第14話 メイド喫茶で狐娘に会いました

 結局のところ、僕は本村君の従姉が経営するメイド喫茶に向かう事になった。


「おおい、モトッチ! ここだよここ!」


 集合場所に到着した僕たちは、本村君の姿を見つけ出すや否や軽く声を張り上げた。久々に僕と会う事で少し緊張していたのか、本村君はせわしなくあちこちに目を配っていたのが僕には見えた。残念ながら明後日の方向を向いていた訳なんだけど。

 ハラダ、やっぱり来てくれたんだな……本村君は僕を見て微笑み、それから少し驚いた表情を見せた。僕の隣に見知らぬ女子――彼女の賀茂さんなんだけど――が傍に居る事に気付いたからだろう。


「あ、ハラダ。その子って……」

「初めまして本村さん。私は賀茂と言います。えっと、少し前からハラダ君とお付き合いしてまして……」

「うん。そんな感じなんだ」


 賀茂さんは上品な様子で自己紹介を行っていた。本村君は賀茂さんと僕を交互に眺めながら微笑んでいた。

 本村君の従姉が経営するメイド喫茶に遊びに行く。この相談に対する賀茂さんの答えは至ってシンプルな物だった。それじゃあ私も一緒について行くわ。賀茂さんは特段こだわりのない様子でそう言ったのだ。


「私もメイド喫茶に行くのは初めてだし、ちょうどいい機会だもんね。別にエッチな所じゃないから大丈夫だよ。それに私、前に仕事で淡路にある大人向けの博物館に取材に言った事もあるし……だから大丈夫!」


 あの晩電話をした時に、賀茂さんはそう言って笑ったのだった。オカルトライターという事もあり、賀茂さんは上司や先輩に連れられて色々な所に顔を出した経験があるらしい。入社してすぐに、ウーパールーパーの天ぷらを試食した事もあるそうだ。

 そんな経験もした事のある賀茂さんの事だ。初めてとはいえメイド喫茶なんて彼女の基準では健全な場所になるのかもしれなかった。


「そっかぁ。彼女もいっしょに連れてきたんだぁ。賀茂さんも可愛いじゃないか。ふふふ、女の子に不自由しないなんて良い身分だなぁ」

「おいモトッチ。そう言う言い方は無いだろ」


 本村君の言葉に、僕は照れながら言い返す。賀茂さんもいる前なのに、僕がモテるチャラ男みたいな言い方は如何なものかと思う。そもそも大学の学科では、男子も女子も仲が良すぎて、却ってカップルが出来づらい環境下だった気もするし。

 とはいえ、僕が何かと女子に縁のある事は違いない。元カノにフラれてから美少女妖怪二人に出会い、それから賀茂さんが彼女になった。わずかな間に複数の女の子たちとの出会いを経験していると言われても嘘ではない。


「いやはやモトッチは相変わらずだなぁ。女の子に興味があるというかなんというか……ごめんね賀茂さん? 何か巻き込んじゃって」

「大丈夫だよハラダ君。やっぱり本村君とは仲が良いんだなって思ったから」


 心配になった僕が声をかけるも、賀茂さんは穏やかに微笑むだけだった。やっぱり良い娘だな賀茂さんは。本村君は友達だもんなぁ、と緩んだ笑みを見せていた。

 本村君に問いかけられた賀茂さんは、僕たちよりも二個下で既に自分が就職していて、雑誌のライターを行っているのだと自身の身分を告げていた。厳密にはオカルト雑誌(しかも日本で唯一無二!)・アトラのオカルトライターなんだけど。どうやら賀茂さんはオカルトライターに多くの人が偏見を持っていると思っているらしく、あんまり本当の職業を打ち明けようとしない。それに雑誌のライターというのも真実だし。

 

「そっかぁ、賀茂さんって雑誌の記事を書いてるんだね。凄いなぁ……何というか文才がありそうだなぁ。きっとお洒落な雑誌の可愛い記事を書いているんだろうなぁ」

「そんな、ライターと言っても地味な仕事ですよ……」


 雑誌のライター。本村君は無邪気に思った事を口にしていた。賀茂さんがファッション雑誌で女子向けのコラムを書いている所でもイメージしているのかもしれない。そしてちょっと困ったように告げる賀茂さんの言葉を、ある種の謙遜だと思って聞いているのかもしれなかった。



「お帰りなさいませ、ご主人様にお嬢様」


 本村君を先頭に、僕たちはメイド喫茶に入店した。客がご主人様・お嬢様と呼ばれる事、入店を「お帰りなさいませ」と言われて出迎えられる事は流石に知っている。それでも実際に出迎えられると少しびっくりしてしまった。

 本村君は慣れた感じでメイドたちに挨拶しているし、賀茂さんも何故かリラックスしているように見えた。順応力高いなぁ……そう思った僕だけど、本村君の方は何度かこの店に通っているのかもしれないと思った。従姉が経営しているのだから。


「ご主人様。メイド長をお呼びしましょうか」


 メイドの一人が慣れた様子で本村君に近付いて問いかける。うんよろしくー。本村君は軽いノリで応じる。そうしている間に、僕たちはメイド喫茶の一角に案内されたのだった。


「お帰りなさいませ……お坊ちゃま」


 メイド長なる人物がこのメイド喫茶の経営者であろう事は一目で明らかだった。年齢と服装がまるきり違っていたからだ。メイドたちは二十歳前後から二十代前半くらいの若い娘ばかりだったけど、メイド長は僕たちよりも年上で、二十代後半か三十前後に見えたからだ。

 また、衣装も装飾の多いメイド服ではなく、ホテルマンの制服みたいなシンプルな衣装だった。メイド長と言いつつも、もしかしたら執事をイメージしているのかもしれないと、僕は密かに思った。ついでに言えば顔つきも本村君とよく似ている。


「ただいま姉さん……いやメイド長。うん、約束通り今日は友達も一緒に帰って来たんだ」

「それはようございました」


 本村君の言葉にメイド長は微笑んだ。演技なのかいとこ同士のやり取りなのか判然としないけれど。


「それでお坊ちゃま。今日はどのメイドを指名しますか?」

「二人ともどうする?」


 メイドの指名。その事を唐突に振られ、僕と賀茂さんは静かに顔を見合わせた。入り口の壁には確かにメイドたちの顔写真がピンで留められていたような気もする。だけど誰が良いかとかそこまでは解らなかった。

 本村君にお任せする。その旨を僕たちが伝えると、花咲くような笑みを本村君は何故か浮かべた。


「そっか。それじゃあミクちゃんを呼ぼうか。えへへ、特別にバイトに来ている娘だけど、めっちゃ可愛いしノリも良いからさ……」


 ミクちゃんご指名ですね。そう言うとメイド長はすっとテーブルから離れたのだった。



「お帰りなさいませ、ご主人様にお嬢様。新米メイドの那須野ミクです。今日はご指名有難うございました。私の事はお気軽にミクって呼んでください!」


 本村君が気を利かせて指名したメイドの姿を見て、僕は思わず声を上げそうになった。装飾が多くスカートのやや短いメイド服に身を包んだ彼女は、かつて僕たちが出会った狐娘、宮坂京子その妖だったからだ。

 何故彼女がメイド喫茶にいるのかは解らない。とりあえず「那須野ミク」というのが源氏名である事だけは解った。

 賀茂さんは京子さん――ミクを見て何故か軽く吹き出していた。どうしたの、と問いかけても思い出し笑いをしただけとはぐらかされてしまった。

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