第8話 顧問、カモン。そしてグッバイ
「あ、生徒会長と副会長だ!」
「へえ、朝から一緒とは羨ましいな。もしかしてあの二人付き合ってる?」
「えー、そうなのかなやっぱり? でもお似合いだからいいよね」
通学中に、道行く生徒たちから向けられた言葉の数々の一部である。
朝食を食べ終えたあと、先に学校に行くと言って神岡を振り切ろうとした俺は、玄関先で神岡に捕まって熱い視線と熱いコーヒーをぶっかけられて悶絶。
着替えたのち、神岡に言われるまま一緒に登校しているので当然皆の注目の的になってしまっている。
「会長、すっごく見られてますね。みんな、私たちのことを祝福してくれてますよ」
「してない。あと、ひっつくな」
「ダメですよ。会長があばずれなメスに走らないように見張っておかないと。それとも、またお熱いコーヒーをご所望で?」
「い、いえ……き、今日はちょっと暑いから」
「ふふっ、私もです。会長といるせいかなあ」
「……」
あっついコーヒーが顔面にかかったあの時の痛みが蘇る。
で、言葉に詰まる。
まったく、とんだ圧政だ。
早くなんとかしないと、いずれ俺は神岡の言いなりにしか動けない傀儡になってしまう。
それに、
「おい、会長と副会長がイチャイチャしてるぞ」
「うわあ見せつけてくれるなあ。見てるこっちが熱くなるぜ」
「なんかお似合いよねえ。学校公認のベストカップルって感じ」
勝手に公認ベストカップルになってしまっている。
それはまずい。
別に他に狙ってる意中の生徒がいるとかじゃないんだけど。
規律を正したい生徒会長自身が率先して女子と校内でいちゃいちゃしてるなんて思われたのでは、今後の活動に支障が出る。
……ここは勇気をもって神岡に注意せねば。
「あの、神岡さん」
「はい、何を言われても離れませんけど何か?」
「……いや、あんまり生徒会長の俺と副会長の君が淫らに思われたら、他の生徒たちに示しがつかなくなる」
「でも、うちは男女交際禁止とかじゃありませんし」
「そういう問題じゃない。チャラチャラしている人間のいうことなど、誰も従わないだろうと言ってるんだ」
「彼女がいたらチャラチャラしてるなんて、そんな前時代的な発想こそ健全なる高校生活において妨げになると思いますけど?」
「ぐぬっ……いや、とにかくだな」
「とにかく会長から離れる気はありません。あと、会長から離れようとしたらその場でちょん切りますから」
「い、いや、それは……た、頼むからそのはさみをしまえ!」
「えへへっ」
ちょきちょき。
はさみが動くたびに俺は背筋と股間が寒くなる。
やりかねないんだよな、神岡なら。
女子と付き合ったことのない童貞堅物な俺でも、こういうタイプが嫉妬に狂って男を刺したり浮気相手を切りつけるタイプだってことくらいは知っている。
……なんていえば偏見か。
いや、神岡に対しては細心の注意を払っておかねばな。
「さて、まだ授業までは時間があるから先に生徒会室に行こうと思うのだが」
「はい、私もそのつもりでした。会長と心置きなく二人っきりになれるプライベートルームですもんね」
「生徒会室を私物化するな。あと、生徒会には顧問の先生というのが就くことになっている。残念だが二人っきりにはなれんぞ」
「あはっ、英語の高橋先生ですよね。それならもう手は打ってありますから」
「手を打ってる?」
ちょうど校舎の入り口にさしかかったところで、神岡が不穏なことを言い出したので足が止まる。
「ええ、高橋先生って今年二十六歳のとても美人な先生ですから。会長が万が一大人の女性に憧れたりしないように、生徒会室への入室を禁じました」
「なるほど……って禁じだだと!? いや、なんで生徒が先生にそんなことできるんだよ」
「えへへ、なんででしょうね。でも、高橋先生は絶対来ませんよ?」
「……」
一体彼女は先生に何をしたのだろう。
今なおその右手でチョキチョキ動くはさみで脅したのか、それとも俺がやられたようにコーヒーをぶっかけたのか。
いやいや、高橋先生はT大卒のこの学校で一番賢く、若くして教育委員会からも何度も表彰されているような立派な先生と聞く。
だからこそ生徒会顧問を依頼したわけだし、そんな立派な先生が一生徒の暴力的な態度に屈するとは思えん。
行ってみればわかることだ。
「失礼します」
生徒会室の鍵はあいていた。
しかし部屋には誰もいない。
で、机の上には一枚の紙と生徒会室の合鍵が置かれてあった。
そして紙には震えた字でこう書かれていた。
『探さないでください 高橋』
「……え、まじ?」
「あはは、大袈裟だなあ先生ったら。それに職員室にはいるのにおかしな話ですよね」
「お、お前何をしたんだ?」
「えー、別に。ちょっとお願いしただけですよ? 会長との邪魔をしたら、ぺちんってしちゃうぞーって」
「可愛く言っても全然可愛く聞こえないんだが」
「会長もぺちんされたい?」
「い、いえ結構です……」
ぺちんとは。
ちょっと気にはなったけど絶対にやらせてはいけないと。
生物に備わった生存本能がそう告げていた。
多分、大事な部位のどこかを失うレベルの惨事にはなるだろうと。
「……しかし、顧問の先生までいないとなると少し手間が増えるな」
「どうしてですか?」
「いや、何をするにも一応先生の許可ってもんがいるだろ。顧問がいれば、あとは先生側で勝手に話を進めてくれるから楽なんだけど」
「なるほど、そういうことですか。それなら書類を受け取りにだけ、高橋先生に来てもらいましょう」
おもむろに、神岡はどこかへ電話をかけ始める。
そして、表情が曇る。
「……もしもし先生? 会長が渡したい書類あるみたいだから来てもらえます? ええ、すぐに。はい、早くしてもらえます? あの、会長との時間潰したらどうなるか……あ、はいはいダッシュですよー」
神岡が電話を離すと、誰かが走ってくる足音が近づいてくる。
「しょ、書類を受け取りにきました!」
息も絶え絶え、いつもはきれいにセットされた長い髪はぼさぼさ。
ちょっと化粧も崩れかかった高橋先生が、目を泳がせながら部屋に入ってきた。
「あはは、先生慌てすぎ。はい、この書類に印鑑もらっておいてもらえます?」
「は、はい。ええと、これは何の書類?」
「そんなの戻りながら読め」
「ひっ……し、失礼しました!」
ばんっ。
と、勢いよく扉を閉めて高橋先生は一瞬でその場を去った。
「えへへ、これなら問題ないですよね会長」
「……一体何をしたらああなるんだ?」
「ちょっと臆病なんですね、高橋先生って。さてと、私紅茶入れますね。会長も飲みます?」
「い、いや俺は」
「飲みますよね?」
「……いただきます」
神岡は朝から優雅に紅茶を沸かしてくれた。
どこからか取り出した筒に入っていた茶葉で、本格的に淹れてくれた彼女の紅茶はとても香り高く、上品な味わいだった。
そして温度もちょうどよく、体が芯からあたたまるような気分だった。
はずなんだけど。
さっきの高橋先生の怯えた様子を思い出すと。
なぜか、体の底から震えが止まらなかった。
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