第7話 プライドと趣味

 講堂での入学式を終えて教室に戻る。

 俺とアリスは同じ教室で、席は隣り合わせだった。偶然ではなく、もしかしたら学院で人族が孤立しないように配慮された結果なのかもしれない。

 さてあとは人族が侮られないために俺が学院最強になる計画についてだが、計画を遂行するに当たってどうしても外せない要素が二つある。

 一つ目は煩悩魔法のアドバイザーだ。俺の切り札である煩悩魔法は、正直俺自身があまり使い方を理解できていないため、何ができて何ができないかを判断しかねている部分が多い。詳しい取扱説明書なんてものはないため、できれば魔導に秀でた人物に相談したいが、俺が使徒であることを悟られる危険があるため、相当信頼できる人でなければ難しく現状該当する人物は目星がまったくついていない。

 二つ目は実戦的な魔法戦闘の稽古をつけてくれる相手だ。これはできればアリスじゃなくて、俺よりずっと高みにいる異種族であることが望ましい。他種族は理不尽さを常に体験できる環境に身を置いたほうが確実に成長できるからだ。今後のことを考えるとどうにかして第二魔法起源に至っていまより格段に強くなっておきたい。

 必要な要素を二つピックアップできたから、あとはどうやって適切な人材を探し出すかだよな。

 俺が思案顔で頬杖をついていると、隣の席に座るアリスが教室の前のドアを見て驚きの声を上げる。


「あ、あいつは……」


 その視線の先には、上品かつ優雅な所作で教室の前のドアから入ってくる、まるで汚れを祓うかのように神々しさまで兼ね備えた美しい銀髪に特徴的な長い耳をした美少女の姿があった。その後ろには少年と少女が付き人のようについて回っている。


「友達なのか?」

「まさか、あの子はそんな御大層なものじゃないわよ。エルフ族がリーガル王国に派遣した使節団の中にいて、何度か顔を合わせたことがあるだけ。お嬢様ぶっているけど、あいつは本性を隠しているわ」


 そんなアリスの台詞が聞こえたのか、銀髪エルフの少女の耳がぴくんと震え、そのままお供を連れてシモノたちのもとに向かって歩いてきた。


「あら、どなたかと思ったらアリス・スカーレットさんではありませんか? ごきげんよう」

「はんっ、ずいぶんとわざとらしい物言いねファナ・レーム」


 レーム? と引っかかりを覚えた俺に向き直り、ファナさんが優雅な仕草で胸に手を当てる。


「レーム連合王国が第七王女、ファナ・レームと申します。以後お見知りおきを」


 なっ!? 王女だってっ!? アリス、いったい誰に不遜な物言いをしたのかわかっているのかっ!? 

 エルフ族は小規模な複数の国家群からなり、それぞれの国家群が君主として崇めるのがレーム王族だ。レーム王族は魔法に優れたエルフ族の中でも一際魔法に優れ、魔導士としての実力を以て乱立する国家群を纏め上げたという英雄譚は、シモノでも知っているほど有名な逸話だ。


「ご丁寧にありがとうございます、シモノ・セカイと言います。高名なレーム王族の方にお会いできて光栄です」


 とりあえず敵を作らないように俺は頭を下げることにした。学院では身分や立場を問われないとはいえ、その建前がどこまで通じるかは不明だからだ。


「お、おいアリス、相手は王族だぞ。お前、非礼を謝っておいたほうが……」

「大丈夫よ。この女は面の皮が厚いから多少の罵詈雑言なんて気にしないわ」

「罵詈雑言ではなく、未開の猿の言葉だから気にならないだけですわ。そのようなことよりあなたがこの学院に入学できたなんて意外ですね。てっきりまたわたくしに負けるのが怖くて入学しないものだとばかり思っておりましたわ」

「いつまで過去の栄光に縋っているのかわからないけど、あたしが入学したのはあなたに人を見る目がないことの証明になったということでしょう。あんたには人を見る目がないんだからとっとと森に帰って葉っぱでも齧っていたらどう?」


 い、言いすぎだろっ!? アリス、ちょっと強気過ぎないかっ!?


「貴様、ファナ様になんて口の利き方をっ!?」

「分を弁えろ、下等な人族がっ!?」


 俺が危惧した通り、ファナさんの後ろに控えていた二人が声を荒らげてアリスに迫ろうとする。この人たちの立ち振る舞いから察するに、ただの学院生ではなく、ファナさんの護衛を兼ねているはずだ。

 おいおい、この場で決闘になんてなったら洒落にならねえぞ。お願いだから勘弁してくれよ。


「およしなさいマイア、ニース。アリスさんの言葉を真面目に取り合う必要なんてありませんわ。わたしたちとエルフ族とでは根本的に考え方が違いすぎてわかり合うことができませんもの」

「ふんっ、よくわかっているじゃないの」

「ええ、当然ですわ。人族が恥を恥とも思わず七種族最弱の地位に甘んじていることはよくわかっておりますわ。ですから全く強くないのにそのような胸を張っていられますのね」

「あんた、あたしに喧嘩を売っているの?」

「まさか喧嘩など野蛮なことはわたくし致しませんの。ですが、アリスさんとどちらが上か力比べすることはやぶさかではありませんわ」


 げっ、これはまずい流れだっ!?


