第26話 作戦成功

「な、なんなの急に動きが変わったわっ!? ま、まさか魔法を斬りながらこっちに向かってきているというのっ!?」


 最強の剣士である剣聖の動きを模倣した俺はファナさんが放った魔法を斬り裂きながら、障害などまるでなかったの如くファナさんの懐に潜り込んだ。


「や、やられるっ!?」


 俺に斬られるという恐怖に思わず目を瞑って身構えるファナさん。俺は一瞬の交錯のあとファナさんの脇をすり抜けて膝をつき、


「またつまらぬものを斬ってしまったようだな」


 かちゃんと音を立ててエクセリオンを腰ある剣帯に戻す。その直後、ファナさんが着ていたエルフの戦闘装束を始めとする一切の衣類が吹き飛んだ。


「なっ!? え、えええええええええ――――――――――――っ!?」


 突然の事態に困惑の声を上げるファナさん。そんな最中エクセリオンが半泣きで嘆く。


「お、俺は大賢者で名剣なんだぞっ!? な、なんでこんな醜態を晒さなくちゃならないんだっ!?」

「泣くなよエクセリオン、いい仕事だったぜ」

「俺にとっては史上最低の仕事だっ!?」


 闘技場は突然ファナさんが裸になったことで静まり返っていた。

 あまりにも突拍子なさ過ぎて、みんな現実に理解が追いついていないんだろうな。

 いや、一人だけこの状況に順応して、しかも、ご機嫌な表情を浮かべている人がいる。 


「やるじゃないのシモノ」


 アリスが満面の笑みを浮かべていた。宿敵であるファナさんの醜態は、アリスにとってはいい気味に見えたに違いない。


「な、ななな、なんでわたしが裸になっているのよ~~~~~~~~~~~~~っ!?」


 ようやく現実に理解が追いついたファナさんが叫ぶ。

 その叫びを皮切りに、闘技場が一気にどっと湧いた。観戦席にいる男子の大勢は「うおおおおーーーっ!」と雄たけびを上げ、女子の大半は「きゃーーーーーっ!?」と悲鳴を上げている。

 ちなみに俺の親友であるクロードはというと突発性頭痛でも苛まれたかのように額に手を当てその場で項垂れていた。


「お、お嬢様っ!? お、落ち着いてください、口調がっ!?」


 慌てて自分が着ている制服の上着を、舞台に投げ込んだファナさんが注意する。ファナさんは慌てて上着を着ると、長い耳の先まで真っ赤にして俺たちを指さし、


「はっ!? わ、わわわ、わたしをこうまで虚仮にしてっ!? これまでなるべく傷つけないようにしてあげていたけど、もう許しませんからっ!?」


 やっぱりこの人、そんな悪い人じゃないような……。

 そんな思いが過ったが、ここから先はアリスの仕事だ。役目を果たした以上、俺にできるのはこの試合の決着を見届けることだけだ。


「はんっ、なにを甘いことを言っているのよ。最初からその気でしょう」


 これまで後ろに退がっていた俺に代わるように前に出て、アリスとファナの二人は奇しくも同時に第二魔法を発現する。


「万象の一切を煉獄の炎で焼き払え、顕現せよ【紅蓮の龍】……!」

「【原初の森の王】よ、この世全ての者に大地が誰のものであるかを教え給え……!」


 アリスの前には巨大な紅蓮の龍が、ファナの前にはお伽噺にでも出てきそうな少女の如き妖精が君臨し、竜虎相搏つが如く対峙し、二人は同時に口を開いた。


「咲き散らせ、【紅蓮華】!」

「吹き荒れなさい、【始原の息吹】!


 【紅蓮の龍】からは暴れ狂ったかのような豪火球が放たれ、【原初の森の王】からは嵐を凝縮したような風の塊が放たれ、二つの壮絶な一撃は舞台の中央で激突した!


「くっ!?」


 二つの魔法が激しく鬩ぎあう中、アリスが額に脂汗を浮かべたアリスが苦悶の表情を浮かべている。大技を使い続けることで一気に疲労が溜まっているのだろう。だが、攻撃を止めれば【始原の息吹】に呑まれ、アリスの敗北がかくてしてしまう。


「残念ですが、魔力制御に秀でない人族ではエルフ族のわたしに勝つことはできませんわ」


 その直後【始原の息吹】がさらに勢いを増した。

 嵐を凝縮したような風の塊が少しずつ少しずつアリスに向かっていく。


「アリスっ!?」


 不安になり俺は思わず叫んだが、アリスは苦悶の表情を浮かべていても目は死んでいなかった。


「たしかに普通に考えたら勝てないわね。でも、いまのわたしは――普通じゃないわよっ!」


 押されていた【紅蓮華】が一気に【始原の息吹】を巻き返し始める。


「なっ!? ど、どうして【原初の森の王】が押し負けるのよっ!?」


 想定外の事態に、ファナさんが限界一杯まで魔力を練り上げ【始原の息吹】を強くするが、それでもアリスの【紅蓮華】は止められない。


「たしかに術式の精度に関してはあなたが上よ。わたしのような人族はエルフ族ほど魔力制御に秀でてはいない。でも、魔力量ならわたしのほうが上よ」

「そのことは気づいていたわ。でも、あなたはついこの間まで確かにわたしより下だったじゃないの」


 そう口にしたファナさんの視線は、アリスの背後で結末を見届けようとしている俺の姿を捉えた。


「ま、まさかあの人族が関わっているというのっ!?」

「ええ、シモノの力を借りて訓練したのよ。だから悪いけれど、この前までのあたしとは別物と考えてもらっていいわ」

「でも、それでもこの差は――」

「あんたがシモノと戦っている間、あたしが戦いに加わらずなにをしていたか気づいていないの? あたしはシモノがこの状況を作り出すことを信じて、ずっと魔力を練っていたわ。あんたの第二魔法をわたしの第二魔法で打ち砕く構図は最初から想定されていたのよ」

「なっ!? ならわたしは最初から最後まであなたたちの掌の上で踊っていたというわけっ!?」

「その通りよ。それにあんたはいまの十分な力を発揮できないわ」

「そ、そんなことは……」

「はんっ、なにを馬鹿なことを言っているのよ。これだけの群衆の前でそんな格好を晒しながら、あんたみたいに体面を重んじるやつが十分な力を発揮できるわけないでしょうが。魔法同士の激突の衝撃波でその上着から大事なところが見えないか、あんた気にしているでしょ」

「う、うぅぅぅ~~~~~~っ!?」


 ずばりと図星を当てられたようにファナさんが顔を赤くする。

 この瞬間、勝負は決したといってよかった。


「人族なんて、人族なんて―――――――――――――――っ!?」


 呪詛のように叫ぶファナさんの前で、【紅蓮の龍】の【紅蓮華】が【原初の森の王】の【始原の息吹】を力押しで破り、そのまま【原初の森の王】を撃ち貫いた。貫かれた【原初の森の王】は無残な姿となり果てながら燐光となって消え去り、あとに残されたのは力尽きたようにその場にしゃがみ込むファナさんの姿だった。


「もう勝負は着いたわ。降参しなさい」

「……え、ええ。……わ、わたしの負けよ……っ!?」


 悔し涙を浮かべて見上げてくるファナさんを前に、アリスが満面の笑みを浮かべる。


「これであたしの勝ちよ。あーあ、勝ってせいせいした」


 誰もが予想だにしない決着を迎えたことで、闘技場が再び、どっ! と湧いていた。

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