第34話 女子変化も経験が物を言うそうです

「……成程ね、さっぱり解らないわ」


 あの夜、何故島崎君たちが少女姿でハラダ君の部屋に泊り込んでいたのか。きっかけから顛末までを聞いた私の口からは、率直な感想が飛び出してしまった。

 島崎君たちの話によると――まず雷園寺君が出来心で女子変化したのが全ての発端だったらしい。当初は雷園寺君も元に戻らない事に戸惑って焦っていたようだが、何やかんやあって二人で女子変化を満喫し、ついで近所のモールで夜まで遊ぶ事と相成ったそうだ。しかもそれは、島崎君にとってはデートの下見も兼ねていたらしい。

 気が付いたら終電を逃してしまい、やむなくハラダ君の所に泊り込む事になったというのが真相だった。もちろん二人とも妖怪である事(もちろん男である事も)は不用意にばらすつもりはなかったらしい。しかし、お酒を飲んでほろ酔いになった雷園寺君がうっかり尻尾を出したがために、カミングアウトをしなければならない状況になったという事だった。

 カオスな状況でしかなかった。島崎君が女子変化するのはまだ解る。しかし雷園寺君がそんな事をするとは予想外だった。何かあったのかしら。


「安心なさい賀茂ちゃん。人類には早すぎる事なのよ、きっと」

「先輩の趣味は人類どころか妖怪にも早いと思うけどなぁ」

「雷園寺ぃ、好き勝手言ってたらいてこますぞオイ」


 鳥園寺さんたちは私の考えにそれとなく同意してくれて、ついでに島崎君は雷園寺君にツッコミを入れていた。鳥園寺さんはニヤニヤと笑いながら雷園寺君に視線を向ける。


「それにしてもユキ君。あなたまで女の子に変化するなんてね。二人とも何か仲良しだなって思ってたけど、やっぱりのかしら?」

「鳥園寺さんも何を言ってるんですか……」

「まぁその、出来心と言う奴ですよ」


 雷園寺君はそう言って決まりの悪そうな表情を浮かべた。気恥ずかしそうに顔を赤らめてもいる。雷園寺君は(実年齢はさておき)人間で言えば高校生くらいらしい。彼自身は普通に男の子だし、事情はさておき女の子に変化する事に恥ずかしさを覚えていても特におかしくはないと思う。


「本当に、島崎君はともかく雷園寺君は女の子に変化するって知りませんでした。だからその……妹さんかなと思ったりしたんですよ」

「妹ですか。まぁ確かに僕には妹が三人いますけど、妹たちはあの姿とは全く違いますからね。と言うか下の妹二人はまだうんと小さいですし」


 良ければ写真を見せましょうか。いやいや話がそれるからまた別の機会にした方が良いよ。妹の話をする雷園寺君は一転して明るい表情を浮かべていた。末っ子である島崎君や鳥園寺さんとは対照的に、雷園寺君は一番上で弟妹達が大勢いるという事は以前聞いた事がある。お兄ちゃん気質なので、弟妹達の事は何かと気になるという事も。


「雷園寺君の妹たちはともかくですね、梅園六花の姿が大本である雷園寺雪羽にそっくりと言うのはその通りだと僕も思っています」


 見て頂けますか。島崎君がそう言うと、その姿がブレ、一瞬にして靄に包まれた。そのもやが晴れたのを見た私たちは――もちろん雷園寺君そのひとも――驚きのあまり絶句した。美少女妖怪の一人、雷獣の梅園六花の姿に化身していたからだ。

 輝く銀髪や翠眼、そして女らしさをこれでもかと主張する身体つきは言うに及ばず、猫めいた勝気そうな眼差しや些末な仕草まで、本物(?)の梅園六花にそっくりだった。

 雷園寺君は渋い物を呑み込んだような表情で梅園六花を見つめている。彼の視線を気にせずに、彼女(?)は言葉を紡いだ。


「どうかな賀茂さん。アタシと雷園寺君を見比べて御覧。アタシの方若干子供っぽい顔つきかもしれないけれど、大体似てるでしょ? 雷園寺君の妹を知らない人が、梅園六花を見て妹や従妹だって思うのは無理からぬ話って事さ」

「先輩、何で口調まで寄せる必要があるんですか……」


 雷園寺君は呆れたような、と言うよりも得体のしれないモノを見たと言わんばかりの表情で梅園六花に扮する島崎君を眺めていた。二人のやり取りはさておき、確かに梅園六花が雷園寺君によく似ている事だけは私には解った。

 そうしているうちに、島崎君は何食わぬ顔で変化を解いて、見慣れた青年姿に戻っていた。


「まぁ要するに、雷園寺君は女子変化に慣れていないから、変化しても大本の面影が残るって事なんですよ。或いはもしかしたら、イケメンだって自覚があるので、意地でも素の見た目を表現したいと思っているのかもしれませんね」

「先輩、雷獣はお狐様みたく変化術は得意じゃあないんですからね。と言うか先輩の変化術が変態的な域に達してるだけだと思うんですが……」

「変態って雷園寺……お前まだ俺の事を変態だって思ってたのかよ?」


 呆れたような雷園寺君の言葉に、島崎君がちょっと怒った素振りを見せて反応した。まぁ確かに変態と言われれば気を悪くするのも致し方なかろう。とはいえ、島崎君の女子変化が生半可な物ではない事、色々な意味で常軌を逸したレベルに到達している事だけは私にも解ってしまった。変化時に大本の面影が無いどころか、ナチュラルに女子っぽい振る舞いをマスターしてしまっている訳だし。

 そう言えば島崎君は、中学生の頃から女子変化を行い始めたという。今彼は二十三だから、少なく見積もっても妖生じんせいの三分の一、何となれば妖生じんせいの半分を費やして研鑽しているという事でもある。妖狐と雷獣と言う種族差もあるけれど、最近始めた雷園寺君とはそもそも経験値が違うという事だろう。


「ああもう、二人だったら結局ボケとツッコミの応酬になっちゃうわね……私がついて来ていて良かったかも」


 鳥園寺さんはちょっと呆れた表情を作っていたけれど、それでも何処か楽しそうだった。正直なところ、私も二人のやり取りを面白がっていた節はある。

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