第16話:恋愛感情の発現は、幼児の「赤ちゃん還り」と同じ原理で起こる


僕は思う。


子供とは、胸の内に秘匿してきた原初の、強烈な憧れが、血と、骨と、肉とを獲得してこの現実世界に出現した、奇跡である、と。


そしてその、親の自己愛の化身たる子供も、やがて歩き始める頃には、胸に不安と空虚とを抱き、愛されたいと激しく希うようになる。


繰り返すが、これは成体の庇護を求める子供の、生存本能である。


子供は成体の庇護を受けるために自ら「可愛くなりたい」と強く希うようになる。「可愛い」とは即ち、成体の庇護を受けやすい状態を指す。小さくて、きれいなからだと、愛くるしい容貌。そして、声も、匂いも、仕草も、すべて。


この「可愛くなりたい」は、成長するに連れてその内容を変えて行く。「綺麗になりたい」「いい子になりたい」「賢くなりたい」「役に立ちたい」「格好よくなりたい」、etc、etc、………


今は「可愛くなりたい」「綺麗になりたい」に話しを絞る。


男の子はこのベクトルで成長し続けることが出来ない。理由は簡単だ。「可愛くなくなる」からだ。「綺麗じゃなくなる」


十代となり第二次性徴が始まると、男子は「子供」から「ケダモノ」へと変わる。勿論すぐに、じゃない。少しずつ、だがしかし、確実に、変態を遂げてゆく。


背が急激に高くなり、骨格は大きく張り出して行く。骨そのものも太くなり、身体全体が角張ったフォルムへと変化する。皮下脂肪が薄くなり、逆に血管や筋肉が浮き出てくる。そして体毛が濃くなり、かお付きが変わる。


男は屈強な戦士にして狩人、また頑健な労働力にして一家を養う父親たらねばならない。その逞しい腕で、子と妻とを護る「成体」なのだ。可愛い方がいいとか綺麗な方がうれしいとか、そんな呑気なことを言ってる場合じゃない。


そうして変貌を遂げつつある、そんな或る日、少年は発見するのだ。子供時代のしなやかな肢体を失わず、すべすべの肌もさらさらの髪もそのままに成長を続ける者達の存在に。


そう、少女達だ。


ついこの間まで同じ種類の生き物だった女の子は、今は、自分達・男とは完全に違う生き物だった。女の子が変わったんじゃない。男の子の方が、違う種類の動物へと変貌を遂げたのだ。


すぐに、恋に落ちたりはしない。男の子が女の子を好きになるには、実は何年もかけていくつもの段階を踏む必要があるのだ。


最初は違和感、次に懐かしさ、やがてその姿に、声に、小ささに、優美さ、可愛いらしさ、自らの子供時代のいとけなき面影を認め、憧れを抱くようになるのだ。


恋愛感情の発現は、幼児の「赤ちゃん還り」と同じ原理で起こる。(ああ、笑ってくれていい、でも僕は完全なる真顔で、これをキッパリと断言する)


柔らかな肢体の、頼りなげな姿の子供の頃に戻りたい。みんなに護って貰えた、あの頃に還りたい。その頃の面影と存在感を纏った、この少女のようになりたい。寸分違わぬ、まったく同じ姿になりたい。この娘に、なってしまいたい、………


しかし、なれない。当たり前だ。


なれないから最初は拒絶反応を示すが、なれないという事実に慣れてしまうと、やがて、今度は仲良くなって一緒にいたいと思うようになる。


理由は二つある。








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