第16話 静かな場所とは
「えー、皆さま球技大会お疲れ様でした。今後も定期的に行われる学校行事におかれましては、皆様が楽しんでいただけるような取り組みを……」
閉会の挨拶。
ようやく外に出れた俺は外の空気を目いっぱい吸い込みながら神岡に用意された原稿を読み上げる。
しかしまあ見事なものだ。
文章もさることながら、壇上から見下ろす生徒たちの充実した顔が、今回のイベントの成功っぷりを物語っている。
神岡の運営力は素晴らしいものがある。
それは素直に認めるところ。
ただ、彼女にまかせっきりで終わってしまった行事の成功を手放しで喜べないのは、別に俺が心の狭い人間だからってわけじゃない。
責任感ってやつだ。
誰かに任せっぱなしで終えた仕事が俺の成果になるなんて、なんかずるしたみたいでいやな気分になる。
「よっ、生徒会長! 楽しかったぞー」
「会長、今度は会長も一緒に参加できるように頑張ってねー」
「会長おつかれー」
「会長ありがとー」
挨拶を終えて壇上から降りる俺には称賛の声が浴びせられる。
これを心から受け止められるような働きをしたかったものだ。
「会長お疲れ様です。みんな喜んでくれてますね」
「あ、ああ。しかし俺は何もしてないからなあ」
「ふふっ、そんなことありませんよ。生徒会の功績は会長のものです。そして何かあれば責任をとってくださるのも会長です。それが組織のトップってものですよ」
「ふむ」
神岡にそう言われて、妙に納得するところはあった。
だからなのか、終わった後の清々しい皆の姿を見るとほほえましくなった。
ああ、こうやってみんなのモチベーションを上げながら学校の意識を向上させていくという俺の計画は、曲がりなりにも進んでるんだな。
「神岡副会長、今日はありがとう。君なくして今回の成功はありえなかった」
「ふふっ、どういたしまして。会長、それじゃデート行きましょ?」
「そ、そういえば。まあ、一回くらい付き合ってやるか」
「わーい、それじゃ会長、私の行きたい場所につれてってください」
「ああ、今日は大盤振る舞いだ。好きなところを言ってくれ」
◇
「……いや、ここは」
「会長、好きなところって言いましたよね?」
「だ、だけど……」
意気揚々と校舎を出て神岡に連れられるままついていくと、そこはホテル街だった。
「会長、もしかして高校生だからってことで気にしてます? 大丈夫ですよ、みんな来てますから」
「み、みんなだと? それはそれで見過ごせない風紀の乱れだな」
「えー、今時普通ですよ? 音も漏れないし暗くて涼しいからカップルでゆっくりするならみんなここ来てますよ」
「い、いややっぱりだめだ。付き合ってもいない男女がホテルなんて」
「ホテル?」
「あれ、違うの?」
「ええ、あそこですよ行きたいのは」
ホテル街の端の方を指さすと、明々とネオンが光る看板が。
カラオケボックス。
「……なんだ、カラオケか紛らわしい」
「あれー、会長ってホテル行きたかったんですか? それなら」
「行きたくない。あと、カラオケってここしかないのか?」
「ありますけど、そこのカラオケが一番いいって評判なので」
「ふむ」
カラオケにいいも悪いもあるのか?
