6.父上を懐柔する

 ロヴィーサ嬢と僕との仲を進展させるには、どうしても話を通しておかなければならない相手がいた。

 夕食のときに、我が家はできる限り家族が揃って食事をとる。

 僕のお皿に乗るものだけがモンスター由来のものなのだが、それをエリアス兄上もエルランド兄上も気にしてはいない。


 父上は晩餐会に招かれることも多かったが、晩餐会の前に我が家で食事をしていく。

 他の場所での食事は毒殺を警戒して、できる限り取らないようにしているのだ。


 父上に話をする前に、僕はエリアス兄上とエルランド兄上にお願いしておいた。


「ロヴィーサ嬢のことを父上にお話ししようと思っています。ロヴィーサ嬢がモンスターを納品してくださること、僕がロヴィーサ嬢と婚約したいと思っていることを」

「エドの気持ちは変わらないんだね」

「僕が魔族だということは僕だけの問題ではありません。将来生まれて来る子どもも、魔族かもしれないということです」

「そうなるとロヴィーサ嬢と結婚すれば、モンスターの血肉を容易に手に入れられるということか」


 ロヴィーサ嬢は鬼の力の指輪を使ってモンスターと戦っているが、それだけではない。腕力がいくらあっても、身のこなしや、モンスターを仕留める技術、度胸がなければモンスターとは対峙できない。

 それに、ロヴィーサ嬢はモンスターの肉だけではなく、モンスターの魔力に晒された常人には毒となるが、僕には栄養になる魔力のある果物や、モンスターのミルクや卵も持って来てくださるのだ。


 細かな配慮に支えられて僕は健康を保てていた。


「父上には、ロヴィーサ嬢のことを話します。それに、高等学校に行きたいということも話します」

「体調は平気なのか?」

「エドが高等学校で倒れてしまわないか?」

「エリアス兄上、エルランド兄上、僕は最近とても体調がいいのです。お弁当にモンスターの肉を持って行けば、平気だと思います」


 先に兄上たちに話を通しておいて、夕食のときに父上に話をすることになった。

 エリアス兄上もエルランド兄上も、僕の味方だ。


「父上、僕は最近とても体調がいいのです。それは、ロヴィーサ・ミエト様のおかげなのです」

「ミエトというと、侯爵家の娘か?」

「そうです。ヒルダ姉上が契約を結んでいたのですが、この度、エリアス兄上とエルランド兄上にお願いして、僕も契約を結ばせていただきました。鬼の力の指輪というものを持っていて、それでモンスターを退治しているのです」


 僕が説明すると、父上は興味深そうにその話を聞いてくれた。


「侯爵家の令嬢がモンスター退治とは珍しい。ミエト侯爵家は所領を失っているから、そうでもしないと稼げないのか」

「そのようです。僕はロヴィーサ嬢にミエト侯爵家の所領を取り返す手助けをする約束をしました。その暁には、僕はミエト侯爵家に婿入りしたいのです!」


 「ごふっ!」と父上が飲んでいた紅茶を吹いた気がした。

 十二歳の僕から婿入りなどという話が出れば、そうもなるだろう。


「エド、落ち着きなさい。ミエト侯爵のところへ臣籍降下したいというのは分かったが、それは簡単なことではない」

「分かっております。父上、僕は魔族として生まれたことを後悔したくないのです」


 魔族として生まれた僕には、子どもも魔族かもしれないという可能性が付きまとう。僕の結婚相手は魔族を産むかもしれない。魔族の子どもにはモンスターの肉が必要で、それを与えなければ僕のように弱ってしまって、挙句には死んでしまう。


「エド、そなたが魔族として生まれたことで母を死なせてしまったのではないかと悩む日がいつか来るのではないかと恐れていた。だが、そなたはその先を見据えていたのだな。ミエト侯爵の所領、エリアス、エルランド、取り返せそうか?」

「怪しい輩は見つけました」

「まだ動いてはおりませんが、これから調べに入ります」


 エリアス兄上とエルランド兄上に視線を向けた父上に、兄上たちは深く頷く。

 フォークとナイフを置いて、父上は僕の方をじっと見つめた。


「本当に肌艶がよくなって。寝込んでいたエドの姿とは見違えるようだ」

「ロヴィーサ嬢のおかげなのです。ロヴィーサ嬢はモンスターを退治して納品するだけでなく、モンスターの卵やミルク、魔力に晒された果物も持って来てくださいます。とても心遣いの細やかな方なのです」


