第46話 次から次に 8
「金さん!こいつらのこと頼むで!」
時貞たちと談笑していた金太郎の頭上に一輝の声が落ちて来た。
「あん?」金太郎は天井を見上げ「はぁぁ」とため息をついて時貞の顔を見やると
「あの子たちったら、毎年毎年、飽きもせずよくやるわね」
祥子がぼやく、金太郎はよっこらしょと立ち上がって会場に目を向けた。中心部にたむろう男たちを見て金太郎は、
『こんなに広い居間なのに、
と思い
『そんなに互いを愛してんのやな』
と嬉しく思う。
が、それは勘違いというものだ。
「オメェら!いい加減に散らんかい!いつまでもそんな事してねぇで、さっさと食え!さっさと飲まんかい!」
腕を組み仁王立ちで睨んだ。血の気の多い若衆たちは一瞬だけ金太郎に鋭い視線を向けたが、対峙姿勢を崩さない。
「あかんな。金さん、金さん効果は期限切れですわ、効き目なし、金さんはすでにお払い箱やな。可哀想に……」
「おい!平祐、オメェ……殺すぞ……しっかし、ほんまにあかんのか、あの頃の俺はもうおらんのか」
「それってあいつらが、ガキん頃のこと言っとんか、昔はあいつら金さんにびびっとったもんな」
平祐は金太郎の腕に纏わりついて、
「金さん、用済みやな」
と嬉しそうに満面笑みで金太郎を見上げた。
「オメェ、なんや!その顔、なにがそんなにおもろいんや!そのへらへら
「無理やわ、だっておもろいもん〜。金さんはもうただのジジイなんやろな。あかん、おもろすぎる〜」
と腹を抱えて笑い出した。
「ほんまに、ぶっ殺したろかぁ!」
金太郎は平祐の胸ぐらを掴み上げた。充分に歳を重ねてきた平祐は相も変わらず一反もめんのようにふわりとしている。
「あかん、自信喪失や、マジで年貢の納め時……」
平祐をその場に落とし自分の肩も落としてソファにどかっと座って一気にハイボールを飲み干した。
「おい、大介、お前の出番や」
大介は金太郎の丸くなった背中を感慨深気に見つめた。確かにあの頃に比べたら何もかも丸くなっていると実感する。
隣に座る介護施設長の左門寺左京が空になったグラスを見てテーブルにセットされているウイスキーを取って注いだ。
「まぁまぁ、金さん、今夜はやけ酒飲みさくって新年迎えようやな」
「左京はん、あんたええ人やな」
「だから老人相手の施設長なんかしてはんのやろ、適材適所いうやつやん、ていうかそれロックやで」
「平祐お前は黙っとれ!」
大介は仕方なく立ち上がり会場の方へと歩みを寄せた。平祐は大介を目で追って何気に若衆たちにも視線をそそぐ。
顔面を近づけ睨み合う者や互いの胸ぐらを掴んでいる者もいる。
「はぁ……」年の瀬だというのに、いつまでも子供染みた連中の有様を見て呆れてしまう。
「おい!」
大介の低音の声が響く、会場の中心部に集まる男たちは一斉に振り向いた。と思ったら
「これぞ、まさに鶴の一声や、金さんと大違いやで」
平祐はニヤリとする。
一輝が金さんに託してどこかへ行ったという事はわかっているが会場を見渡し哲也の姿がないことを不可解に思っていると目前のドアが開いた。
早速と入室してきたのは明那だった。明那の姿が目に入ると大介は哲也は『迎えに出たのか』と思いカウンターでシェイカーを振る美雨を見て歩み寄って行った。
明那の事を知らない組員たち全員が視線を向ける。艶やかな黒髪にきらきらと光が纏う。美貌と自信に満ち溢れる明那の姿はスポットライトに照らされているような輝きが全身から溢れ出ているようで男たちは皆、釘付けとなった。
「おお、やっときたか、ご苦労さん」
「社長、遅くなってすみません」
男たちは明那のひとつひとつの動作を目で追ってしまう。
「祥子先生、やっぱお着物最高ですね。さも姐御……」
