第22話 試合前夜2
『どうだろうな。俺はその当時のやり取りを伝聞でしか知らないから確かなことは言えないぜ』
まあ俺の間違いだろう、と思い直し、
「だから、ファナさんと戦うことになったときは自信なさげだったのか」
「うっ!? あんたってさ、言いづらいことを遠慮なく口にするわね」
「まあ、その手の感性はもう吹っ切れているからな」
アリスが気まずそうに表情を曇らせるが、俺は特に気にはならなかった。
まあデリカシーなんてものがあったらアレクシア様におっぱいを揉ませてほしいなんてお願いしないからな。
「そんでお前の見立てじゃファナさんには勝てそうなのか」
「……わからないわ。あんたのお陰であのときより差は縮まったと思うけど、でもファナは――とても強い。あいつの強さが群を抜いていることは、エルフの中でも優秀とされる王族の血を受け継ぎ若くから戦姫して認められていることからも確かよ」
戦姫か。たしか時折りこの世界に出現する、著しく魔法に秀でた女性のことだったよな。
魔族の勢力が増す度に戦姫の出現確率が増えるという噂を耳にしたが、それ以上のことを俺は知らない。
「そんなすごい相手に、あたしの実力でどこまでやれるかって言われると……」
言葉を濁したアリスの苦悶の表情で顔を俯ける。
間違いなくアリスにとっては深刻な問題だが、俺はどうにもピンとこない部分もあった。
「なあアリス、この際種族の違いとかはどうでもいいんじゃないか?」
そもそも人間以外の種族がいない前世持ちの俺にとって、種族の差という有利不利という問題に留まるものであって、どちらの格が上か下かという問題じゃない。
人間だけの世界において人はみな平等だったけど、それでも勉強が得意な奴もいるし、スポーツが得意な奴もいる。人それぞれ得手不得手がある中で、同じルールの中で競い合う経験は誰にもあった。
そして今回アリスが教えてくれた経験談のことを、俺はよく知っているのだ。
「お前が他種族に勝とうと思って努力したことを笑うような連中はただ単に諦めているだけだろ。種族が違うから努力しても勝てないっていう負けた言い訳がほしいだけだ。全力で、たとえ命を懸けてでもこれを成し遂げようっていうものがなかった薄っぺらいやつらなんか相手にする必要はない」
つまり挑戦する者は笑われるってことだ。でも、俺のいた世界じゃ多くの人間が笑われる中、逆境を跳ねのけて結果を出す者が少なからずいた。
その差がなんであるかは、俺にもよくわからない。意志の力だったりあるいは天運だったり、はたまた色んな要素が複雑に絡まっていて一言では説明できないものも多いだろう。けど、ひとつだけはっきり言えることがある。それは――そいつらが最後まで、成功するその時まで挑戦し続けたってことだ。
「たとえ種族が違わなくても同じ種族同士だったとしても、どうしても負けられないときがある。目的、願い、夢……言い方は様々だが、それを叶えられないための理由なんか探す必要はない。お前がするべきなのは自分が成し遂げたいことを成し遂げるための努力をし続けることだろ。お前が今日までしてきた努力は俺が認めてやるよ」
俺がアリスにできることはひとつ。アリスの悩みを聞いて背中をぽんと押してやることぐらいだ。アリスは努力家だし才能も行動力も備わっているからこれぐらいで十分なんだ。
「だからお前がするべきことはひとつだ。ただ勝つことだけを考えりゃいい、負けたときのことを考えるのは負けてから十分だ」
「……あんたはさ、あたしとファナが戦ってどっちが勝つと思う?」
「俺の見立てじゃお前とファナの実力に大差はない。魔法量ならお前が、魔法制御ならファナが勝っているが総合力じゃ同じだ。だから、あとは気持ちの問題だ。お前が負けると思ったら負けるだろうな」
「なんであんたにそんなことがわかるのよ?」
ふっふっふっ、それを訊いちゃいますか。大事なことからもう一度言おう、それを訊いちゃいますか。
俺はにやりと不敵な笑みを浮かべる。
「おいおい、俺はいつか絶対に魔法が使えるようになるって信じて、十年間周りから散々馬鹿にされ続けてた挙句、土壇場になって魔法に目覚めた挙句、お前に決闘で勝利したことがある男だぜ。種族っていう生まれ持っての力の差を覆すのに、自分の可能性を信じるのは最低条件だ。それすらできないようならそもそも戦いの場に立つべきじゃないだろ。ファナさんにボロ負けしてまた立ち上がったっていうのに、お前は自分が勝てるって信じられないのか?」
「………………っ!? はあー、くっそむかつく。せっかく格好いい台詞を言ってもらったのに、相手があんたじゃなけりゃ最高だったわ」
「そうか、そりゃ残念だったな」
ふっきれた顔のアリスを見て、これで明日は大丈夫そうだな、と俺は安堵する。
「それで、あんたは……?」
アリスは不意に視線を泳がせ、右手と左手の人差し指の指先同士つんつんと突つき始めた。
「なんていうかその……あんたがどうして阿呆なことをしながらも頑張っているか気になって。やっていることが総じてゲスいけど、やっているときのあんたは真剣そのものって感じだし、それに……ここ最近あんたはめきめきと力をつけたのはわかるっていうか」
ふむ、なにが言いたいんだ?
