問題です、センパイ

 「……ぺろ、ぺろ」


 甘いソーダの味がある棒アイスを舐めながら、人ごみに紛れて歩を進め続ける。通り過ぎる人達は老若男女様々で、子供から大人まで日常を過ごしている。平和に、ただ日常を、ただ時間が過ぎていくのに身を任せるように。

 家族連れの仲睦まじい人、恋人と寄り添う人、まだ夕方を過ぎたばかりなのにお酒に酔っている人、携帯を触りながら歩く人……そして、友達と遊んでいる人。

 そんな様子を眺めながら、あたしはただ一人、アイスを食べながら歩き回っている。


 「……アイス、溶けてきちゃった」

 「にゃー」


 人ごみの中から抜けようと路地に向かうと、一匹の野良猫があたしに向かって一回鳴いた。本当はあげちゃいけないけれど、もう溶けてきちゃったからあげようかな。


 「舐める? 多分美味しいよ」

 「にゃー……」


 野良猫の近くにアイスを置くと、野良猫はそれをゆっくり舐め始めた。その様子を眺めながら、あたしが「美味しい?」って聞いたら鳴いて返してくれる。この子はきっと、あたしの言葉理解しているのだろう。

 

 『ねぇ、ねぇ見て! 猫がアイス舐めてる~、可愛くない?』

 『えぇ、どれどれ? おお、本当だ!』

 『可愛いから写メ撮ろーっと』


 そんな事をしていると、同い年ぐらいの人達が猫を見つけた。棒アイスを舐める猫を撫でたり、可愛いからと写真を撮っている。あたしはそれを見つめながら、その人達の容姿を確認する。

 背格好もあたしと変わらないし、この近くに住んでいる人達なら、あたしの通っている学校の生徒かもしれない。しかし、そんな事を思っても声を掛けようと思わない。

 別に仲が悪い訳でも、ましてや仲が良いという訳でもない。ただ、そう……無理なのだ。あたしはもう、普通の人と話す事は出来なくなってしまっている。


 「猫ちゃん、もう行っても良いと思うよ」

 「にゃー」

 『あぁ、逃げちゃった』

 『せっかく今、ピントがあったのに~』

 『野良猫なんだから、違う猫でも見つけた方が早いっしょ』

 『あ、それもそうだね。じゃあ行こー』

 『はいはい、何そのテンション』


 その人達はあたしの横を通り過ぎて、談笑しながら人ごみの中に消えて行った。路地奥へと逃げてしまった野良猫を追い掛ける趣味は無いし、あたしも散歩の続きでもしよう。


 「あーあ、良いなぁ……うらやまし~」


 そんな事を言いながら、伸びをしつつ路地から出る。あと少しで夜になるから、散歩はちょっとだけしか出来ないだろう。本当はセンパイの家まで行きたかったけれど、会ったら歯止めが利かなくなるから会う訳にはいかない。

 いや、本当は会いたい。出来ればずっと一緒に居たいし、また一緒にゲームセンターにも行きたい。けれど、それはきっと許されない。許されるはずがない。


 「問題です、センパイ……センパイはいつ、あたしを嫌いになるでしょうか?」


 あたしは溜息混じりにそう言って、人ごみの中を進んでいく。誰とも目が合う事もなく、誰ともぶつかる事なく、ただ空気のように歩き続ける。

 全ての始まりと、終わりたくない夢の世界を彷徨うように……。

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