第2話 勇者試験

 シスターとエルマを伴い、俺たちは王城に来ていた。建築技術は俺の生きていた頃とそこまで変わらないと思っていたが、近くで見るとかなり大きい。城本体は四方にそびえる巨大な塔に囲まれている。これだけ大きな塔を四つ建てるだけでもかなりの労力が必要だ。魔法を使ったとしても、魔法使いというのは貴重だ。そう一度に何人も雇えるものではない。

 遠くからでも白亜の城と分かるほどに白さが際立っていたが、近くから見ると白さの理由が分かる。漆喰だ。漆喰自体はそう高級なものでもないし、城に塗るのも珍しくないが、年月が経つにつれ、スラム街で見た教会の様に剥がれ、中の煉瓦が見えてしまい、白と茶色の城になってしまうのが常識だ。

 だが、この城は純白を保っている。建てられて何年たったのかは知らないが、ここまで管理が行き届いているのは大したものだ。

 外観はこのくらいにして、そろそろ中に入ろうかと思っていると、二人の門兵が槍を十字に構え、俺の道を閉ざす。

「なんだ?」

「申し訳ありませんが、ドレスコードがございますので」

 確かに王城ともなれば、それ相応の正装で挑む必要があるか。

「分かった。出直そう」

 俺はその時門兵の口元がニヤリと吊り上がるのを見た。

 エルマはプンプンと怒っていた。

「何よ、スラム街の住人だからって馬鹿にして!」

「そうだな」

 よくよく考えれば、俺たちの格好も酷い。俺は生まれた時にくるまれていたおくるみを腰布にして、熊の毛皮を纏っているだけだし、エルマもボロボロの布をワンピースにしているだけだ。

「シスターのその服は修道服だから問題あるまい?」

 シスターの服は繕った跡の複数ある古いタイプだが、一応修道服だ。流石に教会の服には文句を言えまい。

「シスター。この近くに服屋はあるか?」

「あるとは思うけど、私もこの辺には詳しくないし……」

 シスターはスラム街に住んでいるから、王城の周りに来るのを意図的に避けていたのだろう。

「シスターはここで待っていてくれ。俺とエルマは服を調達して戻ってくる。その前に勇者試験が終わりそうなら時間を稼いでくれ」

「分かったわ」

 正直、一修道女に何かできるとは思えないが、いないよりはいいだろう。宗教というのもは敵に回すと厄介だしな。

「で、どうするの?」

 エルマが俺の後ろについてくる。

「まずは石を探す」

 エルマと俺は石を拾って回った。エルマは俺の《錬成》のことを知っているから納得しているが、はたから見れば、乞食が綺麗な石を拾って売るつもりのようにも見えるだろう。実際、道行く人々は俺たちのことを汚物を見る目で見ていた。

しかも、この周辺は大通りで、しっかりと道が石畳で舗装されている。つまり、あまり石が落ちていない。石畳をわざと割って石を作ることはできるが、おそらく罪に問われる可能性が高い。

そんなわけで俺とエルマは路地裏に回ったりして石を集めていたせいで泥だらけになってしまった。

だが、泥だらけになった甲斐あって、俺たちは両手いっぱいの石を集めていたし、高級そうな服屋も見つけていた。

「よし、路地裏に移動するぞ」

「何で? 見世物にしておひねりをもらえば儲かるよ」

 俺たちは路地裏に向かいながら話し合う。

「俺のようなガキが見知らぬ、それも金を生み出すような魔法を使えるというのはトラブルの元だ。それに、もしかしたら金を錬成するのは違法かもしれん」

 ここまで国を見ていれば疎い俺でも流石に分かる。金や宝石がそこまで出回っていない。おそらく《錬成》の魔法は失伝したか、意図的に禁止されている。失伝しているならばいい。だが、意図的に禁止されていた場合は、俺が大っぴらに使えば牢屋行きだ。