といいかけて、
「私も着物にすればよかったかな」
と微笑んだ。
「ふむ……」
と祥子は耳を傾げ、怪訝な顔して自分を見るものだから慌てて、
「社長、祥子先生、かっこよすぎますよね」
と失言を揉み消すため時貞を巻き込んだ。
「おぉそうだな。祥子ちゃんは着物がよく似合う女だからな」
時貞は膝の上の祥子の手を握りしめた。
「やだわ、貞ちゃんたら、ところで明那、貴女、着物持ってるの?」
「いいえ、一枚も持ってません!いつか祥子先生のお下がりください!」
「気に入ったのあれば持って行きな。とにかく今日はたらふく飲みなさい」
「はい!それでは遠慮なく」
明那はほっと胸を撫で下ろす。祥子を怒らせるとあとが怖い。せっかく自分を買ってくれこのポジションを与えてくれた。その居場所を失いたくない。
すでに正月休みに入っていた明那のスマホに祥子からラインが届いた。
『残務処理の手伝いと美容院の付き添いよろしく』
明那の堂々たる振る舞いや怖いもの知らずの気性気質が祥子の若い頃とよく似ていることから明那への期待度は大きい。
今では外出する際に付き人として同行させたり、懇親会などの幹事を任せたりと
その信頼に応えようと明那は懸命に取り組む、その姿勢は祥子の目に可愛く映る。
既に弁護士事務所の社員たちは先に来ていて食事をしていた。軽く手を振って愛想を振り撒く明那。
よっ子と真由子の姿を探していると不意に金太郎と目があった。金太郎はなにか言いたげに明那を見ている。ソファの後ろから回り込んで金太郎の肩を掴かんで顔を覗き込む。
「金さん、どうした。元気ないやんか」
「おお、明那、ちょっと訊いてくれっか」
「なんでも訊きますぜ。なにかあったの、あっ……ごめん、その前に、飲み物取ってくるわ」
「ええって……おい!龍也!」
自分の好みの料理を皿に盛ろうとしているところに金太郎の声がして龍也は取り皿をテーブルに置いてすぐに金太郎の元に駆けつけた。
「なんすか、金さん」
膝をついて伺いをたてる。
「明那のドリンク取ってきてくれ」
「明那……あっ!ノッポのすか」
明那はもっと他に言いようがあるだろうがと目を細めて龍也を睨む。例えば、美人さんとか、スタイル抜群女とか、憧れられる女性代表とか、美のカリスマとか、そう思いながら余裕ある風の笑顔で龍也を見下ろす。
「笑ってるつもりなのかも知れねえけど、顔面引き攣ってんだよな。ノッポ」
口角を片方だけの吊り上げにやりとりほくそ笑む龍也は肩をつかれて後方にころんと転がった。
「ねぇ、金さん、この子ムカつく」
祥子の護衛に着いてからというもの明那と金太郎は毎日一緒にいたせいか互いに嗜好が似ていることに気づいた。
酒好き、タバコ好き、ピスタチオにポップコーンにKFC、映画にロバートデニーロ、兎に角、
「おい、龍也」
金太郎の声色の変化に龍也は身体を起こし金太郎の目をガン見した。
『金さんの声色が変わったら気をつけろ。普段あんな感じでもトーンが低くなった時はスイッチが入りやすい。それと目だ目が奥まったらやべえ。一旦、オンしちまったら誰も止められねぇからな。兎に角気をつけろ、他の奴は俺でも止められるけど……金さんだけはどうにも手に負えねえ』一輝の教えを思い出した。
「はい!はい!なににされますか、すぐにお持ちいたします」
素早く立ち上がって深く頭を下げた。
「金さん、瓶ビールでいい?最初、付き合ってくれる」
「おお、付き合ってやるで、俺はなんでもええから、龍也、瓶ビールや」
「今すぐもってきます」
龍也は素早く立ち上がりカウンターに素早く向かって走った。
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