第4話 白鳥の川(はくちょうのかわ)と星くず野(ほしくずの)

 どこまでも続いているかのような光キノコの洞窟を抜けると、また辺りは暗闇で、街灯だけが照らす道路になりました。でも、今までと違って、空には一面のお星さまが見えます。

 しばらくその道路を走ると、不思議なことにその星空から星がこぼれて、真っ暗な地面を川のようにキラキラと流れているのが、遠くの方に見えました。


「次はー、白鳥はくちょうの川ー、白鳥はくちょうの川です。『ここで東京都からのお知らせです。良い子の皆さん、川で遊ぶときは、必ず大人と一緒に遊びましょう』。お降りのお客様はお忘れ物、落し物にお気を付け下さいー」


(東京にこんな場所があったんだ。それにしてもさっきの声は古かったな。何年前から使っているんだろう)


 セイジ君は女性の少しひび割れた声の案内を聞いてそう思いました。

 今度の停留所では1人、いいえ、2人乗ってくるようでした。


「ヘイ! こんなところで会うなんて奇遇だな、坊主!」


 1人はイギリス公園で声を掛けてきた、あの白鳥さん。お尻を振りながらヨチヨチと乗ってきました。

 もう1人は、野良着のらぎを着た丸っこい犬でした。さっき光キノコの洞窟で見た人でしょうか。左手でパンパンにふくれたうっすら光る袋を持ち、同じ袋をもう一つ、右手で支えながら器用に頭に乗せています。


 白鳥さんはセイジ君の隣に座りました。丸っこい犬はセイジ君の反対側の席に座って、袋を床に置き、のんびりとしているようです。


「よう、坊主。ここからもう少し進むと面白いものが見られるぜ」

「面白いもの? 見たいな」

「そうだ、面白いものだ。ええっと、見えるのはこっち側だったかな……」


 白鳥さんはそう言って、セイジ君の背中の窓を手のように翼を使って指さしました。

 セイジ君は靴を脱いで正座をするように背中側の窓から外を覗き、白鳥さんは首を伸ばして外を見ています。

 すると、さっき見た星が流れる川がどんどんと近づいてきます。どうやら子熊のバスが走るこの道は、大きく曲がっているようでした。


「もうそろそろだ」


 白鳥さんは呟きました。

 セイジ君が目をらすと、何やら川の上空に白く輝く点々が動いています。

 それは、たくさんの白鳥でした。その輝く白鳥たちは、あるときもの凄いスピードで一斉に川に降り、そして遊園地のコーヒーカップの乗り物のようにクルクルと楽しそうに回りながら、星と一緒に流されていきます。

 そうしている間に、次々と白鳥の団体客が川に降り、流されていくのでした。


「本当だ。キラキラしていて面白いね。綺麗だね」

「な、面白いだろ」


 セイジ君が楽しそうに話すと、白鳥さんも楽しそうに返事をしました。


「白鳥さんもあの川に行くの?」


 セイジ君はふと、白鳥さんに聞きました。


「いや、俺はもう行かないよ」


 白鳥さんはとても真面目まじめな顔で話し始めました。


「俺も子供の頃はあいつらと同じように、どれだけ速く降りられるか、どれだけ速く回れるかを競いながら、流されることを全力で楽しんでたんだ。だが、あるとき気が付いちまった。これは本当に楽しいのか? 俺は本当に楽しんでいるのか? 周りが楽しそうだから楽しいと思い込んでいるだけなんじゃないか? ってな」

「どうして? みんな本当に楽しそうだよ?」

「そればっかりはなかなか説明が難しいんだが、成長すると、或るとき急にそう思うことがあるんだよ。坊主も大人になれば、もしかしたら大人になる前に分かるときが来るかもんねえな」

「ふうーん。そういうものなんだ」

「そういうもんだ。だから、俺は思い切って仲間たちに声を掛けてみた。『これ、本当に楽しいのか? 世界にはもっと楽しい事ややるべきことがあるんじゃないか?』ってな」

「どうなったの?」


 セイジ君は心配そうに白鳥さんの話を聞いています。


「あいつら、揃いも揃って同じことを言いやがった。『何を言ってるんだ。これが一番楽しいんだ。これ以外に楽しい事も、ましてや、やるべきことも無いに決まってるじゃないか』って。だから俺は一人で飛び出したんだ。するとどうだい。提灯が踊る林、真っ暗な森、色とりどりのガスが噴き出る丘、光るキノコに照らされた洞窟、水で出来た青い草の野原、真っ赤な姫ヒマワリの花畑、世界は沢山の面白いものであふれていたじゃないか」

「そこの白鳥さんとボクちゃん、次の停留所に着いたら、拙者せっしゃがもっと面白いものを見せてあげるでござるよ」


 セイジ君と白鳥さんが振り返ると、乗って来てから一言も喋らなかった丸っこい犬が、その口を丸く開いて、野太い声で話しかけてきました。


「本当!? ありがとうございます」


 セイジ君は嬉しくてしょうがないと言った声で、丸っこい犬にお礼を言いました。


「いつもやっていることだから、お礼を言わなくても大丈夫でござる」

「ところで拙者せっしゃさんはどうして、そんなに一杯、光キノコをったの?」

「この光キノコは、放っておくとどんどん増えてしまって、道路が通れなくなってしまうのでござる。だから、たまに採って八百屋に売っているのでござるが、どうしても売れ残って食べられなくなってしまうことも多くてな、売れなさそうなものは、次の停留所で降りて、星の光で干しているのでござるよ」

「面白そうだね」

「そいつはなかなか面白そうだな」


セイジ君と白鳥さんはその様子を想像して相槌あいづちを打ちました。


「次はー、星くず野ほしくずのー、星くず野ほしくずのです。お降りのお客様はお忘れ物、落し物にお気を付け下さい。また、バスを降りてすぐは落下物にお気を付け下さい」


 拙者さんは2人に頭を下げて降りていきました。

 窓の外を見ると、道路の外は辺り一面、キラキラと光る綺麗なお星さまで一杯です。拙者さんもその中にいて、あっという間に台を置き、その上に光キノコをばら撒いています。

 するとどうでしょうか。七色に輝く沢山の小さな小さなお星さまがその台に向かって降り注ぐではありませんか。そして、お星さまが降り終わると、光キノコはお星さまの形にペッタンコになりました。


「綺麗だね。面白いね」

「ああ、綺麗だな。面白いな」


 セイジ君と白鳥さんは、お星さまのように目を輝かせて、その様子をじっと見るのでした。

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