第4話 女神様は融通が利かない

 普段学校に行かずに家に引きこもっていた15歳の高校生。

 その日はとある人気ゲームを手に入れるため、珍しく外出していた。


 しかし、その帰り道。

 は、横断歩道で女の子が車に引かれそうになっている場面に遭遇し、とっさに道に飛び出したところで気を失った。

 なお、死因はショック死とのこと。詳細はよくわからん。


「ということで、斉藤サイトウ和正カズマサさん。あなたは不幸にも亡くなりましたが、これから私と一緒に転生先を探していきましょう」


 転生活動コンサルタント――略して、転活コンサル の見習いとなった俺は、女神様に同席する形で転活面接を見学していた。

 その最初の面接相手が、このサイトウカズマサくん、高校一年生の男の子だ。


「あ、あの女神様? そっちの人は……?」


 カズマサくんは、女神様の隣に座っている俺を見て不思議そうな顔をする。

 そりゃ不自然だよなぁ。明らかに死にたてほやほやのサラリーマンが、安っぽい「見学中」のネームプレートだけ首にかけて、女神様の横に座っているのである。


 お前はなんで女神側そっちに座ってるんだよ? って思って当然だ。

 なんなら俺自身がそう思ってる。


「あー、この人は見学してる新人なんで気にしないでください」

「は、はぁ……?」


 女神様の答えはぜんぜん答えになっていないが、早くもこの人に聞いても無駄と悟ったのか、カズマサくんは謎を謎としたまま黙殺することに決めたようだ。

 すげえこの子。引き篭もりのニートなのに適応能力がハンパない。


「それで、カズマサさんの希望転生先ですが、剣と魔法があるファンタジー世界がご希望ってことでよろしかったですか?」

「そんな感じです。せっかくなら冒険者になって魔王を倒して世界を救う……なんて人生も体験してみたいなーって」

「なるほどなるほど」


 女神様はタブレットに聞き取った内容をメモしつつ、カズマサくんの履歴書を確認している。

 俺もそれにならって、支給されたタブレットで同じ画面を確認してみる。


 

 どうやら転活の履歴書は、よく言う仕事の「履歴書」とは毛色が異なるようだ。

 ひちことで言えば、ゲームのステータス画面。


 カズマサ君の場合は、

 ・年齢:15歳

 ・HP:普通

 ・MP:普通

 ・筋力:普通

 ・忍耐力:普通

 ・敏捷性:普通

 ・知力:やや高

 ・備考:幸運値が非常に高い


 という感じだ。ザ・平凡すぎて逆にすごい。

 

 ヘルプ画面の説明によると、前世の経験や技術にもとづいて、転生先に引き継がれるステータスはある程度きまってくるらしい。

 転生先の実際のステータスはこの履歴書の内容を元に初期設定されるようだ。

 やっぱり最近の転生って超システマティックなんだな……。


「カズマサさんのステータスだと、いきなり魔王を倒す勇者として転生……ていうのはちょっと難しそうです」

「そうですか……」

「でも、少し希望条件を下げればちょうどいい転生先は見つかると思いますよ?」


 女神様はタブレットにふたつの転生求人を表示させて、カズマサくんにそれを見せる。


「例えばですけど、【太古に魔王が倒された世界の勇者の末裔】か【滅亡の危機にある世界の村人A】とかですね。どっちの方がいいですか?」


 意気揚々と理不尽な二択を突き付ける女神様。この人サイコパスや。


 ひとつめの求人、魔王が倒され終わった世界の勇者……しかも、その末裔⁉

 そんなの絶対にお役御免だろ。それどころか、先祖の七光りすぎて世間から疎まれている可能性だってある。

 やりがいは無いのに超ハードモードな異世界ライフなこと間違いなし。俺なら絶対に却下だ。


 そしてふたつめの求人。こっちに関してはもうなんで求人募集ができると思ったのか、求人担当に直接聞きたいレベルで条件がおかしい。

 今にも滅亡しそうな世界の村人だなんて、ただの難民予備軍じゃねーか!

 終末の世界に一般人として身を投じたい人なんているわけがない。


「その二択はちょっと……」


 案の定、カズマサくんはただただ苦笑いを浮かべている。

 分かるぞその気持ち。もっとマシな転生先あるだろちゃんと探せよ、って訴えるときの目をしてる。


 さて、女神様はどうやってこの状況を覆すのか?

