第4話:可愛くなりたい綺麗になりたい護ってもらいたい・・


アベルとリリスは、

いつも一緒にいるようになった。

アベルはリリスは、

お互いに離れがたい気持ちだった。


アベルはリリスの、

その柔らかい栗色の髪を撫でていると、

とても安心して、満ち足りた気持ちになった。


しかしその充足感の底の方には、

何だか得体の知れない、

氷のような冷たい悲哀の気持ちがあって、

アベルは、

その冷たさと違和感から目を逸らそうと、

少女の頬肌ほおを撫で、

くびすじを嗅いで、

控えめな色彩の、そのくちびるを吸った。


アベルは、

まだ稚気いとけなき美しい少女に、

かつて子供だった頃の自分を見ていた。


その少女の髪を撫でるのは、

子供の頃の、

まだ誰かに護ってもらいたい年頃の、

その自分の髪を誰かに、

大人に、撫でてもらうことと同じだった。


「きれいだ、可愛い、きれいだ、可愛い」


熱に浮かされたように繰り返すその言葉は、

それを口にするアベルの自身の胸を、熱くした。


「愛してる、僕の大切な子、愛してる、とても大切な子」


声が、震えた。

愛しさを、抑え切れなかった。


「お願いリリス、君を、一生、僕に護らせて、……」


アベルは、

泣いてしまっていた。

うれしかった。

そんなふうに、ずっと、誰かに言ってもらいたかったから。


二人は、

人目を避けて、

逢瀬を重ねる様になった。

逢えない日も、当然あって、

それはアベルにとって、とても辛い時間だった。


しかし逢っている時も、

触れ合い、抱擁を交わしている時も、

一抹の寂しさを、胸の何処かで感じていた。

それは、

僕はリリスじゃないし、リリスは僕じゃない、

という単純な事実を、

実は知っているからだった。


彼女をどんなに愛しても、

子供時代の自分が同様に愛されたことにはならない。

当たり前だ。


倒錯、

置き換え、

浅ましいまでの、

凄まじいほどの、――


もう不要なのだ。

もう自力で生きて行けるのだ。

しかし、

その生存本能は、

可愛くなりたい綺麗になりたい護ってもらいたい、――

無くなったりしないのだ。


理由その1:

大人になった後のことまでは考えられていない。


子供が大人になるまで成長を遂げるのは成功率10~20%の至難の事業であり、その後のことまで考えて本能や欲求を設計するゆとりが、「しゅ」の側に無い、ということなのだと思う。そして、――


理由その2:

その本来不要の子供の欲求には、大人になってからも使い道がある。


ということだ。


自己に対する愛情を「倒錯」することによって、

人は子供を育てることが出来るのだ。


それも命懸けで、だ。














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