㐧弍拾肆話 血も涙もある男

黒腕。


それは己の肉体に真力を纏わせ、武器として使える技術。


幾重にも重ねられたその真力は黒く輝いて見える。


オレにしか使えないムテキの必殺技。


オレの、この飯島大和の……異獣どもを皆殺しにする為の技。


そんな黒腕から流れる血液に、オレは絶望した。


オレは死んでしまうのか? と……。


———


思えばあの日を境にオレの運命は狂ってしまった。

尊敬してた親父、優しかった母さん、可愛がってた妹。


あの日、3人はただの肉の塊になった。


ただの、肉。


原型は保てず、修復不可能の、人だったもの。


空の棺桶を見つめるしか無かったあの葬式は、ジジイになっても忘れないだろう。


それまで普通に生きてきた。異獣とやらが人を襲うのは知ってたけど、恐ろしいとは思っていたけど。

被害者も遺族も可愛そうと、思ってはいたけど。


その地獄が己に降りかかるとは、思いもしなかった。


無意識では他人事と思っていたのだ。


血に染まるリビングを見るまでは。


あの日俺は親の遺産以外すべてを失った。

家も住めない、友達も離れて、部活も居づらくなってやめた。親族の家に住まわせてもらったが、未だに敬語でしかしゃべれない


異獣が全部奪ったのだ。


飯もろくに食べる気になれず、一人あてがわれた部屋でうずくまる毎日。


そんなある時一つの、悪魔のような考えが浮かんだ。


俺がうずくまってる最中も、異獣どもは好き勝手に生きて、好き勝手に人を殺している。


俺の存在すら知らずに。


そんなことあっていいのか?


人間より強いだけで、誰かの人生を踏みにじっていいのか?


否、良い訳が無い!


そんな考えを持つやつはこの世から消さなければならない。


異獣を皆殺しにしてやれば、オレの憎しみも、オレと似たような目にあった人たちの憎しみも少しはましになる。


だから……殺す。徹底的に。



やたら強さに拘るようになったのもこの頃だ。


強くなければ殺すどころか傷一つ付けることは出来ない。


がむしゃらに、無我夢中で鍛錬に励んだ。


筋力も、精神力も、知力も、何もかも鍛えた。


親族の家からも家出して、レギオンに入るためなら何でもやった。


そして今ここにいる。


そして……今までやってきたことが、何もかも無駄になるかもしれない。


「鉄腕はどうしたァ………? データじゃ傷一つつかないんだろ? 何だ? このキズモノはよォ……。ハハハ……! 結局ただの自意識過剰じゃねぇか……! お前の能力も、!」


シザースの嘲笑が頭蓋に響く。

その瞬間……血が上った頭が嘘のように冷えた。


怒りが臨界点を超えたと、直感で理解した。


こんなことあるんだな。


面白いくらい頭が冷えていくのが感じる。


考えなければならない。

こいつを残虐かつ無残に殺すために


俺の能力を最大限に生かし、かつ今の状況に特化した戦法を取らなくちゃあいけない。


「鉄から血が滴る……だめだ、はは、笑っちまう。」


――――そうだ。血だ。


俺にはこのふざけた人間以下のゴミクズ野郎と違って……


血がある。


血の鉄分を黒腕に応用してやる……!


そう思った瞬間、裂け目すら見えた己の腕に、赤黒い何が溢れるのを目撃した。


これだ…!


力を入れてあえて出血させ……その鉄分を……



黒腕の補修と強化に回す……!


名付けるなら…………。



"血腕"……!


「ん……? 何故だ? なぜ修復してる?お前のそれはもう……ズタボロのはずじゃ――」


気持ちの悪い顔だ。


新技は……その面にキメてやるッ!!


オレはシザースのふざけた顔面に全力で拳を叩き込んだ。


「グッッッッ?!?!?? ブベッッッ?!」


「へヘ……どうしたんだよ。俺は自意識過剰のザコじゃあなかったのか……? 何痛がってんだよ。」


「ゲッ…テメ――」


シザースが何かを言おうと口を動かすたびに、オレは全力で血腕を振るう。


だんだんとシザースの顔の形は変わり、まるでふうせんのように腫れ上がる。


「ざ…ざげんな…! このハサミがありゃ…!」


ふうせんがなにかほざいている。


そんなにハサミが自慢か。なら……。



お前の命ごと砕いてやる。



「ぐらえ…! “鋏刑”……!」


技のようなものをシザースは出そうとしたらしい。

鋏を使った技を。


だがどうやら不発らしい。


「どうした? 自慢の鋏、崩れてるぞ。」


血腕に力負けしたハサミは……粉々に砕け散った。


やつの自意識とともに。

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