 エルマも流石に牢屋にぶち込まれるのは嫌なのか、それからは大人しくしていた。

 路地裏に行き誰もいないのを確認して、魔法を使う。

「《錬成》」

 両手いっぱいの石ころが金に変わる。

「《加工》」

 両手いっぱいの金が金貨に変わる。

「これだけあれば、嫌な顔もされないだろうし、ぼったくられても大丈夫だな」

 俺達は、既に見つけていた大通りの高級そうな服屋に入る。

「いらっしゃいませ。お客様、本日はどのようなご用件で?」

 俺達が店に入ると、すぐに店員が出て来た。俺達の恰好を見て一瞬蔑むような視線を見せたが、流石プロと言うべきか、俺は腰に下げたズタ袋をひっくり返し、金貨を床にばらまく。

「これで買える、王城に入る事が出来るだけの高級感溢れる服を」

「少々お待ちください」

 店員は金貨の輝きにしばらく目を輝かせた後、奥に引っ込んだ。おそらく店長なり上司なりを呼びに行ったのだろう。

 しばらくすると、でっぷりと太り、立派な髭を蓄えた男が揉み手をしながらこちらへやって来た。確かに服屋の店長名だけあって、上等そうな服を着ている。

「お前が店長か?」

「はい。まずはお客様方の採寸をしたいのですが」

「ああ。だが、一から作っていては時間に間に合わん。出来合いの物をくれ」

「かしこまりました」

 店長は悔しそうに唇を噛み締める。オーダーメイドならば、高級な素材を使ってギリギリまで金を搾り取れるが、出来合いの物となるとそこまで高級なものは使っていまい。

 俺達は採寸をされ、それぞれのサイズに合う上で王城に入るのに申し分ない出来合いの服を見せられた。

 何着かあったが、別に気に食わなければまた買えばいいのだ。今回はいかにも貴族と言うような黒と金をベースにしたスーツを買った。

 エルマは瞳の色と合わせた水色のドレスだ。

「世話になった。釣りは幾等だ?」

 店長は渋々と言った表情でズタ袋と残った金貨を渡してくる。残りは大体三分の一といったところか。

 俺はズタ袋を受け取り、エルマと王城に戻る。先程までは俺達を見る視線がやけに敵意に満ちたものだったが、今はこちらに視線を送るものは一人もいない。

 王城に着くと、シスターが何やら門兵と揉めていた。

「お願いです。もう少しだけ待ってください!」

「駄目だもう門を閉める。お前は薄汚いスラム街へ帰れ!」

 門兵が門を閉めようとするのを、俺は《固定》で止める。

「シスターご苦労だった。さあ、入ろう」

「待て、もう勇者試験の応募は締め切って――ひっ⁉」

 門兵が言い切る前に威圧を込めた視線で黙らせる。エルマとシスターはそれに気づかずに悠々と門をくぐる。

 門を超えた先の庭園は人でごった返していた。我こそは次代の勇者だというものがひしめき合って、お互いに殺気を飛ばしている。

「何かむさ苦しいね」

「圧を感じますね」

「そうだな。ここは習っておくか」

 俺も広範囲に向けて威圧を放つ。エルマとシスターは除外しておいた。いくらお遊び程度に弱めたとはいっても、ここまで共に着いて来てくれた仲間に威圧を飛ばすなど、恩を仇で返す行為だからな。

『――⁉』

 辺りは静まり返った。力なき者は気絶し、心の弱いものは失禁する。だが、流石は勇者になろうという者たちだ。八割は震えながらもその場にとどまっていた。

 その中に一つ、気になる者がいた。こちらを唯一見ているのだ。俺が威圧を飛ばしたことに気が付き、その上で離れるでも、逃げるでも、目を逸らすでもなくじっとこちらを見ている。

