第24話 トイレでの出来事

 その後クラス代表試合開始まで、俺たちは闘技場の控室で作戦会議をした。

 とはいってもアリスは戦略にはあまり興味がなくて、俺が考えた策をエクセリオンが自分の実戦経験に基づき、実現可能な戦略に落とし込んでいくっていう作業が中心だ。

でもアリスもただ黙って見ているだけじゃなくて、言いたいことはちゃんと言っていた。アリスはファナさんにリベンジマッチがしたいらしく「ファナと対決する機会をちょうだい」とのことだった。アリスがどんな想いで口にしたかは俺たちも理解できるので当然その構図になるようにした。まあ言われなくてもそのつもりだったけどね。

そんなこんなで作戦を詰めて、俺たちは自分たちが試合する機会を待った。

 この日は全学年でクラス代表試合が行われるため、全日で普通授業は休みになっている。

 中でも生徒会メンバーを始めとする上級生の実力者が出る試合は、観戦席が満員になるほどだという。半面一学年のクラス代表試合は人気がなく、首席のアストレアが出る試合以外はそれほど注目されず、俺たち人族二人が出場する試合など一年生の試合の中でも特に不人気な試合として扱われているらしい。

 というのは俺のことが気になり控室を訪れてくれたクロードから聞いた話だ。

 どうやら俺のことが心配になってわざわざ激励にしに来てくれたたらしい。「人気者になると困っちまうな」と得意顔で言ってやったら「か、下等な人族のことなんて、だ、誰が心配するもんかっ!?」と怒って出て行ってしまった。

 イケメンのくせにからかいがいがあるやつだから、また機会を見つけたらからかっておくことにしよう。


「さてと、もう作戦は二人とも覚えたから俺は少し外させてもらうぞ」


 入念な打ち合わせを終えた俺は廊下に出て男子トイレに向かう。出場者用のトイレは別のところにあり、俺以外誰も使っている人間はいなかった。だから落ち着いて用を済ませて個室内でズボンを上げていたとき


「シモノさん、シモノ・セカイさん、聞こえますか?」


 不意にエクセリオンからアレクシア様の声がして、俺は思わず目を瞠った。

しかしエクセリオンはアレクシア様が派遣されたサポーターだ、なら持ち主であるアレクシア様の声を届けることぐらいできて当たり前だろう。

 慌てて俺は身なりを整えるが、こちらのそんな状況は見えていないと言わんばかりにアレクシア様が話を続ける。 


「じつは……あなたのすぐ傍に邪神の眷族の気配を感じました。気を付けてください、相手はあなたのすぐそばに迫っています」

「邪神の眷属がっ!? 連中の狙いが誰なのかはわかっているんですかっ!?」

「いえ、そこまでは……。ですがシモノさんが使徒であることが公になっていない以上、シモノさんを狙うとは考えづらいので、シモノさんの傍にいる別の人が狙いであるかもしれません」


 俺以外で、傍にいる有名人となれば……アリスか。連中がどうしてアリスを狙うかは不明だが、気を付けておいたほうがよさそうだな。


「わかりました、アレクシア様の使徒として全力を尽くします」

「ええ、期待していますよシモノさん。それと何度も繰り返すようですが、女の子は不必要に傷つけないようにしてくださいね」


 ぎくっ!? だ、誰の件だろうなっ!? 最近の事例だとアストレアだが、これから起こるであろう事例だとファナさんになる。それ以前の事例だとアリスに加えて――くっ、思い当たる節が多すぎて誰のことかわからないぞっ!?


「全部ですよシモノさん」

「なっ、ア、アレクシア様っ!? まさか俺の心を読んで――」

「読まなくたってあなたがどんなことを考えているかはわかりますよ。その気になれば【窓】を通じてあなたの行動はいつでも見ることができますから。では、ご武運を」


 アレクシア様の気配が消えるとともに、エクセリオンがつぶやく。


「ちっ、強制的に俺の体をのっとりやがって。いくら女神だからってやっていいことと悪いことがあるぞ」

「エクセリオン、話は聞こえていたか?」

「ああ、邪神の眷属がすぐ近くにいるんだろ。突然戦闘になることも視野にいれておかねえとな」


 アレクシア様にボディーを乗っ取られていてもエクセリオンに意識はあるらしい。


「しかし、まあ邪神の眷属か。このトイレに俺以外誰もいないときでよかったぜ。もし誰かに聞かれたら面倒ことになるからな」


 ぼやいた俺が男子トイレのドアを開けると、


「ほう、なにを聞かれたら面倒ことになるんだね」

「……………………」


 トイレのドアの向こうで誰が喋ったかを誰もが理解できなかっただろう、当然だ、突然の事態に俺も驚きのあまりに思わずドアを閉めちまったくらいだからな。

 見間違いか? と目を擦ったあと俺はゆっくりと慎重にドアを開けてみる。


「やあシモノ・セカイ君、偶然だね」

「ぐ、偶然ってっ!? こ、こんな偶然なんてあるわけないでしょうがっ!?」


 なぜか男子トレイの前で待ち伏せしていた学院長を前にして頭が真っ白になる。

 ま、まさか俺とエクセリオンとの会話を聞かれていたのかっ!? 


