第12話 意外な事実を知りました

「……やっぱりあの子たちの事を考えてるでしょ」


 胸の前で指を組む賀茂さんの言葉に、僕はきゅっと心臓を絞られるような感覚に陥ってしまった。あの娘たちというのはもちろん京子さんたちの事だ。


「ううん、違うよ。その、ええと……今日の賀茂さんは本当に可愛いなと思ってさ。それで、ちょっとボーっとしちゃってたんだ。最近暑いし、この前も停電があったし」


 言いながら、会社で停電が起きたのは夜中だったのを思い出していた。だからまぁ、停電のあおりでクーラーが使えなかったとかそういう事は特に無かったのだ。本当に何を言ってるんだ僕は……自分で自分のアホさ加減に呆れてしまう所だ。


「ごめん、別にそんなやましい事じゃないよ」


 やましい事じゃないなんて言ったら余計に怪しまれるんじゃあなかろうか。ああもう、さっきから失言ばかりじゃないか僕は。さっきから自分には呆れていたけれど、呆れを通り越して腹立たしく、ひんやりとした悲しささえ感じてしまった。全くもって恋愛に不慣れな中学生みたいじゃないか。賀茂さんが最初の彼女じゃないのに。

 賀茂さんはしかし、特に腹を立てているそぶりはなかった。ひっそりと微笑むその表情は少し寂しそうだったけど。

 仕方ないわ。そう言った賀茂さんの目許にはまつ毛の影が落ちていた。


「ハラダ君は今まで、自分は妖怪とは無縁だと思って過ごしていたんですから。そりゃあ、妖怪の存在を知って、その子たちに魅了されたりするのは仕方ないわ。ましてや……あんな姿でハラダ君の前に現れたんだから」


 あんな姿。賀茂さんの声の低さに僕は驚いてしまった。しかしそれ以上に賀茂さんの表情は謎めいている。僕が妖怪に関心を持つきっかけになったのは、あの二人の美少女妖怪だ。妖怪と知っていても、彼女らの美しい姿を思うと今でも心臓がどきどきする。賀茂さんもその事を知っているはずだ。なのに彼女は、嫉妬の色をまるきり見せなかった。多少呆れてはいると思う。だけどそれ以上に憐れんでいるようにも見えたのだ。

――あの子たちはとはまるきり違うから。

 賀茂さんは小さな声で呟いていた。視線は僕を外れ、遠くを眺めているかのようだ。それはまるで、妖怪の女の子に魅了されるのは致し方の無い事だと言っているかのように僕には思えた。妖怪の女の子に魅了されるけれど、結ばれる事はまずない。そうした何とも言えない状況を、賀茂さんは僕以上に真摯に受け止めているように思えた。

 もっとも、そんな賀茂さんを見ているうちに、僕は京子さんが半妖だった事を思い出してしまった。



 ひとまず僕らは本棚にあるオカルト雑誌のアトラや妖怪図鑑の類を引っ張り出して、気になる所を開きながらお喋りする事にした。僕はまだ賀茂さんが働いているアトラの雑誌を購入していない。島崎幸四郎なる人物が手掛けた妖怪図鑑を購入した時に一緒に探せば良かったのかもしれないが、その時はそこまで気が回らなかったのだ。


「ハラダ君には霊感は無いみたいだけど……もう向こう側の世界ともリンクしちゃったみたいな物だと思うの」


 賀茂さんは雑誌をめくりながらそう呟いた。めくっている雑誌はやはりアトラで、しかも殺生石が割れた時の特集記事だった。だけど賀茂さんの視線は明らかに僕だけに向けられていたのだ。


「ううん、向こうの……妖怪の世界にリンクしたって言い方は大げさかもね。人間社会に溶け込んでいる妖怪も結構多いもの。そう言う話とかが、前よりも格段に耳に入りやすくなったんじゃないかな。霊感とか能力とかを抜きにして、ハラダ君自身がそっち方面に興味を持ったわけだから」

「確かにそうかもしれないね」


 思い当たる節しかなかった僕は、素直に頷いた。


「僕自身普通の会社員かなーって思ってたところだけど、最近どうにもそうした不思議な話とかそんなのが立て続けに入って来る気がするんだ。後輩がハクビシンみたいだって言ってた雷園寺っていう作業員は明らかに梅園さんにそっくりだし、何かこの辺りで九尾の子孫がいるとかっていう話もあるから……」


 僕の言葉にはいつしか熱がこもっていた。しかし賀茂さんは至極冷静な様子でじっと話を聞いていた。

 大丈夫だからね。ややあってから賀茂さんはそう言った。割合にはっきりと。


「多分偶然に偶然が重なっただけよ。雷園寺さんの方は実際に目撃したんでしょうけれど、九尾の子孫の方は噂になっているのを聞いただけでしょ。多分、あの子たちが妖狐と雷獣だったから、似たような事柄かもしれないと思ってニコイチにしちゃっただけなのよ」


 賀茂さんはふいに視線を落とすと特集記事のページを一枚めくった。特集記事としては最後のページだったらしい。だけど僕は隅に映った写真を見、小さく声を上げていた。島崎幸四郎だ。妖怪図鑑の著者であると僕はすぐに気付いた。


「僕、この前この人の書いた妖怪図鑑を買ったんですよ」

「島崎先生はこっちの業界では有名なお方だものね」


 そう言う賀茂さんは何処か誇らしげだった。その表情のまま、彼女は言葉を続ける。そこで僕は、賀茂さんの上司である島崎主任が島崎幸四郎の娘である事を知った。父親が妖怪学者で娘がオカルトライターなのか……父娘で職業を継承しているという感じがして、僕は何とも不思議な気持ちを抱いていた。

 とはいえそっち方面の仕事に就いているのは娘である島崎主任だけらしい。島崎先生には他にも息子らが数人いるらしいが、彼らの殆どは一般企業のサラリーマンであるという事だった。

 僕はふと、島崎先生によく似た若者の事を思い出した。苗字どころか顔までよく似ていたが、もしかしたらあの子は島崎先生の甥か孫だったのかもしれない。とはいえ僕と島崎先生とは接点もないし、あれこれ考察するのも詮無い話だけど。

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