第38話  忘新年会 2

 大介の細めた目に亀のように首をひっこめる二人、


「さっさと手を洗って、親父に挨拶しろ!」


「「はい!」」


 二人揃って返事をした。が、勝って知ったる他人の家の陽輔はさっさと靴を脱ぎ、きちんと向きを揃えて右手側の廊下を走って行った。


 先着人の靴はシューズボックスの扉が外され収納されている。


 よっ子はあまりの広い玄関を見て感動が沸き起こってくると同時にあの日の違う世界に入り込んだ感覚、半年前の初出社時の事を思い出した。


 大介は先に目前の大きな扉から奥の部屋に入って行くと哲也は玄関に鍵をかけて微動たりしないよっ子を見下ろしている。


「どうした?よっ子」


「何処かの会館ですか?」


「フッ!」


 哲也は思わず吹き出しそうになって右手で口を覆うと、


「広くて驚いたか」


「はい、私の部屋の玄関の何倍でしょうか、うちの玄関も広くてびっくりしたのに、ここはなんだか家の玄関に思えない。何処かの施設の入り口だわ」


「そうだな。確かに何処かの施設の入り口みたいだ。三分経過したぞ。こっちだ」


「はい」


 よっ子は靴を脱いできちんと揃え、哲也の背後に着いていき洗面所に案内されて中に入るとまた感嘆の息が漏れた。


「はぁぁ、なにこれ」


 ウォッシュルームと呼ぶに相応しい洗面所、高級感あふれる全面鏡の下はキャビネット、写真でしか見たことがない憧れの空間。


「感動するのは構わないが、そろそろみんなの挨拶が終わる頃だ。よっ子も列に並ばないとな」


「はい!感動は後からします」


 素早く手を洗ってトートバッグからハンカチを出して拭きながら哲也の後を追って玄関前の扉の前に立つと哲也が扉を開けてくれて中に入った。


「うわっ……わっ……」


 言葉が出ない。なにを言ったらいいのか、すでに頭の中はこんがらがっている。


 身体の奥から意味不明な渦が沸き起こり頭のてっぺんから吹き出してしまいそうなほど一気に興奮してのぼせてしまった。


 そこは豪華ホテルのパーティ会場のようだ。


 元々その部屋は集会後に幹部たちの憩いの場として使用される応接室で壁には多種の酒瓶やグラスが陳列されBAR仕様となっている。手前のカウンターテーブルにはパーティのための取り皿やグラスが置かれていた。


 天井からはきらきらと輝くシャンデリアが垂れ下がり眩いほどだ。想像していた通り寿司職人が寿司を握っている光景、白衣を着たコック三人が奥の厨房から出入りし料理を並べている。その料理人たちは時貞が経営している店の従業員である。


 美味しそうな香りが漂う。思いっきり匂いを吸い込んだ。よっ子は感動のあまり目眩がしてふらついた。


「大丈夫か」


 哲也の腕に支えられて我に帰る。


「これは夢ですか?ここは何処ですか?哲也さん私生きてますか?」


「しっかりしろ、お前は死んでない生きている。ってなにを言わせるんだ。ほら陽輔が組長に挨拶してるだろ」


「はい!」


「行ってこい」


「はい!」


 よっ子は会場奥の大きな窓の手前の黒皮のソファの真ん中に座る時貞めがけて小走りにむかう。


 陽輔がペコペコと頭を下げながら別のソファに移動しているのを目で追いながら素早く時貞の膝下に腰を下ろした。


「社長、本日はお招きいただきありがとうございます」


 よっ子は人中を伸ばして愛想良くにこやかにしていると時貞はよっ子の顎を摘んで顔をじっとりと見た。


「よっ子、おめえさんどうした」


「なにがですか」


「今日の化粧はちと濃くねえか」


「えっ?そうですか、いつもと一緒です」


 と言いながらも時貞の目は誤魔化せそうにないと思ったよっ子、


「明那先輩にちゃんとして来いって言われたんです。ちゃんとの意味がわからなくて、ちゃんとってお化粧のことかと……思ったんですけど、違ったのかな」


 とすっとぼけるも、


「ほぉぉそうか、今日は美味しいものいっぱいあるからな。食べて呑んで楽しんでくれな」


「はい!呑んでもいいんですか」


 時貞の隣に座る蓮池学がにこやかによっ子を見つめる。


 よっ子は愛想を振り撒きながら時貞の周りに座る男たちを見回すと会ったことのない重鎮たる男たちが勢揃いしていた。


 見るからに幹部と思える面持ちでる。マンションに迎えに来た車の中で見かける横顔の幹部を初めて真正面から見た。そして気に食わないあの男もいる。


 瞬間的によっ子の顔が引き攣り笑顔が消えた。眉間に皺を寄せて目を細めその男を睨み見た。


 一輝の座るソファに座った陽輔が指を差し、


「今の見たか!よっ子の馬鹿、あいつの事、睨んだぞ」


「ああ、なっしてわざわざ睨むんだろうな」


 一輝は呆れて首を振る。


「龍也!」


 壁に沿って立っている龍也を呼びつける。龍也は素早く一輝が座るソファの背後に身体を寄せた。


「兄貴、なんすか」


「お前さあ」


 龍也は顔を近づける。


「一輝、お前、喧嘩なんか、おっ始めんなや」


 目の前に座る金太郎が言った。


「ああ、わかってる。俺は大丈夫だけどよ。よっ子にも困ったもんだな。龍也、お前よ。とりあえずよっ子と一緒に居てくれや」


「はい!兄貴、あの人、ここであん時みたいな事言ったりします?だけどヤバくなったらどうしたらいいんすか」


「金さんを呼んでくれ、俺が近づけばアイツが先に手を出してくると思うから、金さん頼むな」


 二静組特攻隊長、早乙女雅治は一輝とは犬猿の仲である。顔を突き合わせれば喧嘩に発展することは確実だった。懸念している大介の命に従い距離を置いている。


「おお、龍也、直ぐに俺を呼べ、あいつ、どうせ呑むんやろから呑んだらからみ酒になるやろ。気をつけなぁあかんでそれに今夜は寝たらあかんのやから、あんまり呑ませんなや」


「はい!金さん」


 龍也はよっ子を目で追って居場所を確認するとさりげなくよっ子に近づいていく、身の置き場がないよっ子は壁に張り付いて立っていた。


 この会場に今のところ女子はよっ子しかいない。あっちこっち見回して実行員の明那や真由子が来ないか待っている。


「よっ子!」


 大きな声で呼びかけられそっちへと振り向いた。真由子の姿をみてほっとした。





 



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