「少しキミに訊きたいことができてね。ああ、なるべく人目につかないためにここまで足を運んだんだが、キミの事情はわたしの想像より複雑そうだね」

「ふ、複雑っ!? い、いったいなんのことですかっ!?」

「邪神の眷属とはなんのことだね? いや、そもそもトイレの中にいたのはキミとそのインテリジェント・ウエポンだけではなく、女性の声も聞こえていたんだがね」

「き、気のせいですよっ!? お、俺、女装癖があるんでっ!? イ、イヤーンっ!? え、えっちぃー(裏声)」

「マスター、普通にキモいぞそれ、いますぐ死んだほうがいいんじゃねえか」

「み、見逃してくれないっ!? これでも俺いま大事な秘密を守るために全身全霊を懸けて演じているんだけどっ!?」


 そんな俺とエクセリオンのやり取りを前にして、学院長は意味深に微笑んだ。


「なあシモノ君、わたしはキミと仲良くしたいと考えているんだよ」


 そう言って学院長が一歩前に出てくる一方、臆した俺は一歩後ろに下がる。こんな状態が続いて俺はすぐに男子トイレの壁際に追い詰められてしまった。


「こ、こんなところで、な、仲良くしたいだってっ!? あ、あんた、い、いいい、いったいなにを考えているんだっ!?」


 股間を守るように脅える俺を前にして、学院長はぽんっと手を打つ。


「おっと失礼、誤解を与えてしまったようだな。まあこのままキミが無事に済むかどうかキミの対応次第だ」


 やはりこの人――俺の童貞が狙いかっ!?


『マスター、この状況でボケをかますなんてあんたけっこう余裕があるんだな』


 よ、余裕があるわけないだろっ!? こ、混乱しすぎてうっかり本音とボケを間違ちまっただけだっ!?

 エクセリオンから呆れられ見捨てられると困るので、俺は学院長と本音で向き合うことにした。


「以前も言ったが、わたしはキミという人間がよくわからないんだ。わたしの読みでは、キミはわたしの想像も及ばない力を要している可能性がある。だが、キミという人間がどのような人物なのか理解できなくてね、キミという人間を見定めさせてもらおうと場を作り変えたんだよ。予定通りであればキミはファナ君と戦う機会がないからキミの本性が暴けないと思ってね。極限の状況であれば、キミがどういう人間かわかると思ってね」


 わかってはいたが、相当厄介な相手から俺はマークされていたようだ。

 よりにもよって学院の最高権力者が俺を試そうとするなんて……。職権濫用だって怒鳴りたいところだけど、学院長にはその無理筋を通すだけの実績のようなものがあることは俺にも薄々わかりつつある。


『どうやらマスターのことが危険視されているようだな』


どういう意味だ?


『微妙な立場の人族の中に現れた、圧倒的な実力者の疑いがあるのがマスターだ。マスターの匙加減ひとつで人族の立場が大きく変わることになる。たとえばマスターが弱かったら人族は詰みだし、マスターの混沌サイドの人間であれば人族は混沌の時代を迎えることになるからな』


 げっ、俺の想像以上に俺が重要人物じゃないかっ!?


『おまけにさっきトイレで俺たちがしていた会話を聞かれていた。どこまで聞かれていたのかは不明だが、最悪この女はマスターのことを邪神の眷属だと疑っている可能性すらあるぞ」


ど、どうしたらいいんだエクセリオンっ!? いっそのこと俺がアレクシア様の使徒であることを告白するべきなのかっ!?


『そいつはよしておいたほうがいいだろうな。マスターにはマスターの思惑があるように、この女にはこいつの思惑がある。この女がマスターの力を、幻想族に有利なように利用しないとは断言できないからな』


 学院長の思惑は不明だ。だが、俺に疑われる一定の要素が揃ってしまった以上、このまま隠し通すことはできそうにない。


『そもそも、マスターの力をいつまでも隠しておくことはできない。だから――』


俺がどういう人間かどうか、少なくとも敵じゃないぐらいの返事に留めておけってことだろ。

 エクセリオンのお陰で俺の考えはまとまりつつあった。


「ちなみに、わたしをただの馬鹿な学院長だと思っているなら勘違いだと言っておこう。わたしはね、目的のためならなんでもする主義なんだ。だから、キミが適当なことを言って誤魔化そうものならまたキミの悪評を広めるかもしれないぞ。ちなみに王立魔導学院時代、キミがアリス・スカーレットに狼藉を働いたという噂を流したのはわたしだ」

「な、なに――――――――――――――――――――――――――――――――っ!?」


 この女、俺の想定以上にヤバい人物のようだ。


「あ、あんたが犯人だったのかっ!? アストレアは口が堅そうだからずっとどこで情報が漏れたかおかしいと思っていたんだっ!? 学院長が学院生のプライバシーを漏らすなんて教師失格だろうがっ!?」

「はんっ、わたしは目的のためなら手段は選ばないと伝えただろう。その気になれば学院長の全権限を以ってキミを退学に追い込むことすらお茶の子さいさいだよ」


 やはりこの人は俺以上にクズだ!


「さあ、どうするかねシモノ・セカイ君? また、わたしの質問を無視するというなら、次は他種族を煽ってキミを袋叩きにするなんてこともできるんだがね」


 そ、そんなことをしたら人族の威信が地に堕ちるじゃねえかっ!?

 そうなれば世界が滅びると知りながら、俺は学院長の前で下手な言動は控えてエクセリオンのアドバイスに従うことにした。


「俺がどういう人間か知りたいなら、これからクラス代表試合でお見せしますよ」

「ほう、少しは楽しめそうだな。断っておくが、わたしは何が起きても介入するつもりはないぞ。たとえキミが醜態を晒してもだ」


 期待外れであっても期待通りでも、コキ使われるのはわかっていた。だが、そもそも俺はこの世界を守るためにここで勝たなければならないのだ。


「そうならないようにせいぜい努力しますよ」


 学院長は満足したように頷き、俺に背を向けて男子トイレから出て行った。

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