「有望そうなのも中にはいるな」

「おい、何があった⁉」

 王城の兵士がやってきて、倒れた者を医務室へ運んでいる。

「勇者試験を受けるものはここに一列に並び、自身の名と推薦者の名をこの書類に書いて提出せよ!」

 偉そうな騎士が出てきて、書類をばら撒く。俺も一枚拾い、念のため《鑑定》する。俺が戦いに明け暮れていた頃は、名を書かせることで発動する類の呪いもあったからな。

 紙に異常はない。普通の紙だ。だが、ペンは渡されない。

 他の者はどうしているのかと思って見ていると、懐からペンを取り出して優雅に署名する者と、悔しそうに唇を噛んでいる者がいる。

 ペンを持っている者の服は仕立てがいいように見える。逆に、唇を噛んでいる者の服は、少しサイズが大きかったり、ほつれや繕いの跡が見える。

 おそらく、貴族には予め書くものを持参するように通達があったのだろう。俺は飛び入りだから、もちろん書くものなんて持っていない。

「こんなところまで貴族優先だなんて……」

 エルマは心底絶望した顔を浮かべていた。

「シスター、何か書くものを持っているか?」

「ごめんなさい。教会にならあるんだけど……」

 まあ、そう都合よくはいかないか。

「どうしようルビア!」

 エルマが自分のことのように心配してくれるのはなんだか微笑ましい。

「案ずるな。この程度、魔法を使うまでもない」

 俺は親指の腹を歯で噛んで血を出し、その血で署名した。

 世の中には、判子ではなく自分の血で拇印を押す血印というものがある。自分が死んでも約束を守ると誓う時などに使うものだ。

 シスターも親指の腹を噛もうとしていたので、慌てて止める。

「俺がシスターの分の名前も書いておくよ。痛いのは嫌だろう?」

「ありがとう。助かるわ」

 俺たちの行動を見ていた平民出身の受験者たちが、それを真似て血で署名し始めた。

 これは第一関門に過ぎない。そして、貴族にとっては関門ですらない。元々ここで落ちるはずだった平民出身の受験者たちが大勢受かってしまうのは、貴族側としても、王族側としても面白くないだろう。とすると、次の手は。

「ではこれより、署名を確認する!」

 兵士たちが一つずつ署名を確認していく。貴族には恭しく、平民には乱暴に。

「この署名はインクではない。よって無効とする!」

 その言葉を聞いたとき、平民出身の受験者のとった行動は二つだ。怒りと、諦め。分かっていたのだ。彼らは、勇者は人族の象徴。それは必ず王侯貴族から選ばれると。

 だが、俺は諦めるつもりはない。

「《加工》」

 兵士が来る前に、血をインクへ加工する。

「お前も見せろ!」

 俺のせいで一枚一枚確認することになったから、怒っているのだろうか。それとも、俺が平民以下のスラム上がりだから平民以下の態度を取っているのだろうか。

 兵士はニヤリといやらしい笑みを浮かべようとして、できなかったのだろう。

「どうした? ちゃんとインクで書いてあるはずだ。回収してくれ」

 俺が手を振ってそう言うと、兵士は苦虫を噛み潰したような顔で戻っていった。


 無事勇者試験の受験者資格を手に入れた俺は、第一試験会場である大きな部屋に通されていた。そこには所狭しと机と椅子が並べられている。

「これより筆記試験を開始する!」

 兵士が高らかに宣言すると、皆が裏側にしていた紙を表にし、筆記用具で文字を書き始めた。

 どうやら、一枚の紙に問題が書かれ、もう一枚の紙に解答を書いてあるらしい。

 当然、使っている筆記用具は署名した時のもので、俺には渡されていない。

 全く、せっかく傷を治したというのに。

 俺は指の腹を噛み、血で署名し、問題の解答を書いていく。そこで一つ問題が起きた。俺の知識は遥か昔のものだ。その頃の人族の知識なら多少は持っているが、流石にこの時代の人族の知識はない。

 一応会場の端には監視員がおり、カンニングはできない。その中には魔法によるカンニング対策として魔法使いも数名紛れ込んでいた。

 まあ、あの程度の魔法使いに俺の魔法が感知されるはずもないがな。

「《隠蔽》《透視》」

 《隠蔽》の魔法の効果で魔法の発動を隠蔽し、《透視》の魔法の効果で人の身体を透視して解答を覗き見る。

 監視員の反応はない。上手く誤魔化せたようだ。それにしても、問題自体も酷いものだ。貴族としての心得や平民との接し方など、貴族が受けることが前提の問題だ。平民を勇者にさせる気がないのがありありと伺える。

