第10話 バックをおさえられたらどうにもならない
背中も性感帯だとわかったことが果たして俺にとって収穫だったのか不覚だったのかは置いておくとして。
間抜けな声を出す俺と、嬉しそうに俺を触る神岡の様子は放課後になるころにはすでに全校生徒の知るところとなっていた。
おしどり夫婦。
美男美女。
美女と野獣。
なぜか俺に対する評価がぶれていることについては敢えて言及しないが、とにかく俺たちがカップルとして扱われるようになってしまったのは生徒会長としてあまりにマイナス要素が大きい。
というのも、本音を言えば俺はこの学校を男女交際禁止にしたかったのだ。
まあ、ずっとというわけではなく偏差値が昔のように県内ベストスリーにまで回復するまでという条件付きで。
そんなことをすれば嫌われるだろうけど、それはそれで構わないと。
多少は無理強いでもしなければ改革なんてできっこない。
そのための犠牲として、己の好感度くらいは差し出す覚悟だったんだけど。
「会長、すっかり誰も言い寄ってこなくなりましたね。えへへー」
隣で満足そうに笑う神岡によって、そのプランは潰えた。
皆の前で率先していちゃついてると思われてしまった俺がどの口で恋愛禁止など謳えようか。
俺の儚い願望だけが犠牲になってしまった。
ほんと、邪魔しかしないくせに楽しそうにする神岡が腹立たしい。
「……生徒会室には今日はいかない。帰る」
「え、それじゃ放課後デートですか?」
「なんでそうなる。今日はやることがないから帰って勉強するんだ」
「でもでも、その仕事をしたのは誰ですか? まさか会長、私に仕事させるだけさせて、無視するつもりですかあ?」
「い、いやそういうわけでは」
「会長ってさせるだけさせてポイする酷い人なんですね!」
「こ、声がでかいって」
紛らわしい物言いに、クラスがどよめく。
慌てて俺は神岡を教室から連れ出す。
「おい、変なことを大声で言うな」
「だって……それじゃやり逃げしません?」
「やり逃げって言い方が気になるが……まあ、今日ばかりは仕事をほとんどさせてるわけだしどこか一つくらいなら寄っても構わないけど」
「ほんと? じゃあ今日は一緒にお買い物に付き合ってください」
「買いたいものがあるのか?」
「どちらかといえば会長を解体したいですけど」
「うまいこと言ったつもりだろうけど普通に怖いわ!」
俺をバラバラにして何をしたいのかという質問は、聞くだけ俺の心が傷つきそうだから聞かないでおこう。
でも、買い物か。
てっきりホテルだとか人のいない場所だとか、変なことを言い出すと思っていたが案外まともな提案だったな。
まあ、ふざけたことを言ったら無視してやろうと思ってたけど買い物くらいならいいか。
「それでは会長、行きましょう」
「で、何を買いにいくつもりなんだ?」
「えーっと、シャンプーとか家着とかサンダルとかですね。あとはハンガーとかちょっとした時用のサンダルとかもほしいですね」
「……引っ越しでもするのか?」
「いえ、会長のおうちにお泊りする際に必要なものをあれこれと」
「おい、何勝手にまた泊まる前提で話をしてるんだ」
階段の踊り場で足を止める。
お泊りグッズを買うってことは、つまり入り浸るつもりだ。
それは容認できん。
「勝手じゃありませんよ? お母さまにも許可いただいてますし」
「いや、だからってずっと母さんの部屋を使うわけにはいかんだろ」
「それはさすがに気の毒ですから。ちゃんと会長のお部屋に泊まらせてもらうよう、お話してます。快く受け入れてくれましたよ」
「……は?」
「さて、買い物行きましょう。あ、買い物ついでに夕飯の食材も買いましょうね。今日はドリアとか作っちゃいますから」
「……いややっぱり待て! 俺の部屋!? 絶対ダメだろ!」
「なんでですか? ベッドは二人寝るには十分な大きさでしたよ?」
「そういう話じゃない!」
「え、会長の寝相とかいびきとかは気にしませんよ? むしろそういう私にしか見せない一面を見れると、興奮して濡れちゃいます」
でへへ。
と、神岡は表情を崩す。
まったく俺の話が伝わっていない。
「……いや、どう考えてもやっぱりだめだ。買い物には付き合うけど部屋は無理。わかったか?」
「もしかして会長、お部屋にエッチな本が隠してあるとか」
「ない。見られてやましいものなど置いていない」
「え、会長ってどうやってスッキリさせてるんですか?」
「まあ、それはスマホで色々見れるから……って何言わせとんじゃ!」
うっかり口が滑ってしまったところで俺は先に階段を降りる。
ついてくる神岡は少し不機嫌そうな顔で俺を見てくる。
「なんだよ」
「会長だってそういうことに興味あるくせに。どうして私じゃ嫌なんですか?」
「嫌とか以前の問題だ。生憎、彼女を作って遊んでいる暇はない」
まあ、これは半分は嘘である。
いくら忙しくても、好きな子ができれば多分俺だって恋愛したいとか付き合いたいとか思うだろう。
ただ、童貞を早く捨てたいと焦っているわけでもない。
焦って、神岡のようなメンヘラと付き合って振り回される未来は望まない。
「ふーん、会長はまだそんなこと言うんだ」
「最初からずっとそう話してるはずだが。それに、まずは生徒会長としての初仕事になる球技大会に専念したい。たった一日のことだが、事後処理なども含めればイベントひとつでも骨が折れる」
「それじゃ球技大会が無事終わったら、少しは時間とれますか?」
「いや、それは」
「とれますよね?」
「……まあ、まだそれはなんとも」
「とれないなら会長に襲われたって先生に訴えて生徒会長の座から引きずり下ろしますから」
「わかったわかったとるから!」
「約束ですよ?」
「……ああ」
ていうか襲われたなんて言われたら、生徒会長の立場を失うどころか普通に退学だ。
逮捕されるまである。
そんなことされてたまるか。
「それじゃホームセンターまでいきましょ。私、さっき話したもの以外にも買いたいものありまして」
「先に断っておくが、買い物は付き合っても泊める気はないぞ」
「むう。会長の意地悪……わかりました、それならこちらも考えがあります」
神岡は正門辺りにきたところで足を止めて、スマホを取り出すと誰かにメールをうち始める。
そして、「これでよし、と」って言った直後。
なぜか俺の携帯の着信がなる。
「ん、誰から……父さん?」
父からの着信。
母とは定期的に連絡を取り合うが、父とは離れている時に連絡することなど滅多にない。
普段は温厚だが曲がったことが嫌いな父には厳しく育てられた。
だから高校生になった今でも結構怖い。
そんな父から一体何の電話だ?