「例年入学してから二週間後に、クラス間での代表同士が魔を競い合うそうです。アリスさんさえよければそのときお互いにクラス代表に力比べをするのはどうでしょうか?」

「なんであたしがあんたとそんなことをしなくちゃならないのよ?」

「もしかしてわたしに負けるのがこわいのでしょうか? でも、弱い人族ですから負けたところで誰も気にしないと思いましてよ」

「……いいじゃないの。その弱い人族からあんたに敗北を届けてあげるわ」


 なっ!? 入学初日で強い相手から喧嘩を買うのかっ!?


「ちょ、ちょっと待てアリスっ!? と、取り消せっ!? どう見ても相手は実力者だろうがっ!?」

「いやよ、ここで退いたら侮られるじゃないの」


 ぐっ!? それは本当にその通りだ。だが、負けても侮られるんだけどそのことは計算に入っている気がしないんだがっ!?


「では成立ということですね。わたくしはクラス代表に立候補致しますので、あなたもクラス代表に立候補なさってください。このクラスに、わたくしたちの決闘の邪魔をする方などいらっしゃいませんわよね?」


 笑顔の裏で睨みを利かせたファナさんは踵を返してアリスのもとを離れていく。

 いつかは人族が侮られないように実力を発揮する必要があるとはいえ、二週間後は急過ぎる。できれば俺もアリスと同じく第二魔法起源に至ってから戦いたかったんだけど。


「おい、なんであんな約束してもらっていいか?」

「あいつがあたしに目をつけて以上、どうせ断ったところで戦いは避けられないわ。なら派手に買ってあげただけのことよ」

「ファナさんとはなにがあったんだ?」

「……さあ、知らないわ。子供の頃からファナが一方的に絡んでくるだけよ」


 若干間があったし、なによりアリスの目が泳いでいた。

 嘘を吐いてでも、俺には言いたくないってところか。まあもう戦う流れになっているんだし、理由を聞いたところで意味がないか。


「ほら、席につけ」


 教員用の制服を纏う、緑色の髪をした女性が教壇に立った。


「これからお前たちのクラスを担当することになる、ミーテシア・ヴィンチです。あなたたちにはこれから一年間、わたしの管理のもとで勉学に励んでもらうことになります。わたしは弱い種族が嫌いですから、人族とか人族とか人族とか、もうどうしようもないあの軟弱な種族だけはなるべく早く退学になる方針で頑張りたいと思います」

 げえええええっ!? 担任からして人族を潰しにきてるじゃねえかっ!?

「まあ、そんなことをしたらわたしがクビになるから絶対にしません。あなたたちも種族間差別を行えば容赦なく退学になりますから絶対にしないでくださいね」


 げっ!? 冗談かよ、心臓に悪いからそういうのはよしてくれっ!?

 しかし、掴みとしては人族以外には上々だったようでクラス中が笑いで溢れ、一気に和やかな雰囲気になる。


「念のためですが、学院内においては一切の私闘は禁止されています。どうしても白黒つけたいことがあれば学院内での課題を利用するようにしてください。たとえば二週間後に、学内でのクラス代表試合があります。男女各一名ずつを選抜して他クラスの学院生と皆が見ている中で戦ってもらうものです。DクラスはCクラスの代表と戦うことになるんだが、誰か希望する者がいたらわたしのところに来てくださいね」


 この内容から察するに、クラス代表試合は毎年行われている恒例行事みたいなものだろう。担任から説明される前に、ファナさんが知っていてもなにも問題がある。

 問題があるとすれば、と俺はアリスに目を向ける。


「どうかしたのシモノ?」


 なんてことないように言っているが、アリスは重大な事実を見落としている。

 エルフの王族からいきなり喧嘩を吹っかけられるなんて、いったいなにしたんだよお前っ!?

 この時点で俺はファナさんがアリスを潰すためにこのクラスを訪れていたと確信していた。だってそうじゃなきゃ恒例行事でアリスと戦う意図が説明できないからな。

 そんな俺の落胆ぶりにかまわず、初ホームルームは順調に進んでいった。


「それではなにか質問がある方はいらっしゃいますか?」

 担任先生への質問もひと段落し、無事にホームルームが終了したとき、俺は初めてヴィンチ先生に名を呼ばれることになった。

「それと、シモノ・セカイ君、学院長からあなたに話があるそうです。ホームルームが終わり次第学院長室に向かってください」

 なん……だとっ!? 俺もなにかしたっていうのかっ!?


