第8話 墓多市でもたまには味噌ラーメン(平野鏡side)

 エイジさんと合流して安堵した。

 すると、


 ググゥとお腹が唸りを上げた。


 そういえば、まともに食事をしたのはいつだろう。

 思い出せないぐらいお腹が減っていた。

 結局エイジさんの家でご飯食べられなかったし。


 ということで、エイジさんにご飯を買ってもらった。


 今の私はお尋ね者みたいなものだ。

 外食なんてできないし、お店に行くのも危険だ。

 ということでエイジさんにご飯を買いに行ってもらった。


 どんなものであっても文句を言える訳もない。

 そう思っていたはずなのに、思わず口に出してしまった。


「何故に、ラーメン?」

「嫌いでしたか、味噌ラーメン? やっぱり、とんこつですよねー」

「そういうことじゃなくて、食べづらいと思うんですけど」


 コンビニに行ってきたらしい。


 だったらもっと食べやすいものはたくさんあったはずだ。

 おにぎりとか、お弁当とか。


 なのに、なんでラーメン?

 外でラーメンを食べる人なんているんだろうか。

 はしたなくないんだろうか。


「大丈夫です。ちゃんとお湯がありますから」


 そう言って、エイジさんは水筒を取り出す。


 ラーメンを食べる準備が良すぎる。

 どうやら彼は日常的に外でもラーメンを食べているようだ。


「最近のオススメの食べ方です」


 エイジさんが取り出したのは、ポテトだった。

 袋のまま押し潰す。

 どうやら潰れたポテトを、カップラーメン味噌味にトッピングするらしい。


「お菓子、ですか」


 ラーメンとお菓子との組み合わせ。

 あまりいい物とは思えない。


 もしも親が見ていたら絶句していただろう。


 ポテトの味はじゃがバター味。

 確かに味噌ラーメンとは相性が良さそうなのだが、気分は乗らない。


「少し下品な食べ方かも知れないですけど、美味しいですよ。それとも家ではこういう食べ方は禁止されていますか?」

「そ、そんなことないです! それに、私はもう家を飛び出したんですから!」


 そうだ。

 私はあの家に嫌気がさして飛び出したのだ。

 いつまでもあの家の決まりに縛られていたら、自分が自分になれない。


「あっ、美味しい……」

「本当ですか!? このカップラーメンと、ポテトじゃないとこの味が出せないんですよ! 他の組み合わせだとこの味が出ないので、苦労しました!」


 想像よりも美味しい。

 ジャンクな味で病みつきになりそうだ。

 こういう食べ方もあるのか。

 家だとラーメン自体、身体に悪い食べ物だからと子どもの頃は禁止されていたから新鮮でおいしく感じる。


 お腹が減っていたこともあって、一気に麺を啜ってしまう。

 少し落ち着いたところで、微笑んでいるエイジさんを見てはたと我に返る。

 無言で半分以上食べてしまった。

 恥ずかしい。


「い、生きていたんですね? エイジさん。心配してました」

「ええ、何とか……。彼らも無関係の人間を殺すほど馬鹿じゃなかったみたいですね」

「そう、ですか……」


 そうは思えない。

 あんなに軽く引き金を引くのだ。

 エイジさんだって殺されてもおかしくなかったはずだ。


 こうして生き残れたのは奇跡に近いはずだ。

 それに、仮に無関係の人間は殺されなかったとしても、エイジさんは私と行動を共にしてしまっている。

 それは、関係を持っているということにならないだろうか。


「あの、どうして私を助けてくれるんですか? 私と一緒にいたら――」

「俺がただあなたと一緒にいたい。それだけじゃダメですか?」

「えっ……」


 エイジさんに手を握られる。

 私よりも骨ばった男の人の手だ。

 指先は細くて私よりも温かい。


 いきなり握られて心臓が跳ねた。

 でも、嫌じゃなかった。

 エイジさんにだったらずっと握って欲しいぐらいだった。


 ――と、私は何を考えているんだろう。


 私はこの人を見捨てて逃げ出したのに。

 私は自分を裏切ったパーティリーダーと同じことをしたのに。


「す、すいません。つい手を繋いでしまいました!!」


 罪悪感で押しつぶされそうだったのに、エイジさんは慌てている。

 なんだか深刻に考えている自分が馬鹿らしかった。


「アハハハハッ!!」

「ど、どうされたんですか?」

「す、すいません。ただ、こんな時なのに――」


 なんで私こんなに笑えているんだろう。


 いつ死んでもおかしくなかった。

 そして、仲間だった未玖さんと桐山はもういない。

 遠藤さんだって、もう殺されたかもしれない。

 あの仮面の男によって、私の平穏は終わりを告げた。


「どうして、だろう……。なんで、涙なんて……」


 ずっと張りつめていたものが緩んでしまったのだ。


 泣いている情けない姿を見られたくない。

 私は背を向けようとするが、


「ちょ――」


 正面から抱きしめられた。


 エイジさんの胸板が思っていたよりも厚かった。

 いや、そんなことよりも、


「あ、あの」


 恥ずかしくて逃げようとしても、振りほどけない。

 力が強い。

 私はエイジさんの胸に顔を埋めてしまっている。


「色々あったから泣きたくもなりますよ」


 その優しい声色に、私は抵抗する意思を失う。


「私、エイジさんを置いて逃げてしまいました」

「大丈夫です。俺、こうして生きてますから」

「私、もう一人なんです」

「大丈夫、俺がここにいますよ」

「私、裏切られたんです」

「大丈夫。ここにはあなたを裏切る人なんていませんよ」


 ポツポツと、小粒の雨が降ってきた。

 木陰に行こうと言う提案もなく、ずっと私のことを抱いてくれている。

 それが嬉しくて、私は何の遠慮もなく感情を爆発させた。


「あああああああああああっ!!」


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