「も、もしもし?」
「おお、誠也か。久しぶりだな」
「う、うん。父さん、一体急にどうしたの?」
「紫苑ちゃんから誠也と喧嘩したと聞いてな。女の子に怒るなんて男らしくないことをしているのかお前?」
「え、いやいや何の話? 俺は別に」
「言い訳までするようになったのか誠也。男らしく非を認めて仲直りしなさい」
「な、なにを言ってるんだ父さん?」
「往生際が悪いぞ。よそ様の娘さんをキズモノにしておきながらしっかりその責務を果たそうとしないなんて、そんな子はうちの子じゃない」
「い、いや、言ってることの意味が」
「とにかく、紫苑ちゃんから仲直りしたと報告がなければ仕送りもストップする。いいか、ちゃんとしなさい」
「ちょ、ちょっと待って父さ……あ、切れた」
少し乱暴な感じで電話が切れてしまった。
俺はそのままツーツーと鳴るスマホを見つめたまま呆然とする。
「……どういうこと?」
「会長、お父様からですよね? なんて言われました?」
「……お前、父さんに何を吹き込んだ?」
「えー、別に変ったことは何も。ただ、お泊りさせていただいてありがとうございましたってお礼したのと、今日も泊まりたいのに会長が無理やり家に帰そうとしてきて困ってるってお伝えしただけですよ?」
「……」
人生には三つの坂があるという父からの教えをなぜか今、思い出す。
上り坂、下り坂、そして『まさか』だ。
いや、なんだそのダジャレはとその時は一笑に付していた俺だけど。
今ならわかる。
この『まさか』が一番強烈だ。
まさか父を味方にするとは。
あの厳格な父が、息子の確認もとらずにこんなメンヘラ女の言うことを鵜呑みにするなんて。
「会長、お父様ってお話するとちょっぴり怖そうですが、とても理解のある方ですね」
「……お前、そもそも父さんの連絡先はどこで仕入れた?」
「お母さまからですけど?」
「……それ以上変なことは言ってないよな?」
「はい、特には。会長のお部屋は案外散らかってたとか、会長のお部屋の枕がすごく落ち着いたとか、朝は手を繋いで登校させてもらいましたとか、そのくらいですよ」
「おうふ……」
そんな話を聞いたら堅物の父は当然、俺が神岡とやることをやったと思ってるに違いない。
で、常々父は『女性関係はちゃんとしろ』って言ってる人で、不倫とか大嫌いな人だから、当然責任をとれだのなんだの言いだすのはうなずけるわけだが。
神岡のやつは父さんの性格をわかってやってんのか?
だとしたらとんでもない。
メンヘラで計算高いとなると、厄介なんてもんじゃない。
「会長、今日は泊めてもらえますよね?」
「い、いや、それは……べ、別に父さんにも泊めてやれとは言われてないし」
「でも、泊めてくれないとお父様に仲直りのご報告はしませんよ?」
「そ、それは俺から」
「いえ、ちゃんと仲直りしたら私から連絡することになってるので」
「……参った」
今日も今日でお手上げだった。
万歳だ。
もう手はない。
父は結構思い込みの激しいタイプでもある。
だからこの状況で俺が何を言っても多分言い訳くらいにしか思ってくれないだろうことも、親子だからこそわかる。
親子だからわかる。
なぜ神岡は親でも子でもないのにわかる?
「それじゃ今日もオッケーということですね。ふふっ、夜のおやつとかも買っておかないとですね」
「……」
そのあと。
神岡と近くのホームセンターに到着した時に俺のスマホに『紫苑ちゃんから連絡あり。ちゃんとしなさい』と。
父からラインが入った。
……紫苑ちゃんって呼ぶの、やめてくれないかなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます