どうかしました?センパイ

 退屈な日常の一つである授業が全て終わり、すぐに家へ帰ろうとした時に担任の先生から教材を運ぶという頼まれ事をされてしまった。最初は断ろうとしたのだが、成績に少しばかり融通を利かせてくれるという事なので手伝ってしまったのだ。

 職員室から資料室、資料室から各教室へと教材を運んでいた。それを繰り返していた所為で、足腰が疲労感によって重たくなった気がする。


 「どうかしました? センパイ」

 

 自動販売機で飲み物を購入して、下敷きで自分を扇いでいた。全身が重たくなった感覚に負け、休憩がてら屋上のベンチで夕焼け空を見上げた時である。彼女はこちらを覗き込むように顔を出してきた。

 彼女の名前は確か……そうだ。向坂夕陽だったか。

 

 「随分とお疲れのようですけど、何かしてたんですか? え?足腰が痛くて立ってるのが辛い……もしかしてセンパイ、誰かと激しい運動でもしてたんですか? うわー、いやらしー」


 ジトっとした目付きと悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女。そんな事を言われても、別に大した事はしてないのが事実なのだ。ふざけるな……と言いたいところだが、こちらとしては家に帰りたい気分だ。

 勉強するつもりはなく、ただ家に帰ってゲームがしたいだけである。


 「ん? センパイ、もしかして今日は予定があったりします?」


 突然の問いに間抜けな声が出てしまったが、ゲームするだけと言うのは少しばかり気恥ずかしい。子供っぽいと思われるのは、高校生になる年頃は気難しいのだ。しかし、誤魔化そうとしたが失敗してしまった。


 「そうですよねー、彼女が出来たのかと思いましたけどー。彼女が居ない歴=年齢ですもんね? センパイは。有り得ない有り得ない」


 そんな事を他人に言われる筋合いは無い。そういう彼女はどうなのかと問い掛けると、煽ったような口調でこう言われてしまう。


 「えぇ~? センパイよりモテますよ、あたし。……証拠ですか? 二年の〇〇って人、分かりますか? あたし、その人から告白された事ありますよ」


 名指しで出された名前は、他のクラスの男子で運動部に所属している男子生徒だ。クラスメイトの女子生徒が話題にしていたのを覚えていたし、彼女の容姿を考えれば告白されていても不思議ではない。

 こちらには関係ない事にもかかわらず、つまらない見栄を張って虚勢を張った。


 「そ、そんな拗ねないで下さいよー。センパイも良い所ありますよ? あたしは知ってますから大丈夫ですし、そんなセンパイに朗報です」


 白い歯を見せて笑みを浮かべた彼女は、こほんと咳払いをしてからこちらへ手を差し伸べた。何が何だか分からず首を傾げていたら、彼女は頬を膨らませて言った。


 「あたしは今、どこかのお嬢様ですので……センパイはこの手を取れば良いんです! えっ、何で? って、別にそんな事知らなくて良いんですよ。こんな優良物件のあたしに触れるんですから、何を躊躇うというんですか! まったくもう」


 自分で自分を優良物件と臆面もなく言い放った。何処からそんな自信が来るのかと思ったが、自分に自信が無ければ制服を着崩したりはしないだろう。それに自信が無くても、自分に似合うかどうかの把握はしているという事だ。

 こちらが何か言うのは、それこそ筋合いが無いと言われてしまうだろう。そんな事を考えながら、彼女の手を取る事にした。まるでダンスの誘いを受け入れるような形に見える様子に、彼女は嬉々とした笑みを浮かべていたが……何処か照れているようにも見えたのは気のせいだっただろうか?


 「えへへ♪ センパイの手、おっきいですねー」

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