 まあ、ここは全員の解答を《透視》して、最も多い解答を書いておくか。

 俺が解答を記載していると、突然監視員が俺の席の前で立ち止まった。

「スペルビア・ダークロード! 貴様を――」

「《隠蔽》《停止》」

 俺の魔法によって、監視員の動きが止まった。俺の魔法をこんな雑魚が見破れるとは思えない。きっと、平民の俺を勇者にしないためにカンニングをでっち上げるつもりだったのだろう。まあ、カンニングしたのは事実だが。

「《隠蔽》《洗脳》」

 一時的な《洗脳》の魔法で、何事もなかったかのように見せかける。監視員を元の場所に戻らせると、他の監視員たちに疑惑の目で見られていたが、まあ、この試験の間さえ持てばそれでいい。

 俺は無事に筆記試験を終えた。結果は張り出されるらしい。ここで監視員側が俺の点数をでっちあげて不合格にしようとするかと思い、《透視》と《遠見》の魔法で監視していたが、どうやら平民で優秀ならば勇者にするべきだと考える監視員もいるようで、そいつの抗議もあって俺の点数も無事改竄されずに張り出された。

「ルビア一位だよ! 凄いよ! スラムでは碌に勉強も教えてもらってないのに!」

 エルマが俺を褒める度、俺以下の点数を取った貴族の連中が苦虫を噛み潰したかのような顔で俺を見る。

 だがそれよりも俺は、二位の者の名前に気を取られていた。

「二位。マッシュ・ブレイブか……」

 その時、俺に近づいてくる影に気づいた。二人前にいるが、真ん中の奥にいるのは俺の威圧に耐え、睨み返してきた奴だ。

「よう、スラム上がり」

「どんな卑怯な手を使った?」

 手前の二人がメンチを切ってくるが、俺は奥の男に興味があった。

「お前、名は何という?」

 俺が名を聞くと、取り巻き二人が喚き立てるが、俺はこいつならば答えるだろという確信があった。

「マッシュ・ブレイブだ」

 やはりか。

「マッシュ様。こんな奴に口を開く必要はありません」

「そうです。我らにお任せください」

 取り巻きに構わず、マッシュは前に出た。

「次は負けん」

 ほう、負けを認めるとは、潔いことだ。

マッシュはそれだけ言うと、踵を返していったが、取り巻き二人は何故か俺の近くに残った。

「あのお方は勇者様の子孫なのだ」

「スラム上がりのお前が近づいていい存在ではない」

 それだけ言うと取り巻き二人はマッシュの後を追った。近づいてきたのは奴の方だったと思うが。

「何あれ、むかつく」

 どうやらあの取り巻き二人はエルマの琴線に触れたらしい。

「あの三人は名のある貴族です。気を付けてください」

 シスターも警戒の色が濃い。

「まあ、気を付けるとしよう」


 第二試験が行われる練兵場に俺たち受験者は集められていた。それぞれ手には剣を一振り渡されている。木剣ではなく、本物の鉄剣だ。

「第二試験を始める。剣を構えよ!」

 監視員の声に合わせて、剣を構える。

「そのまま剣を下すな。剣を下さなかった順に評価する」

 なるほど。勇者となれば長時間戦い続けることも珍しくない。そうなれば、剣を構える時間も長くなる。その為の試験か。

 だが、俺の剣は鉄の剣ではない。タングステンを軸に、鉄がコーティングされている。

 まあ、俺には関係ないがな。

「《固定》」

 魔法で剣をその場に固定する。これで俺が持っていなくても剣はその場から動かない。後は柄を握っているだけでいい。

 最初のうちは皆頑張っていたが、やがて一人、また一人と剣を下ろしていく。

 気付けば俺とマッシュの二人だけになっていた。

 この第二試験は負け抜けだ。そうなると、脱落したものは残っているものの応援をすることになる。

「頑張れ、マッシュ様!」

「スラム上がりなんかに負けるな!」

 マッシュへの応援ばかりで、俺への応援は一切ない。どころか、俺への罵倒まで聞こえてくる。

「ぐっ……くう‼」

 マッシュが剣を下したところで、俺の一位が確定した。

「そこまで!」

 監視員が苦虫を噛み潰したような表情で第二試験の終了を告げる。俺も素早く《固定》を解いた。


 少し休憩して第三試験に入った。第三試験も練兵場で行うらしい。だが、先程とは違う区画なのか、遠くに的が幾つも用意されている。

「第三試験を始める。受験生たちは順番にあの的に向かって最大火力で魔法を放ってもらう。その魔法を我々監視員が評価する」

 魔法試験か。どちらかというと俺の得意分野に近いな。まあ、攻撃魔法は嗜む程度にしか修めていないが。

「《火球》」

 一番最初の受験者が使ったのは《火球》まあ攻撃魔法といえばこれだな。火力は的を焦がす程度。

「《雷撃》」

 ほう《雷撃》の魔法か。《火球》よりはマイナーだし威力も低いが、貫通力と速度には定評がある攻撃魔法だ。的にも小さな穴が開いている。

 そんなこんなで俺に次ぐ実力のマッシュの番になった。

「《火球》」

 他の受験生に比べて中々のサイズの《火球》だ。実際、威力も中々。的の上半分を消し飛ばした。

「おお!」

「流石マッシュ様!」

 取り巻きたちが騒ぎ立てる。

「最後。スペルビア・ダークロード」

 よくよく考えれば、どの試験も俺は最後だったり隅っこだったりしているな。どう見ても冷遇されているな。

 ここで俺が最大火力で魔法を放てば、練兵場が壊れてしまう。それなりの威力にしておくか。

「《火球》」

 俺の《火球》が的に直撃し的が全壊して焼け落ちる。

 周囲を見ると、受験者も監視員も言葉が出ないようだった。ここまではっきりと実力の差を示しておけば、俺が落第になることはないだろう。

「凄いよルビア! 的がボロボロだよ!」

 エルマが抱き着いてくる。貴族が着るような服を着ているので、金属製の装飾が当たって痛い。

「エルマ、軽々しく女が男に抱き着くのは感心しないな」

 エルマは変わらず俺の顔に頬擦りしてくる。

「別に私は気にしないわ。スラムでは皆で一つ屋根の下で寝てたし」

 まあスラムならしょうがないか。俺は別にエルマと男女の関係になりたいわけじゃないし、処女厨でもないし。

 だが、俺とエルマがイチャイチャしていると受験者たちは思ったようで、忌々しそうに睨んできたり、舌打ちをしていたりしていた。

 やれやれ、元々嫌われてはいたが、ますます嫌われたな。


「受験者諸君。これより、最終試験を始める」

 受験者の皆が気を引き締めた。最後の試験だ。これで泣いても笑っても勇者になれるか決まる。

「最終試験の内容は、受験者たちによる模擬戦だ」

 監視員が受験者に一枚の紙を渡す。読んでみると、この決闘……もとい模擬戦での死傷で相手を訴えないという誓約書だ。

 監視員の一人が俺にペンを持ってきた。どうやら、今回は俺にもちゃんと書かせるらしい。まあ、俺を合法的に殺す絶好の機会だからな。

 ペンで署名し、ペンを持ってきた監視員にペンごと渡す。

「では、対戦相手は我々が決める。諸君らには自力で武器を調達してきてもらう。制限時間は一時間。では始め!」

 まあ、受験者は俺以外は貴族だ。武器は武器屋で買えばいい。少しでも俺を不利にしようという監視員たちの考えが透けて見えるな。

「どうするの? また魔法で作る?」

 流石にルビアも驚かなくなってきたな。

「必要ない」

「え?」

「素手で十分だ」


 一時間で魔力を回復させ、模擬戦に臨んだ。

「模擬戦の対戦相手が張り出されてるみたい」

 まあ、俺の対戦相手は想像が付くがな。

「ようスラム上がり」

「お前も運がねえなあ」

 話しかけてくるマッシュの取り巻きを無視して、エルマと一緒にボードを確認しに行く。

「見て、ルビアの相手、マッシュさんだって!」

 まあ、そうだろうな。一位である俺を殺せる可能性が一番高いのは二位のマッシュだ。もし仮にマッシュが負けたとしても、弱った俺ならばあとの受験者で簡単に殺せる。そんなところか。