 お手並み拝見だ。


 ――と思っていたら、カズマサくんの微妙な反応を待っていたかのように、女神様は新たな提案を持ち出した。


「あ、今気づいたんですけど、もうひとつ転生先候補がありました!」


 態度がめちゃめちゃ白々しい。今気づいたって絶対に嘘だろ。


「そこも魔王が迫ってきている異世界なんですけどね。期間限定でいま転生した人だけの特別キャンペーンがあるんです。どうですか?」


 女神様がタブレットに映し出したのは、やたらと派手な広告ページだった。


『スタートダッシュキャンペーン! いまなら初回転生特典のアイテムガチャ100連無料!』


 ……なんじゃこれ。内容が見るからにソシャゲのそれだ。

 

 やはりカズマサくんも内容が気になったのか、女神様に質問する。


「このアイテムガチャって何です?」

「転生先に持ち込めるアイテムを手に入れられるガチャです!」


 それは説明になってねぇだろ。

 「Q:カレーライスって何ですか?」

 「A:カレーとご飯です」

 くらいの情報量しかないぞ。


 カズマサくんが腑に落ちていない様子なので、代わりに俺が口を挟んで質問する。


「あの、そもそも転生先に持ち込める特別なアイテムは転生前に選べるんじゃないんですか?」

「俺もそう思ってました」


 カズマサくんが俺に便乗するように頭をふる。

 そうだよな、俺たちの前世の知識ではそれが「お約束」だもんな。


 けれど女神様は、むしろ「なんでそう思ったの?」みたいな顔をして答える。


「そういうシステムが残ってるのは、本当に一部の転生先だけですよ? 最近の異世界転生はどこもガチャシステムでランダムに決まる感じです。しかも大抵は10連ガチャだけだし」


「やっぱり世知辛い……」


 天界は財政難なんだろうか。

 もしくは他にビジネス的なからくりがあるのかもしれないが、要するにガチャとやらで転生先に持ち込めるアイテムが決まるわけか。


 もちろん、レアで強力なアイテムも当たるのだろうが、100連ガチャを売りにしているあたり、ほとんどの確率でクズアイテムしか当たらないのだろう。

 そんな装備で異世界に飛ばされたら溜まったもんじゃない。


「なるほど……。そういうことであれば、このキャンペーンはけっこう魅力的なのかなぁ」

「そうですよ! しかも今ならSSRアイテムがひとつ確定! これは絶対お得です」

「……じゃあ俺、ここに転生しようかな」


 結局カズマサくんは、女神様にごり押しされたキャンペーン案件の異世界に転生する手続きを終えて、面接を終了した。





「それにしても、やっぱりいいマッチングって難しいのよねえ」

「マッチングの精度が悪いとどうなるんですか?」

「転生者が異世界で苦労するのはもちろんだけど、天界こっち側には、クレームがくるんですよ。『なんでこんな使えない人材を送って来たんだ‼』って」

「なるほど……。すると、できるだけ転生者が能力を発揮できそうな異世界に送ってあげないといけないわけか」

「そういうことです。でも最近、何の取り柄もない普通の高校生! とかやつれた一般サラリーマン! とかパッとしない転生者ばっかりで困るんですよ。そんな人が異世界で急に活躍できるわけないし」


 こいつ喧嘩売ってるのか?

 やつれた一般サラリーマンの俺でどうもすいませんね!

 というか、そういう人たちのポテンシャルを見出すのがあなたの仕事では?


 小言を言いたくなる気持ちを押さえて、俺は後学のために質問する。


「じゃあ条件マッチする転生先がうまく見つからないときはどうするんですか?」

「そういう時は、今回みたいに、大量募集してる受け皿案件を紹介するんですよ。そういう異世界は人不足なので、どんな人でも喜んでもらえるし」

「それはそれでどうなんだ……」


 つまり受け皿案件だったからこそ、盛大な釣りのキャンペーンを用意してたってことか。

 なんだか転活市場の闇を見た気がするわ……。


 女神様との会話をいったん終えて、次の面接者に移るまでの空き時間になった。

 そのあいだ、俺は知識のインプットのために、今出されている転生求人の案件一覧に目を通していた。


 そこで、ひとつ目についたものがある。


『打倒魔王の冒険者求む! 元引きこもりでラッキーなあなたには女神の全面サポート保証付き!』


 ……うん? なんだこの案件?

 気になって詳細を調べてみる。

 どうやら募集条件のポイントは、「魔王を倒したい!」という気概があることと、「ラッキー体質」であることのようだ。

 これ、さっきのカズマサくんにドンピシャじゃないのか?

 というか、なんなら彼のために用意されて案件じゃないの⁉


「あの、女神さん。カズマサくんにこの案件なんで紹介しなかったんですか?」


 もしや主担当のくせに案件を見逃していたんじゃないだろうな?

 なんて一抹の不安を覚えながら、俺は女神様にくだんの案件ページを見せる。


「あー、それは気づいてましたよ。でも彼はダメなんです」

「ダメ? 魔王討伐の意欲とか、幸運のステータスとかぜんぶ満たしてたじゃないですか?」

「それとは別にね、ほらここ」


 そう言って女神様は、案件ページの隅っこを指さした。

 そこには『対象年齢:16歳以上』と書いてある。


「カズマサくんは対象年齢的にアウトだったんですよ」

「あれ、高校1年生だったし、16歳になる学年なのでは?」

「だからあと3日遅ければ条件クリアだったんですけどねー」

「えぇ⁉ 3日違うだけでアウト⁉」


 この女神様、めちゃめちゃマニュアル人間だった。

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