第32話 美少女たちとの遊園地①

「私、お腹空いたかも」


 泡羽がもらした一言で、プールから上がり、レストランへと行くことになった。

 時間を確認すれば、13時近く。

 ウォータースライダーとかも全部制覇したし、気づけばお腹も鳴りそうな勢いだ。


「やっぱり私服に戻ったら落ち着くわね」

「アイナ、恥ずかしそうにしてたもんね」

「だっ、だって……!」


 レストランへ向かう途中、音海にからかわれた綾瀬が途端に顔を真っ赤にする。

 特に恥ずかしそうにしていたのはウォータースライダーのときだ。ちょうど定員が2〜3人のスライダーで、グッパで分かれたら俺と綾瀬が一緒になった。向かい合う形で滑るようになっていたせいか、その間ずっと顔を赤らめていた。

 本人曰く水着になるのは恥ずかしいらしい


 園内で空いているレストランは、今のところオムライス専門店しかなくて、とりあえずそこに入ることになった。

 全員中に通してもらい、注文をする。

 音海、綾瀬、香月の順に注文が終わり、泡羽が口を開く。


「私、オムライスで、デミグラスソースとトマトクリームソース」


 店員さんがキョトン、とした顔で泡羽の顔を見た。


「デミグラスソースと、トマトクリームソースですか……?」

「はい。2つお願いします」


 全員注文が終わったあとだ。

 だから他の人のをまとめて注文するというのはありえない。

 となれば……


 メンバーの顔を見るけど、誰も驚いた様子はない。

 店員さんははぁ、と呟くと、すぐに厨房へ戻っていった。


「ふふっ、店員さんびっくりしてたね」

「そうかな」

「そうだよ。だってそんなに食べるんだもん」

「しかも1番小さいから余計に意外よね」


 泡羽の身長は、推定150cmといったところだ。

 ラブアートのメンバーの中で1番小さいし、とてもじゃないけど大食いするようには見えない。

 清楚of清楚だし。


「だってお腹空いたんだもん」

「お腹空いてもそんなに食べらんないって、ほんと食べたご飯ってどこに消えるんだろ……羨ましい……」


 音海が頭を抱える。


「食べても太らない人と太る人の違いは腸内細菌の違いによるものだと聞いたことがありますね。風花はいい菌を持っているのかもしれないです。羨ましいです」

「そ、それは、羨ましいかもしれないけど……なんかこう、現実味が……」


 香月の言葉に、音海が苦笑いする。

 たしかに妙に現実味があるせいで、微妙に羨ましくない……というか、なんというか……


 お腹が空いていたせいか、すぐに全員食べ終わって、次は遊園地で遊ぶことになった。

 ちなみに、1番早く食べ終わったのは泡羽だ。2人前を、大きく口を開けて次々と食べていった。


「夏休みだからか、いつもより人多くなってきてるね」

「たしかに……」


 朝よりも確実に人が増えている。

 

「ジェットコースター45分待ちかぁ。他の遊園地に比べたらマシだけど、ちょっと長いよね」

「そうだなぁ」


 もうちょっと短い時間で乗れるのはないかと思って気づいた。


「あ、あれとか……」

「あれって?」

「あの、その……」

「まさか春野くん、お化け屋敷のこと……?」


 ちょうど俺たちの立っている右にある建物――お化け屋敷の前の看板は、待ち時間なし、を示している。

 咄嗟に口をついてでたが、さすがに女子をお化け屋敷に誘うのは駄目だよな……


「んー、待ち時間ないし、入っちゃう?」

「えっ、小夏ちゃんマジで言ってるの!?」

「うん。だってほら……」


 音海が綾瀬の横で何か囁いた。


「ちっ、ちがっ、私は違うって!」

「まぁまぁまぁ、そういうこともありえるっていうか、中は暗いわけだし必然的に、ね……?」

「そんなんじゃないから! それに私は怖くない! 大丈夫!」

「じゃあいけるじゃん」

「いけるけど……」


 綾瀬は少し拗ねたような顔をした。

 微妙に距離が離れているせいで、囁いていた部分の会話は全く聞こえなかった。だから、なんで綾瀬がそんな顔をしているのかは分からない。


「なんの会話してるんだろ……」

「分かりますけど、なんか腹立つので答えたくありません」


 呟くと、冷たく香月に一蹴される。


「じゃ、中入ろうか」


 フリーパスで楽々入場し、説明を受ける。

 ここでもまた香月と音海と泡羽、俺と綾瀬に分かれることになった。


「では、健闘を祈る」

「怖いからって2人に抱きついちゃダメですからね」

「いや、さすがにそれはしない」


 冷たい香月の対応にもだんだん慣れてきた。

 3人が、中に入っていく。

 俺たちの入るタイミングで、中から音海の甲高い悲鳴が聞こえた。

 ギクッと綾瀬が、あからさまに固まったのが分かった。


「じゃあ、入ろうか」

「う、うん。そうね」


 たしかこの遊園地は、それなりにお化け屋敷が怖いことで有名だったはずだ。

 最初の部屋から薄暗い病室だし……微妙にリアルでわりと怖い。


「あの……って、やっぱやめとく」

「えっ、なに?」

「ほんとになんもないから!」

「そっ、そか……」


 綾瀬がなにか言いかけたが、黙ってしまった。

 また2人で進む。

 怖がらせるためのトラップは至るところにしかけてあり、進めば進むほど怖くなっていった。

 こういうオカルト系は得意な俺でも怖いと思うくらいだから、綾瀬からしたらそうとうだろう。


「ああああああ……」


 最初はキャーッと叫んでいた綾瀬が、だんだん小さく言葉を発するだけになっていた。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫……ひっ……!」

「ほんとに大丈夫?」

「う、うん。大丈夫っていうか、春野くん怖い?」

「うん。まぁまぁ」

「えっと、じゃあさ、手繋ごうか? その方が怖くないよね?」

「いや、別に手繋ぐほどでも……」


 断りかけて気づいた。

 綾瀬の手、めっちゃ震えてる。

 つまり綾瀬は怖いから手を繋ぎたいけど、素直に繋ぐのは大丈夫だと言い張った手前嫌→俺への提案、ということらしい。


「うん。怖いから手繋ごう」


 手を差し出した瞬間。


「ウ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛」


 すごい叫び声と共に、このお化け屋敷のメインの幽霊が目の前に現れた。思わずわっ、と声をもらす。

 綾瀬は隣にペタンと座り込んだ。


「今のはびっくりしたな……」

「…………」

「いやぁ、ほんとビビった」

「…………」

「急だったもんな……って大丈夫? 立てる?」


 黙ったままの綾瀬に手を伸ばす。

 彼女はぎこちない笑みを浮かべた。


「春野くん、どうしよう……腰抜けちゃった」

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