双璧の勇者達

@Jyamirupon

第0話〜プロローグ〜

 大陸に突如として現れた魔王城。

 それは巨大で、取り巻く雷雲は遠方から視認させない程の厚みがあるのだが、その雷雲の大きさからも城自体の巨大さが窺える程だった。

 そんな魔王城を根城にする一人の『上位存在』。

 名を魔王と呼称するその存在は大陸の支配を目論み、各国へ侵略、実際に支配されてしまっている地域もあるという。


『今日の挑戦者はお前か、ドワーフ。レベルは?』


『8だ』


 大きな戦斧を肩に背負い、重厚な筋肉の上から纏う鎧で音を立てながら歩み寄っていくドワーフ。それを禍々しい玉座から手を伸ばし制した魔王は笑いながら玉座を降りてゆっくりと向かって来るドワーフに近付いて行く。


『惜しいな、それでは私に届かない』


『試してみなければ分からないだろうっ! 魔王ッ!』


 種族同士で比較的に小柄だというドワーフ。その中でも立派な体躯のドワーフが一人、魔王に挑んで敗北した。

 誰かが見届けた訳でも死体を確認した訳でも無い。

 ただ帰って来なかったというだけでその判断が下され、大陸中に広まるまで一週間も経たなかった。


「【レベル8】だぞ、彼奴は正真正銘の英雄だッ! 何故……何故そんな奴まで……っ!」

「埒が明きませんね、このままでは我々の戦力が次々と失われていくのみ。魔物の侵攻に耐えられるのもここ数十年が限界でしょう」


 暗く沈む様な空気感に包まれたのはミルコフ王国の玉座の間。嘗て単騎でメルフェスタ王国を半壊に持ち込んだ英雄の死は深く悲しまれるのと同時に、底知れない喪失感と無力感が国の行先を眩ませていた。


「トカエルクルムとアーガイル、メルフェスタ、エイサルベールに通達だ! 事態は一刻を争うと。暫くの停戦協定を結び、新たな協力体制の確立を望むと」

「はっ! 直ぐに送らせましょう。……それで、昨日の件ですが……」


 立て続けに失われる国の主力達に悩まされていたのはミルコフ王国のみでは無い。戦争時期には海戦敵無しとまで言われていたアーガイル帝国も、主力艦はおろか、船という船が悉く海の魔物によって失われている。

 この場で今も作戦を練っているミルコフ国王を始め、ミルコフの宰相、大臣達は嘗てこの出来事を好機と捉えて進軍しようとしていた。しかし、蓋を開けてみれば問題は帝国のみに収まらず、メルフェスタの騎士団は壊滅。トカエルクルム王国は『十傑』と呼ばれる戦士達を三名失う大損害を出した。


「陛下ッ! ご報告したい事がっ!」


 突然この玉座の間に流れ込んで来たのは騎士風の女性で、纏められた長い髪をブンブンと揺らし、顔を青くして大臣達と同様に膝を突いて国王の前に出た。


「何事だ?」

「め、メルフェスタ王国からの遣いを名乗る者が下にっ!」


 その報告に大臣達が立ち上がり、詳しく聞こうとするが、騎士の女性はあくまで下っ端なのだろう。凄い剣幕で迫る大臣達に押され、じりじりと部屋の壁まで追い詰められていた。


「――ちょっと待つのだ、軍部大臣。其方の言い分も分かるが、その騎士を見ろ、動揺しておるではないか」


 後ろから急に聴こえた国王の声に背筋を震え上がらせながら即座に振り返った男。国王の言葉通り再び騎士の方へと目を戻すとそこに見えたのは一斉に言葉の圧力をかけられて苦笑いを浮かべる動揺した騎士の姿。

 

「はっ。も、申し訳ありませんっ! 陛下の前で御見苦しい姿を……」


 ハッと気付いた様に騎士の顔色を窺いながら後退りする男に続いて激しい追求をしていた他の大臣達も数歩下がって行く。


「そこの騎士よ。ヴェルツはどうした?」


 国王がそう尋ねると同時に国王と女騎士の間の導線を空けた大臣達はそのままの足取りで静かに国王に向かって膝を突く体勢へと戻った。

 

「ヴェルツ・リスト団長は遣いの者が持参した書状を整理、内容の確認と文面の筆写を行っている最中で御座います」


「分かった。その作業が終わったらでいい、ヴェルツとその遣いの者を此処に連れて来るのだ」

「はっ」


 仮にも敵国の遣いだ。何を考えているのか未だ分からないこの現状で、例えば此方側だけが停戦協定や協力体制の確立を望んでおり、向こう側が全く異なった宣戦布告等を考えていたら。

 頭の片隅に過ぎるそんな可能性を無理矢理押し込めて、国王は大臣達に様々な指示を飛ばした。


◇◇◇


 ――メルフェスタ王国のとある辺境。


「隊長! あそこを御覧下さい! 東に五キロ、魔物の集団だと思われますっ!」

「何っ!?」


 直ぐ様その報告に来た兵士から単眼で小型の望遠鏡を受け取ってその方向へと焦点を合わせた隊長と呼ばれた男。

 発見したのか、大きな舌打ちをした後直ぐに望遠鏡から目を離すと砦の頂上に設けられた大きな鐘目掛けて魔法を放った。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーンと計五回。回数は少なくともとても良く響くその鐘の音が示すのは敵襲の合図に他ならない。

 壁の上の掃除をしていた者。

 砦の下で仲間達と剣を振るう者。

 砦の中で睡眠、食事、読書をしていた者達が、その巨大な鐘の音を聴いた途端に表情を変えて砦を飛び出し、壁の上や門の前に集まり出した。

 

「総員っ! 戦闘用意!」


 大きな砦を取り囲む高い壁から響く勇ましい咆哮で始まった突然の総力戦。

 此処はメルフェスタ王国とエイサルベール精霊王国との国境付近で、王国の砦を挟んで精霊王国側にはだだっ広い草原と隆起が激しい丘があるのみという変わった場所。


 見るからに堅牢なその砦を囲む壁に付けられた扉がゆっくりと音を立てながら持ち上げられると、中から兵士の格好をした者達が次々と出て来る。

 五キロと雖も観測時からは大分近付いて来ており、もう目視でその姿を確認出来る程まで迫っていた。


「陣形を崩すな、敵は複数、四足歩行型の魔物だ! 槍と盾は前にっ!」

「「「はっ!」」」


 壁の外へと出て行った兵士達は決して重厚な鎧を纏っているなどという事は無い。即座に陣形を変えられる様に、盾を持ち、味方を攻撃から守る兵士以外は全員が軽装であった。

 現場の指揮官は目視で捉えた魔物達に違和感を覚えつつも、想定範囲内の数と魔物の種類に軽く頷き、壁の上の魔法使いに攻撃の用意を促した。


「来るぞッ!!」


 その姿は狼と良く似た生物で、顔面だけ毛が生えた両生類の様な姿をしている奇妙な魔物。紫色の血液をばら撒きながら盾の兵士に突っ込む姿に知性は感じられず、盾の後ろから突き出される槍によって絶命する姿は指揮官兼兵士としてこの場に赴いてから幾度も目にした光景の一つだった。

 仲間の死体を踏み台にして飛び上がる魔物は空中に飛び上がった的の様で、壁の上の魔法使いが悉く排除していく。


「後、少し……」


 そう呟きながら魔物に剣を突き立てた指揮官の目には百程居た魔物の死に絶え、生き残りの数匹が交戦している様子だった。


 そして戦いが終わる。


 壁の外に出ていた兵士達は戻り、指揮官は壁の上で一連の襲撃を見ていたこの現場の上司である隊長の元へと足を運んでいた。どうやら隊長も何か思う事がある様で、砦にある自室から一冊の図鑑を取り出して来る様に、と部下の一人に命じていた。


「――何故、奴等は走っていた?」

「私もそれは疑問に思いました。あの種の魔物は集団で動くのはそうですが、狩りでは一匹が一匹を追う様な体制を採る筈です……。あれは明らかに集団で獲物である私達を狩ろうとしていた」

「うむ。それと……」


 隊長の頼んでいた図鑑が届く。

 厚さ五センチ程あるその図鑑をパラパラと捲り何かを探す隊長は、今回襲撃を仕掛けて来た魔物の情報が記された頁で指を止めて、見る様に差し向けて来る。


「此処ら辺の魔物じゃ無い!?」

「どうやら……今回攻めて来た方角では、一番近くて精霊王国の向こう側にある針葉樹林の地帯があの魔物の生息地である様だ」

「生息地域が変化したのでしょうか……」

「あそこは……精霊王国は、魔物を生息地域から種族ごと追い出す事くらい容易にしてしまうだろうな。もし、そうだとしたら”あの噂”の信憑性が薄れてくるというものだが……」


 隊長の顔が難しいものへと変わり、低く、唸る様な声を上げたかと思うと図鑑を兵士に渡して自分は無造作に置かれていた大きな樽に腰を預けた。


「あの噂というのは……精霊王の……?」


「うむ。精霊王が表舞台に姿を見せなくなって数十年、巷では亡くなったのでは無いか、と噂されているだろう」

「で、でも精霊王ってエルフですよね……。そんな数十年っていう人間の尺度で死んだなんて判断を下すのは些か早計では?」

「そういう噂を耳にするとな、本人は表に出て来るってものだ。王国の上層部も何度か精霊王国とコンタクトを取ろうとしているらしいが、一向にまともな返事は無いまま数年が経ったんだ。死んだって思われても仕方が無いだろう」

「な、成程……。でも今回の襲撃で……!」

「うむ。死んでるのかまでは判断が付かないが、精霊王国の国力は低下していない。一切な」


 魔王とやらに立ち向かって何年経つだろう。

 メルフェスタ王国からも猛者という猛者が送り込まれ、更には英雄とまで称された狩人や傭兵も、大陸全てを巻き込んだ悪の根源を滅ぼそうと立ち上がったが、帰らぬ人となっている。


「精霊王国には果たしてどんな人達が居るんでしょうね……」

「強い奴は多いだろうな。む、そう言えば王都に、【レベル6】の奴が現れたんだってな」


 【レベル6】というのは現在王国に居る人間の中でも上位中の上位である。メルフェスタ王国トップが【レベル8】。

 誰もが憧れる『剣聖』という存在で、唯一の【レベル8】だ。

 

「隊長、本当に耳が早いですね。傭兵達の間では人気の奴ですよ。知識の塔のマスター達と肩を並べられるレベルとなると腰が引けてしまいそうですが……意外と王国の文化を面白がってくれている良い奴らしいんです」


 笑顔で語る指揮官は遠目からその【レベル6】の傭兵を見た事があった。語った話は人伝であるが、唯一己の目で見た彼の姿は忘れもしない。肩まで伸びた長い金髪に、綺麗な碧眼。腰に剣を差しているが見た目と持つ杖から魔法使いの様であったと。

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