 問題を起こすのはアリスだけだと考えていた俺は思わず天を仰いだ。










「入ってかまわないぞ」


 コンコンとノックをしたら、ドアの向こうから声が聞こえたので俺はドアを開けて中に入る。学院長室の中には、学院長のほかに新入生総代を務めたアストレアさんの姿もあった。


「取り込み中でしたら、時間をあらためますが」

「いや、アストレアもキミに興味があったそうだからちょうどいいだろう」

「俺に興味ですか?」

「まあそこの椅子にかけたまえ。じつはキミを呼び出したのは訊きたいことがあったからなんだ」


 正直この学院に来てから、俺はまだなにもしてない。だから学院長が関心を寄せているのであればそれがなにかぐらいは察しがつく。


「特に不満がないようなら早速訊かせてもらおうか。シモノ・セカイ君、キミはいったい何者だね?」

「……どういう意味でしょうか?」

「王立魔導士学院に在学中にアリス・スカーレットがキミに敗れたことが気になってね、キミのことは調べさせてもらった。単刀直入に言わせてもらおう、キミはこの世界に存在しない魔法を使えるのではないかね?」

「わたしもそのことが気になる。学院長からあなたの話を聞いて興味を以ってあなたを「視」ているのだけれど、あなたは最弱の人族にあるまじき魔力を持っている。わたしが知る限り最強ではないかと疑うほど」


 俺のことを「視」ている? アストレアさんは魔眼かなにかの持ち主ってことか?

 アストレアさんにどれだけ俺の能力が発覚してしまっているかは不明だが、俺が学院最強になるには、なるべく自分の手札は隠し通したほうがいい。自分ができることを相手に教えないことが戦いを有利に運ぶことに繋がるからだ。なので俺は手の内を伏せることにした。


「魔力はともかく、魔法に関してはなんのことかわかりかねますね」

「キミが魔導学院時代に決闘で披露したその……特異な戦い方だが、それがなにかしらの強力な魔法を発現するためのトリガーではないかとわたしは考えている」


 えっ!? もうそこまで発覚しているのかっ!?


「というのもキミの決闘中の発言を調査したところ、キミは真剣になにかしらの使命を果たすために戦ったと考えられる節があるからだ。違うかね?」


 そういえば勝つことに必死で色々と口にしたんだったな。一応真面目に戦っていたけど、なかなか際どい台詞もあった気がするぞ。

というか煩悩魔法のせいでなにを言っても際もの扱いされる気がするんだが。あれ、それってこの学院でも当てはまるんじゃないか。

 俺は「俺がこの魔法学院で最強になる男だ!」と宣言して、ライバルキャラの衣服を裸にひん剥く構図を想像する。

 うーん、どう考えても格好よくはないよな。むしろただの変態にしか見えない。

 やはり暫くは牙を隠して雌伏の時を過ごすべきだろうな。

 というわけで俺は学院長からの質問に愛想笑いを浮かべてこう答える。


「そんな大した使命なんて俺が持っているわけがないでしょう。あんなのはその場のノリで言ったはったりですよ」


 その後も学院長が疑惑を検証するために追求してくるが、俺は徹底して嘘を吐き続けた。多少は白々しい印象を与えただろうが、いまここで俺の魔法の正体を知られるわけにはいかないという勘に従うことにしたのだ。

 俺が誤魔化し続けたことに業を煮やした学院長が核心を突いてくる。


「ではキミは、アリス・スカーレットを水責めにしたり裸にて言葉責めにしたのはいったいなんのためだというつもりだ? 他にも『俺はいま全力でお前を視姦している……ッ!』などと声を大にして言っていたそうだが」

「うっ、そ、それは……」


 返答次第では俺の楽しい学院生活は入学初日で終わることになるだろう。さすがに学院長がここでの会話を外部に漏洩するとは思わないが、この場には俺と同じ一年生であるアストレアもいるからだ。

 落ち着け、落ち着け。俺はここで本当のことを言うわけにはいかないんだぞ。

 もし俺がここで手の内を明かせば俺の魔法を暴かれることに繋がりかねない。そんなことになれば俺はこの魔法学院で最強になるという目的を果たせなくなり、そのことが世界の滅亡に発展しかねないからだ。

 だからこそ、俺は嘘を貫き通さなくちゃならない。男にはたとえ負けるとわかっていても戦わなければならないときがあるんだ。だからクズ認定されるとわかっていても嘘を吐かなきゃならない。

 俺は学院長の目を見据えて声を大にして言ってやる。


「趣味です!」


 この直後、学院長が俺に汚物を見るような目を向けていたことは言うまでもない。

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