんて。やっぱり優しい会長は素敵です」
「……」
ぎゅっと握られた手を見ながら。
こんなことなら自信をもって勝負しておけばよかったと。
後悔しても後の祭り。
クリアと書かれた画面には、さっき登録した『YAKUSHIJI』という俺の名前がランクインしたと。
ていうかクリアしたことあるのは俺だけのようで。
むなしく、そこに刻まれた名前を見つめていた。
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