第19話 かつて僕が泊めた妖怪たちが彼女に連れられてやって来た件

『あの子たちの秘密について、やっぱりハラダ君に教えるわ』


 賀茂さんが急にそんな事を電話で告げたのは、祝日の昼下がりの事だった。三連休はまた台風で潰れるかもしれない。いやいや実際には台風も来ずに穏やかなんだけど……そんな事をあれこれ思案していた最中の事だった。


『私も最初は偶然が重なっただけだから、本当の事を知らなくても別に良いかなって思ってたの。内容が内容だから、ハラダ君がショックを受けても大変だし……

 でも今は違うでしょ。ハラダ君も偶然とはいえあの子たちと会う頻度も結構多いし、その度に何か色々と妄想を持っちゃってるみたいだもん。それによく考えれば、私もあの子たちとは仕事面で顔を合わせる事も多いのよ。そうなると、やっぱりハラダ君も私と一緒であの子たちに会う機会が増えるのかなと思って……』


 それならいっそのこと、あの二人の本当の姿を見て貰った方が良いと思う。賀茂さんは真剣な調子で言い添えた。僕が呆然としていると、賀茂さんが静かに笑うのが聞こえた。


『あの子たちもその事は知ってるわ。むしろこの事であの二人に度々相談していたの。二人とも私やハラダ君がどう思っているか知ってるから快諾してくれたわ。

 そんなわけで、明日のお昼前に三人でハラダ君の所にお邪魔しようと思ってるからよろしくね。あ、別に私とあの子たちだから、特別なモノとか用意しなくて大丈夫よ』


 あ、うん……間の抜けた声を僕が出しているうちに電話は終わってしまった。

 美少女妖怪たちの秘密。その言葉を心の中でなぞり、僕は密かに打ち震えていた。そこはかとない危うさ危険さとともに、密やかな甘美さを伴っていたのだから。



 約束の時間に、果たして賀茂さんたちはやって来た。先頭は当然のように賀茂さんがいて、その後ろに京子さんと六花さんが二人でお行儀よく並ぶ形だった。


「押しかける形になってごめんね。大勢入ると窮屈な思いをするかもしれないけれど、話の内容が内容だから、やっぱりハラダ君のお部屋の方が良いかなって思ったの」


 賀茂さんの声には気遣うようなニュアンスが漂っていた。大丈夫。窮屈とかそんな事は思わないよ。僕が言うと、賀茂さんは臆せず上がり込んでくれた。京子さんたちがそれに続く。僕はこの時、京子さんと六花さんの様子が普段とは違う事に気付いた。二人とも片手に小さな紙袋を提げている。菓子折りの類だと、僕は半ば反射的に思った。

 そして二人とも妙にせわしない。六花さんはまだ明るい表情を浮かべ、僕と目が合うと笑顔――とはいえ何処か含みのある笑みだけど――を向けてはくれる。もう一人の京子さんは、あからさまに思いつめたような表情を浮かべていた。目が合うと、怯えと気まずさの入り混じったような様子で彼女は見つめ返してくるのだ。

 二人の様子が普段と違うのは、秘密を明らかにするからなのだろうか。そりゃあそうだろうなと、僕は思った。秘密などと言っているのだから、そもそも京子さんたちも明かしたくはない事柄だったのだろう。それをわざわざ僕のために明かしてくれるのだ。それも賀茂さんと相談したうえで。

 気付けば賀茂さんは僕の隣に控え、京子さんたちはローテーブルを挟んだ向かいに腰を下ろしていた。


「ハラダさん、今まで申し訳ありませんでした。悪気はないとはいえ、ハラダさんの事を惑わせて、変に期待を持たせてしまって……」


 たまりかねたように謝罪の言葉を口にしたのは京子さんだった。蒼ざめているように見えたその顔は、僕らを見ているうちにさぁっと赤らみ紅潮していった。ひどく緊張しているのは明らかだ。


「もう、演技上手だというのに今この段階でそこまで緊張していたら先が思いやられますよ先輩」


 そんな京子さんの肩を六花さんが軽く叩く。六花さんは猫っぽい笑みを浮かべ、京子さんを見据えて言い添えた。


「もうはハラダ君に本当の事を話すって腹をくくったんじゃないんですか。賀茂さんもいらっしゃる訳だし、ここはもううじうじせずにどんと構えていれば良いと俺は思うけど」

「……梅園さん?」


 六花さんの言葉の内容や口調に違和感を覚え、僕は思わず彼女に呼びかけていた。見た目とは裏腹にボーイッシュな雰囲気の娘ではあった。だけど今回は一層男の子らしい言動ではないか。それに……京子さんに呼びかけた「男らしく」とはどういうことなのだろうか。

 そんな僕の疑問に気付いたのか、六花さんが僕の顔を見てにっと笑みを深めた。


「ハラダさん。俺らなんですよ」

「男って……本当に? でも、その姿は……」

「安心してハラダ君。私は女だからね。あの二人と違って」


 六花さんの発言に目を白黒させる僕の隣で賀茂さんが呟く。二人が――美少女妖怪であるところの京子さんと六花さんが男だなんて。何処からどう見ても女の子にしか見えないじゃないか。

 そこまで考えているうちに、僕は六花さんの服装に気付いた。ラフなポロシャツのボタンのあわせが男物のそれであるという事に。


「――確かに姿では私どもが女の子であると思っても致し方ありません。ですがこの姿そのものが偽りなのです」


 そう言ったのは京子さんだった。相変わらず真剣な表情であるが、顔色は戻っているようだった。六花さんは京子さんを見やり、したり顔で頷く。


「まぁその、ハラダさんも俺らの本当の姿もすでに見てるわけだし、そろそろ潮時なんだと思ってるんだ」


 ここで京子さんと六花さんは互いに目配せし頷き合っていた。かと思うと二人の姿の輪郭がぶれ、薄い煙かもやに包み込まれていったのだ。

 もやは数秒も経たぬうちに晴れ、二人は本来の姿という物を僕たちに見せていた。どちらももう少女の姿では無く、確かに若い男の姿だった。年の頃は十代後半から二十代前半位であろうか。

 六花さんだった方は元々の面差しが多分に残っていた。銀髪に翠の瞳というのはもちろんの事、顔の造形自体が似通っているように思えた。六花さんだった頃のいたずらっぽい笑みを浮かべているという所も含めて。

 一方、京子さんだった方は全くもってその時の面差しは残っていない。本来の姿に戻った彼は、色白ののっぺりとした、さも内気そうな風貌の青年だったのだ。本来ならば特徴に残らない、地味な風貌ではあろう。しかしひたとこちらを見つめるその風貌は、妖怪図鑑の著者である島崎幸四郎のそれに恐ろしいほど酷似していた。


「ああ、君たちは――」


 僕は嘆息の声を密かに漏らしていた。本来の姿。雷獣娘の六花さんが……いや六花さんに扮していた雷獣の青年が言っていた事はまさしく正しかったのだ、と。

 何しろ、のだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る