「では、第一試合。マッシュ・ブレイブ対スペルビア・ダークロード。始め」

 マッシュは立派な鉄剣と鋼の鎧、丸盾を装備していた。俺は練兵場のフィールドに躍り出る。

「おい、あいつ素手だぜ! 防具も付けてねえ‼」

「さっすがスラム上がり! 金がなかったか‼」

 受験者連中は大爆笑だ。

「試合開始!」

 マッシュは俺に武器がない為、接近戦に持ち込もうとするが、俺もそれが不利なのは知っている。

「《浮遊》」

 魔法を発動し、練兵場の石畳を浮かす。

「《射出》」

 石畳を高速でマッシュに向かって打ち出す。マッシュは丸盾で顔を庇うが、高速で無数に打ち出される石畳を、鉄の盾程度では受けきれない。

「やい、卑怯だぞ!」

「正々堂々戦え!」

 受験者達からはブーイングの嵐だが、魔法の使用は禁止されていないし、そもそも俺の間合いは中距離戦だ。

 盾だけではなく、胴や足にも攻撃を加えておく。銅は鎧で守られているが、足は守られていない。足の骨は砕けたな。これで万が一にも近づかれることはない。

「《回復》」

 ほう、マッシュは《回復》の魔法が使えるのか。まあ、お粗末な腕前だがな。それでも足に集中させることで砕けた骨は治ったか。

 マッシュが盾を外し、俺に投げてきた。確かに、それなら反撃しつつ、俺の視野を狭められる。

「《防御》」

 俺は前方に《防御》魔法を張り、盾を防ぐ。加えて、盾の影から近づいてきていたマッシュ本人の剣を真剣白刃取りで受け止める。同時に《浮遊》で浮かせておいた石畳を《射出》でガラ空きの顔面に叩き込む。俺が剣を挟んでいるからこれを避けるには剣を手放すしかない。だが、剣を手放せばもう武器はない。俺の様に素手で戦うことはマッシュには厳しいだろう。詰みだ。

 マッシュは剣を握ったまま大人しく石畳を顔面に受けた。俺が見るに剣を手放す策も思い付いていたように思うが、まあ、どのみち負けるなら潔く負けようという判断かもしれない。

「……勝者、スペルビア・ダークロード」

 監視員が判定を告げる。まあ、俺に勝って欲しくなかったのが丸分かりだが。

「マッシュ様!」

「そ、そんな……」

 取り巻き二人がマッシュを運んでいく。勿論、俺に罵詈雑言を吐くことも忘れない。


 その後の模擬戦は楽勝だった。まあ、一位の俺の次に優秀だった二位のマッシュが負けたんだから、残りはそれ以下の実力に決まってるわな。

 結局、勇者試験は俺の優勝で終わった。翌日に表彰式と勇者としての正式発表をするとのことなので、今日は宿をとることになった。

 王国側が宿代を出してくれるのかと思ったが、そういうサービスはないらしい。それどころか、優勝賞金さえないという。

「国営の大会なのにケチだよね~」

 結局、俺が魔法で作った金貨で宿をとることになった。

「まあ、勇者試験を受けるのはほとんどが貴族だ。金のある連中に渡してもしょうがないんだろう」

 俺はベッドに寝転びながら《探知》の魔法を使う。王城を出た時から視線を感じたが、やはり宿を突き止めようとしていたらしい。

 《防壁》の魔法でこの部屋を囲み、暗殺者に備える。

「すまないなシスター。無理を言って相部屋にしてもらって」

 俺の関係者ということで、シスターも狙われる可能性があるため、二人用のこの部屋を俺、エルマ、シスターの三人で使っていた。

「構わないわよ。教会では沢山の子供たちを預かったこともあったし」

 その日は三人で川の字になって寝た。左側に俺、真ん中にエルマ、右側にシスターだ。

 夜中にちゃんと暗殺者が現れたが、俺の《防壁》の魔法を破れずに帰って行ったので、俺は熟睡し、しっかりと魔力を回復させることができた。

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