「つ、つまり、あれよ。あんたが本気で学院最強になろうとする理由っていうのを教えてほしいって言ってんの。その……あたしはあんたのことを仲間だと思ってるけど、あたしにあんたに最強になろうとする理由を教えたけど、あんたはあたしに何も教えてくれないかなって」
「そうだな、悪いが教えることはできない。人前で口にするようなことじゃないし、人前で口にする価値があることじゃないからな」
「そ、そうなんだ。へ、へえー」
露骨にがっがりした棒読み声で、何事もなかった体を装うアリス。
しかし、すまないが本当にこればかりは教えてやるわけにはいかないんだ。
『マスター、格好つけてるけど本当に人前で口にする価値なんてねえことだからな』
う、うるさいぞエクセリオンっ!? せっかく格好よく決めようとしていたのにっ!?
このままだとアリスがかわいそうだから少しだけ俺のことを教えることにした。
「けど、お前のことを仲間だと思っていないわけじゃないぜ。だからこれだけは教えとくよ、俺が女の子たちにふしだらな行為をするのはわざとじゃない、魔法の発現条件に関わってくるからだ。だからお前の予想通り、あの決闘の時も俺は勝つために全力で戦っていた」
「ふ、ふーん」
顔を上げてなんでもない風を装っているが、今度は上機嫌なのが一目でわかった。
「なんでうれしそうなんだ?」
「べ、べつにうれしくなんてないしっ!?」
ここでツンデレってお前かわいいかよっ!?
「ま、まあこれであたしたちは本当の意味で仲間になれたってことね。あんたの隠し事も減ったみたいだし、これまでよりはあたしも少しはあんたのことを信用できる気がするっていうか。なんなら明日のクラス代表試合、あんたが困っていたらあたしが助けてあげてもいいわよ」
なにはともあれ俺を気遣う余裕まで出てきたのは心強いことだな。
「そうか。ならもし危機になったらお前に助けてもらうことするよ。まあ、なるべくそうならないようにはするけどな」
「うん、任せておきなさいよ」
胸を張って応えるアリスを前にしながら、俺はエクセリオンがじーっと、なんだか不安そうにアリスを見ている気がしてならなかった。
エクセリオンはただの球体で外見からでは感情はおろか視線すら理解しがたいはずなのだが、この頃の俺はエクセリオンの感情のようなものがわりと当てられるようになってきていた。
「どうしたんだエクセリオン?」
「なに、アリス嬢ちゃんが自分の言っていることを本当に理解しているのか気になっただけだ。最悪の場合を考えたうえでならいいんだけどな」
最悪の場合ってなんのことだ?
俺が尋ねてもエクセリオンは答えてくれなかった。
この後アリスはどうしたかって? 当然同衾なんかしないで俺がこっそりと女子寮に送っていたよ。紳士であると俺としては部屋に入った女の子を自分に好意があると勘違いして口説くなんてことはしないからね。
まあ本音を言えば、エクセリオンが目を光らせていたからやろうと思ってもできなかったんだけど。
※※※
「さて、全員揃っているようだし会議を始めるとするかね。議題は学院内においてどうやって人族が排斥の対象でないかを理解させるか、また、できることなら他種族が同盟を組む価値がある相手だと理解させるかだ」
シモノがアリスの悩みを聞いていた頃、七種族学院にある生徒会室ではとある会議が行われていた。
といってもこの集いの主催者であるフューゼシカ・ヴァンダビィーネが集めたのは必ずしも生徒会のメンバーというわけではなく、いま生徒会室にいるのはフューゼシカ自身が目にかけた学院の実力者だ。
「ねえその前にさ、学院長なのに一つの種族に肩入れしてもいいわけ?」
とにかく軽い口調で、制服を完全に着崩してだらしなく、そして淫らな格好をした金髪の少女が挙手をして尋ねる。
この少女の名前は、イヴマリー・ヴァイオレットガーデン。妖霊族で七種族学院の二年生であり、当然のことながら軽い口調に反して魔導士としての実力に優れているうえに、戦姫として認定されている。
「公正中立を謳うならよくはないだろうな、わたしは本来中立であるべき立場だ。だが、この場に集まっているみんなは事の良し悪しはともかくなぜそうする必要があるかは理解できると思うがね」
フューゼシカに対して誰も反論する者はいなかった。
七種族学院はただの学院ではなく、一般には公にされていない秘密がある。それは種族の垣根を越えて、とある思想を共有することで来るべき災厄の日に備えるということだ。
いまフューゼシカが集めた面々は、それぞれが大なり小なり、フューゼシカの思想に賛同した者たちなのだ。
