第10話 彼女との夜の電話です

「どうも。そう言えば最近、妖怪ものの本が結構売れているんですよぉ」


 先程の圧をかけてきた店員が、奇しくもレジの担当となっていた。蒼白い顔とは裏腹に人懐っこいというか馴れ馴れしい言動でもって、僕に話しかけてくれる。

 僕ははぁ、とかあぁ、とか間の抜けた声しか出していないけれど、店員が話しかけてくる事自体は特に不快では無かった。お互い歳も近そうなので親近感らしきものもあった。何より僕も妖怪への関心を持ち始めていた所だったから。


「やっぱり妖怪ブームがまた盛り返しているんですかね。不況だからでしょうか」

「それもあるでしょうが、やっぱり殺生石が割れたからじゃあないですかねぇ」


 殺生石が割れた。店員は綺麗にカバーをかけた妖怪図鑑を僕に手渡しながらそう言った。にこやかな笑みを浮かべている。僕もつられて笑ってみたけれど、その笑みは少しぎこちなかった。


「今は大分話題も下火になってますけれど、三月ごろはネットでもあちこち話題になってましたからねぇ。投稿サイトとかでも、殺生石ネタの話が結構見かけましたし。もしかしたら、本当に復活しちゃったのかもしれませんねぇ」

「復活した九尾は那須野とか東京の方に留まってるのかもしれませんね」


 殺生石が割れて九尾が復活してしまったのか。その事は僕には解らない。だけど相当強い妖怪らしいから、関西には来てほしくない。九尾が東京にいる。そう言う話は僕のある種の願望でもあった。

 ところが何を思ったのか、店員は僕の言葉を聞くと眼鏡の奥で目を細めて笑った。


「確かに令和の世で都と言えば東京の方ですもんねぇ。九尾の狐もこんな田舎には立ち寄ったりはしないでしょう。ですけど、がこの近辺に潜んでいるって噂はあるんですよぅ」

「九尾の子孫、ですって……!」


 僕の声は上ずっていた。九尾の復活には半信半疑だったけれど、九尾の子孫は実在しそうだと割と本気で思っていた。それはきっと、僕自身が実際に妖怪に遭遇していたからかもしれない。うち一人は妖狐だし。とはいえ、宮坂さんは九尾や九尾の子孫などとはだろうけれど。


「信じるか信じないかは人それぞれですよ。ですけど、九尾自身も何千年も生きていると伝わっていますからねぇ。子供とか子孫とかがいたとしてもおかしくはないでしょう」


 そうしたやり取りを経て、僕は店を後にした。

 九尾の子孫がこの近辺にいる……か。この話、賀茂さんに教えれば喜ぶんじゃあないかな。帰ったら賀茂さんに電話してみよう。僕はそんな事を思いながら自宅に向かっていた。



「もしもし賀茂さん。夜だけど大丈夫かな?」

『私は大丈夫だよ! ほら、私って結構夜行性な所もあるし』

「そんな堂々と夜行性って言ってもマズいと思うけどなぁ。お肌を休めなくっちゃ」

『んもう、ハラダ君も言うじゃなーい』


 電話はすぐに繋がった。数日ぶりに声を聞いたという事もあり、僕と賀茂さんは他愛のない雑談を行い、電話越しに互いの声を聞いて笑いあっていた。でも賀茂さんは何かに気付いたらしく、どうしたのと僕に尋ねてきた。気遣うというか、こちらの様子をうかがうような声音だった。


「今日は色々あったんだ。その中で賀茂さんも興味を持ちそうな事とかがあるかもと思って電話をかけたんだ」


 僕はそう言ってから、今日あった事について話し始めた。停電の折に見慣れぬ作業員がやって来た事、後輩の町谷君(彼と元カノとの関係は流石に伏せているけれど)が雷園寺という作業員を見てハクビシンみたいだと言った事、ハクビシンは雷獣の化身かもしれないという事をだ。

 賀茂さんは僕の話に静かに耳を傾けてくれていた。興味を持っていそうな雰囲気だと僕は思っていた。


『町谷君……だったかしら。その子はもしかしたら霊感が強いのかもしれないわね。それで、雷園寺って作業者がハクビシンみたいだとかそんな事を言ったのかも。もしかしたら雷獣とか霊感とかそんなのは無関係で、本当にハクビシンみたいな顔つきだったのかもね』


 賀茂さんはそこでくすくすと笑っていた。雷園寺さんがハクビシンみたいな顔だったかどうかよく解らない。爽やかな風貌の好青年だったような気はする。それ以上に六花さんによく似ているという所ばかり気になってしまったけれど。

 しかし僕はそれらとは全く別の事を口にしていた。


「霊感かぁ……町谷君とはあんまり話はしないからその辺りは解らないかも。ところで賀茂さんには霊感はあるの?」

『私? 私には特に霊感は無いよ。親戚とかには霊感がある人もいるっぽいけど』


 陰陽師の子孫だという賀茂さんは、実にあっけらかんとした様子で霊感が無いとカミングアウトしていた。でも賀茂さんは妖狐の宮坂さんと知り合いだったような……霊感があるのと妖怪の知り合いがいるのとはまた別の話かもしれない。


『どっちにしろ、妖怪を怖いって思う人は多いのよ。なまじ霊感がある人の方が得体が知れなくて怖いって思う気持ちが強いかもしれないわ』

「確かに怖いってのはあるかもねぇ……僕もさ、宮坂さんみたいな娘は平気だけど、九尾そのものとか九尾の子孫とかは怖いなぁって思っちゃったもん」


 九尾の子孫が怖い。僕がそう言った時賀茂さんは電話の向こうで笑っていたみたいだった。顔はもちろん見えないけれど、吹き出しているらしい事は音で筒抜けだ。僕の言葉に笑う要素ってあったっけ……そう思っていると賀茂さんがごめん、と言い添えた。


『何でもないの、ちょっと思い出し笑いしただけだから。それにしてもハラダ君も九尾の子孫の話まで知っちゃったんだね』

「うん。書店の店員さんが教えてくれたんだ。殺生石から復活した九尾は関東に留まっているだろうけれど、関西には九尾の子孫が潜んでいるかもしれないってね。九尾が復活したって言うのは眉唾物だけどさ、九尾の子孫は実在しそうな気がしてちょっと心配というか……」

『ハラダ君。九尾の子孫については心配しなくて大丈夫だと思うわ』


 僕が全部言い終える前に賀茂さんはそう言った。いつになく力強い言葉で。


『関西に潜んでいるからと言って、何か悪さをしたり企んでいる訳でもないでしょうから……それに向こうはあからさまに妖怪な訳だし、人間たちに関わっていくとは思えないんだけどね。それに、万が一何かあればそっち方面の専門家が対処すると思うの』


 賀茂さんの言葉は妙に抽象的だったけど、その言葉を聞いて安心したのもまた事実だった。

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