樫の木

簪ぴあの

第1話

「令子、お願いがあるんだよ。」

曾祖母が大真面目な顔で私に言う。また、始まった。私のことを自分の娘だと思っているのだ。しかも令子おばさんはずうっと前に亡くなっているというのに。

「頼むから、あの樫の木だけは切らないでおくれ。」

「わかった。征史にいちゃんに言ってあげる。」

征史は私の祖父。曾祖母の長男で、同居している息子なのだが、どこか遠慮があるようだ。

 両親が共働きなので、幼いころから母方の祖父母の家で過ごすことが多い。築百年の農家住宅に、曾祖母、祖父母の三人で暮らしている。そこに小学校五年生の私が紛れ込んでいるのだ。少し前まで兄達と一緒だった。でも、兄達は中学校に入学してからは部活動に忙しくて、最近は私だけだ。

「志織ちゃん、おばあちゃん、お茶にしましょうか。」

祖母がさりげなく様子を見に来てくれた。私は大丈夫と目で合図する。兄達のように、同じ話を繰り返す曾祖母のことが疎ましくなり、この家から私の足が遠のくかもしれないと祖母は心配しているのだ。

「リビングで征史にいちゃん達とお茶しようか?」

「ここがいいよ。樫の木が見えるから。」

いつものことだが、曾祖母はこの部屋から、いや、樫の木から離れたがらない。

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