とはいえ、各種族がどの程度のフューゼシカの思惑に乗り気なのか、各種族にいる賛同者たちの中に裏切者がいないのかなど懸念は多く、決して一枚岩とは言えず組織として致命的な問題を抱えている。
「それでは人族の処遇についてなにか意見がある人はいるかね?」
「どう処遇すべきって、べつにどうでもいいんじゃないの? 居たところで役に立たないんだから放っておけばいいじゃん」
イヴマリーの意見はこの集いの理念に反するが、しかしどこまでが本音かフューゼシカには掴みかねた。彼女が口調通りの軽い頭をしているわけでないことを知っているからだ。
「いたところで役に立たないのであれば不満の捌け口として利用すればいいだけのことでしょう。そうすれば各種族が公平に魔族との戦争の負担を担う構図になります」
イブマリーとは異なる意見を述べたのは、制服をきちんと着こなして硬い表情を崩さず生真面目な少女だ。彼女の名はソフィア・アークフィールドといい、幻想族の二年生だ。
やれやれ、こちらは表情と同じく意見まで堅苦しいようだね。
そういう利用方法があるのはフューゼシカも知っているが、現時点ではそれを選択するべきでないと考えていた。
「おやおや、不満の捌け口というのは平たく言ってしまえば人以下の存在として扱うということだろう。キミもキミの種族もそうすることの危険をきちんと考える頭はないのかね?」
「公平であるならなにも問題はないはずです」
一見した限りでは、正しいことは正義という考えを本気で信じている者の言葉に聞こえた。しかし、
「歴史は繰り返されるものだということを知らないのかね? 歴史の一大転機には必ず八人の優れた魔導士が現れる。キミたちもご存じのように必ず各種族から一人ずつ使徒が選ばれ、さらには勇者だとか悪魔王だとか呼ばれるよくわからない使徒も一人出る。わたしは少なくとも今年の新入生を含めて、それが全員この学院に揃ったと考えているのだがね」
「なるほど、その噂とやらを信じると人族も必要ということですか」
「キミの種族は聡明だからすでに知っていたと思うのだがね」
「さあ、どうでしょう。わたしは特に上から指示を受けているわけではないので」
ソフィアの種族である幻想族は、世界創成期の資料が残された図書館が存在するというもっぱらの噂だ。フューゼシカですら知らぬ知識を知っている可能性は大いにあった、そしてそれをソフィアが知っている可能性すらも。
「そんなことよりさ学院長、わたしの見立てじゃいまの二三年生の人族にやばいやつはいないわ。学院長の話が本当なら今年の一年生の人族に使徒がいてもおかしくないけど、実際のところはどうなのよ?」
まだ会議が始まったばかりだが、イブマリーはもう会議が飽きたかのように頬杖を突いている。
「さあ、わからん。じつをいうと確信を得ているのはわたしじゃないんだ」
フューゼシカが顔を向けたのは寡黙なまま座っているアストレアだ。
「あら、なら教えてもらおうかしらアストレア。あなたが今年の一年生の中に使徒がいるかどうか知っているの?」
「それなら間違いない。今年の一年の人族には規格外が一人いる」
フューゼシカがこの会議を催したきっかけはアストレアから報告があったからだ。
曰く今年の一年生の人族に規格外がいる。詳しくは言えない、言うつもりもない。
同じ組織に所属しているというのに、協力や連帯感の欠片もない対応だがどの種族も似たり寄ったりだ。生徒会室には他に四人の学院生がいたが傍観を決め込んでいるのかまだ誰も口を開こうとはしなかった。
まあ、腹の内を隠しているのはフューゼシカも同じなのだが。
「ほう、それは噂に聞くスカーレット嬢のことかね。彼女も確かに優れてはいるが、そこまでの傑物だと思えないが」
「わたしが言ったところで誰も信じないだろうから名前は教えない。その人物が誰なのか気になるのであれば一学年のクラス代表試合を観ればいい」
それを聞いて、何人かがざわつきだす。ある者は不敵な笑みを浮かべ、ある者は不快そうに唇を固く結ぶ。纏まりなどはないが、アストレアを覗く全員に知りたいことができたのは確かなことだ。
「ふふっ、どうやらみんな人族の一年生に興味が湧いてきたようだな。せっかくだから明日はわたしが派手に演出してやろうじゃないか」
陽気なことを口にしながら、フューゼシカは裏で思案する。
やはりあの少年がアストレアの言う例外だろうな。なら、価値を見せつけたうえでわたしがどうとでも処分できるようにしておくか。
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