 ロヴィーサ嬢がどれだけ素晴らしい方なのかを語らせれば、僕はどれだけでも語れる気がしていた。

 僕の身体を心配してくれて、魔力のこもった色んな食材を集めて来て下さる。その手間は大変なものだろう。


「ロヴィーサ・ミエト嬢……確か十八歳と聞いていたな。エドより少し年上だが、エドはヒルダのことが大好きで、年上の女性が好きなのだろう。婚約の件、考えておこう」


 父上が考えておいてくれるというのは、ミエト侯爵が所領を取り戻したら婚約を叶えると約束してくれたも同然だった。

 喜びに頬が緩む僕は、続いて父上にお願いをする。


「高等学校に通いたいのです。少し入学は遅れましたが、まだ間に合うと思います」

「エド、それは危険ではないか?」

「ロヴィーサ嬢の食材で作ったお弁当を持って行けば平気です。お腹が空いたら食べられるようにポーチの中に干し肉なども入れておきます」


 授業の合間にモンスターの干し肉を齧るのはお行儀が悪いかもしれないが、僕はモンスターの血肉を摂取しなければ体調を崩してしまうので仕方がない。

 特に成長期の今は、モンスターの血肉から得られる魔力が僕には必須だった。


「エドはずっと高等学校に行きたがっていました。同年代の貴族の中で勉強することも大事だと思います」

「エドの成長のためにもお願いします」


 エリアス兄上も、エルランド兄上も僕の味方である。


「そこまで言うのであれば、高等学校の入学手続きをさせよう。決して無理をしてはならぬ。少しでも体調が悪ければ休むのだよ」

「はい、父上!」


 父上も結局僕に甘いのだ。

 末っ子の僕はヒルダ姉上にもエリアス兄上にもエルランド兄上にも父上にも愛されている。生後すぐに母上が亡くなって、母上を知らないままに育った僕に家族は優しい。


「最初の数日は爺やを連れていけ。エドは体が弱いからと周囲には納得させろ」

「えぇ!? 爺やをですか!?」

「初めての場所で倒れては困る。エド、父はエドを心配しておるのだ」


 父上の過保護は今日に始まったことではないけれど、僕は高等学校に爺やを連れて行くことになってしまった。

 これはもう仕方がないだろう。


「爺や、よろしくね」

「殿下をお支え致します」


 後ろに控えて僕の給仕をしてくれている爺やに言えば、胸に手を当てて一礼する。

 僕の食材の中には常人にとっては毒となるものもあるから、爺やが責任をもって保管しておかなければいけないということもあるのだろう。

 僕は爺やが高等学校に同行することを承知した。


 貴族や王族だけが集められた特別な高等学校に僕が通うようになる頃には、ロヴィーサ嬢にも変化が起きていた。


「エドヴァルド殿下の取り計らいで、研究課程に進めることになりました」


 モンスターの肉や卵やミルクを納品に来てくれたロヴィーサ嬢が報告してくださる。着ているドレスも、華美ではないが前よりは上質なものになっている気がする。


「僕ではありません。エリアス兄上と、エルランド兄上です」

「エリアス殿下とエルランド殿下に働きかけてくださったのは、エドヴァルド殿下でしょう?」


 ロヴィーサ嬢はきちんと僕の働きを評価してくれていた。


 今回のモンスターの肉はブラックベア―だった。黒い毛皮の巨大な熊で、人間や家畜を襲うので害獣として駆除されている。


「僕は高等学校に入学できるようになりました」

「もう倒れたりされないのですね?」

「ロヴィーサ嬢のおかげです」


 お礼を言えばロヴィーサ嬢が恐縮して頭を下げている。


「わたくしは、対価をもらってモンスターを仕留めているだけです」

「鬼の力の指輪はどこで手に入れたのですか?」

「母が亡くなる前に、わたくしに譲ってくださいました」

「鬼の力の指輪を使えば、僕も怪力になりますか?」

「いいえ、エドヴァルド殿下」


 僕の問いかけにロヴィーサ嬢はゆるゆると首を振る。

 左手の中指についている魔法の模様の描かれた指輪は、ロヴィーサ嬢の指から抜けそうになかった。


「これは代々我が家に引き継がれて来たもの。ミエト家の血を引く女性の当主にしか使えない魔法がかかっております」


 基本的に魔法のかかったアイテムは、魔族の国で作られて輸出されている。

 僕の母上の故郷から輸出された鬼の力の指輪は、ミエト家のために作られていて、ミエト家の血を引く女性の当主にしか使えないとロヴィーサ嬢は言っている。


「ということは、ロヴィーサ嬢の母上がミエト家の当主だったわけですね」

「そうです。我が家は代々一番最初に生まれた女性が当主になることが決まっております」


 ミエト家の当主がロヴィーサ嬢のお母上だったのならば、話は通る。

 当主でなかったお父上が、当主だったお母上の亡くなったときに、借金があったかどうか分からずに騙されてしまったのも、あり得ない話ではない。

 亡くなった当主の醜聞を広められたくなければ借金を即座に返せと脅されたというのも、理解できる。


「ロヴィーサ嬢、所領を取り戻しましょう!」


 その暁には僕はロヴィーサ嬢と婚約を。

 僕の言葉にロヴィーサ嬢が怪訝な顔をする。


「どうしてわたくしと婚約をなさりたいのですか? わたくしの退治するモンスターが必要ならばずっと納め続けますよ。それを命じられるだけの権力がエドヴァルド様にはおありではありませんか」


 その問いかけに、僕ははっきりと答えた。


「ロヴィーサ嬢が好きなのです」

「え!?」

「ワイバーンを投げ飛ばす逞しい姿に一目惚れしました。ロヴィーサ嬢を僕は愛しています!」


 僕の告白に、ロヴィーサ嬢は驚いた顔のままだった。

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