いや、機種とか音響とか、拘るやつもいるにはいるのか。
とにかくホテルでなかったことに安堵しながら二人でカラオケボックスへ。
店内は薄暗く、受付にやる気なさそうに座っている従業員に声をかけると、さっと部屋番号の書かれた札を渡される。
「一番ですね。なんか演技いいですね」
「そうか? まあ、とりあえず入ろう」
カラオケというものは、存在こそもちろん知っているけど実際来るのは初めてだった。
だから重い防音扉を開ける時、ちょっとだけ緊張する。
で、部屋は真っ暗。
画面の明かりだけで照らされた部屋にはテーブルと二人掛けのソファのみ。
「……なんか狭くない?」
「あれ、会長って誰かとカラオケ来たことあるんですかあ?」
「い、いや初めてだけど……ほら、なんかドラマとかで見るのってもっと大勢で騒いでるイメージが」
「そういう部屋もあるってだけです。さっ、座りましょ」
「待て、部屋の明かりは」
「暗いままの方が盛り上がりますよ」
「……カラオケの話だよな?」
「はい、カラオケですよ」
「ふむ……」
暗いほうが盛り上がる、というのはよくわからないがとりあえずソファに腰かける。
そして隣にぽすっと座る神岡は、すぐに行動に移ってくる。
「手、握ってもいいですか?」
「……カラオケしにきたんだろ」
「でも、暗いの怖いから」
「だったら明るくすればいいだろ」
「会長って明るくしてする派ですか? なんかエッチ」
「何の話だよ」
「カラオケですけど?」
「……じゃあ手を握る必要もないな」
「むう。会長のいじわる、こうしてやる。ふーっ!」
「はうぅっ!?」
耳が弱い。
それは神岡と知り合ってすぐに発覚した俺のウィークポイントなのだけど。
甘い息を吹きかけられて、俺は思わずその場で体を震わせる。
で、その隙に手を握られる。
「お、おい」
「えへへ、もう握っちゃいましたから。会長の手、大きいですね」
「……手、だけだぞ」
「手でしてほしいんですか?」
「だから何の話だよ」
「会長、私の手はきっと気持ちいいですよ?」
「……」
ぬるっと、神岡の細い指が俺の指の隙間に入り込んでくる。
そのなんとも言えない感触に背筋がぞぞっと。
「あれ、会長って恋人つなぎ好きですか?」
「し、しらん……したこと、ない」
「今してますよ? ほら、指と指がこすれて気持ちいですねこれ」
「き、気持ちいいなんてそんな……く、くすぐったい」
「あれ、会長すっごく体に力入ってますね? ふふっ、もしかしてムラムラしちゃってます?」
「し、してな……あっ」
絡めた指を動かされるたびに快感が俺を襲う。
暗闇で視界が悪いとあって、感触が生々しく俺に伝わってくる。
あと、神岡特有の甘い香りも。
俺の脳を溶かしてゆく。
「会長、ここってどうして評判がいいか知ってますかあ?」
「し、知らん……す、少し離れ」
「ここって、外から絶対見えないからいいんですって。高校生が合法的に使うラブホだって、みんな言ってましたよ?」
「だ、ダメダメここはホテルじゃなくてカラオケで」
「でもカラオケボックスでしたらダメって、書いてなかったですよ?」
「か、神岡?」
絡めた手をグイっと引いて。
神岡は俺に体を近づけてくる。
そしてこっちに顔を向けて、暗闇でもわかるほどに頬を紅潮させて俺を見る。
「会長……今日は頑張ったご褒美がほしいです。会長に優しくされるだけで私、なんだってできます。会長の為に尽くします。一生ですよ」
「い、一生って……い、いや、だけど急にこんな」
「……それなら、どうすれば会長は私を認めてくれますか?」
「そ、それは……」
「修学旅行でも会長と一緒に回りたいです。一緒に思い出、作りたいです」
「え、ええと」
「会長、お忙しいのはわかりますが私は会長の為に死ぬ気で尽くしますので、どうか私とのお時間くれませんか?」
「い、今こうして一緒にいるだけじゃ、ダメなの?」
「……ダメ、やだ」
「……」
照れて拗ねる神岡が、可愛かった。
あ、可愛いなあって思ってしまった時点で、俺はもう色々と負けていた。
ただ、こんななし崩し的なのはやはり望んでいない。
だから俺は苦し紛れに提案する。
「……俺は学園を改革したい。かつてのように、地域中から尊敬される学園にしたいという野望があるんだ。だから、うちが県模試で県内三位以上の成績を残せるようになるまで、待ってくれたりはしないか?」
「つまり、うちの学園の頭の悪い豚共が必死に勉強して賢くなれば会長は晴れて私と交際してくださると?」
「ま、まあ……」
これはあくまで願望だ。
現在県内でトップテンにも入れていないうちの学校が急に成績を上げてトップクラスに返り咲くことなど、俺の在学中では無理だとわかっている。
だから達成されることはない。
神岡とも、晴れて結ばれることはない。
「わかりました。私、会長の夢を死ぬ気で支えます。そしたら、結婚してくださいね」
「ああ、それができたら……結婚?」
「はい。すぐに籍を入れて子供も作ります。会長は大学に進学されると同時にパパになります」
「な、何をいってるんだ何を」
「約束ですよね? 会長、言いましたよね?」
「……わ、わかった」
暗闇からの謎の圧力によって、俺はうなずくしかできず。
そしてようやく、神岡は納得したように強く握った手をそっと離す。
「ふふっ、約束しちゃった。会長と、婚約しちゃいましたね」
「こ、婚約ってそれは」
「しちゃいましたね?」
「……ですね」
どうやら俺は婚約したらしい。
真っ暗な部屋の中で俺は一人、困惑しきりだった。
で、あっという間に一時間が経過した。
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