25 三食昼寝なし管理人募集
「これはこれはヤギリさんじゃないですか、偶然ですね」
声の方へと振り向けばニコニコ笑顔の会長さん。
珍しく誰も連れてないな、一人か。
「どうも、数日振りで。こんな所まで何の御用で?」
「それ言いだしたらヤギリさんこそこんな所に何の御用でした?」
「まぁ何となくですよ、散歩しててリスポーン以外で中まで立ち寄ったことないなって」
嘘ではない、それが全てってわけじゃないけども。
「なるほどなるほど、そしてこの光景を見て色々考え込んでいたんですね。ゲームの仕様上仕方がない面が存在することを認めつつも何のアクションも起こさず被害者意識に囚われ続ける彼らを見て不快であったと」
「貴方ラプラスの悪魔か何かですか」
もしくは妖怪か、さとりとか。
「ハイゼンベルクさんに倒されちゃってますけれどもね、不確定性原理」
「概念的な超越存在ですから、まあハイゼンベルク先生のも測定されて立証されちゃいましたけどね」
「ですね、話は戻りますがヤギリさん、協力していただけませんか?」
協力……協力ねえ、内容によるとしか言えないけども。拘束時間長いのとかこの集団の先頭に立つとかなら拒否案件かなぁ。
「話だけなら聞きますよ、内容次第ではパスで」
「ええ、それで構いません。人に強制することなんて出来ませんから」
強制は出来なくても無言の圧力はかけて来るけどな。本気で嫌がれば何もしては来ないだろうという気はしてるが。
どうせ今回も結局引き受けるような流れにもっていくために準備は整えてるんだろうけど。
結構強かな人だし、勝算もなく動くような人でもないし。
「それで協力ってのは何をすればいいんです?」
「そうですね、一つ目は動画撮影ですかね」
「動画?レイズに投げてるようなやつで?」
「それの発展形ですね、所謂攻略動画、予習動画ってやつを作りたいんですよ。現状を打破するための取っ掛かりが欲しいんです。別にボス戦等の高難易度想定ではなく一般モブからです。見た目、注意点、弱点、行動パターン、予備モーションからの判断の仕方、注視すべき部位、そういった前線プレイヤーが戦闘中に知覚し処理している情報を言葉と映像で理解できるようにしたいのです」
攻略動画か、自分的にはよっぽどの後追いでもなければ色々試しながら覚えて慣れる方が好きだしいいとは思うけども。
でもまぁこのゲームでそれやるのは人によってはしんどいかも。
事前に準備可能となれば0から始めるよりは心理的ハードルも下がるか。
「足掛かりとしてですか、ゲームらしく作られた隙も事前モーションもないですからねえ。どんな形であれ一度対処できれば回ると」
「ええ、現状何もかもが手探り状態ですから、自分で進むべき方向を見出せない人もいます。ならば一歩踏み出すための後押しと指針を用意できないかと思いましてね。この世界は何処に行くにしても街から出た瞬間からモンスターとエンカウントしますから」
「さしずめLast Resortの歩き方~モンスター編~ってとこですかね」
「まさしくそれです。掲示板で専用スレッドを立ち上げてそういった情報をまとめ攻略サイトのようなものを作りたいのです。世界設定、スキル、ステータス、魔法、武器防具、アイテム、敵情報、フィールド、暗黙の了解や最低限のマナーなんかも含めて。」
それはもう運営にお便りでも出して内部から編集可能なサイトとテンプレート用意してもらった方がいいんじゃないだろうか。
スレ立てて管理するのはしんどそうだな。管理人さん出番です。
「それはなかなかに壮大なというか手間のかかりそうな構想で」
「そうですね、時間はかかるでしょう。しかし現状として新規ログインは確認されておりません。ならばプレイヤー側がこれ以上増えるということはないでしょう。増えることはなく心が折れて減る一方です。ジリ貧という他ないでしょう。だからクリアするためには限られたリソースを遊ばせておく余裕はないんです」
リソース、人間を完全に資源として考えリソースと言い切る会長。
この人も結構狂ってるね。
お人好しで組織作って助けようとしてるんじゃない、脱出という明確な目的の為に使える物を全部使いきるつもりだ。
下手に仲良し組織で馴れ合うくらいならそっちの方がいいと思うけどね、管理しやすいし。
オーケー、ここまでは理解した。
「これが一つ目というなら二つ目は?」
「それなんですが今はやめておきます。一度に無理言う物でもありませんからね。それに急ぎでもないですから」
「あとで聞く方が怖いんですけど、まあいいか。動画の話ですけど部分的にはYesってとこですかね」
「詳しくお聞きしても?」
動画って見てると良し悪しはある程度分かるものの、自分でやれと言われたらできる気がしない。
そんなのに時間取られるのは遠慮したいところで。
「素体動画を撮るのはいいです、誘発させたりパターン撮影は大丈夫。問題なのは解説が出来ない、人に分かりやすくってのがきついですね。性分じゃない。だから部分的。動画編集とかできるなら後付け音声で解説入れてほしい位。素材は提供しますってことで」
「動画編集は厳しいですね、基本機能でカット位はできますがそれ以上は不可能でしょう。今後解放される可能性がないとは言えませんが。ですが、いいでしょう。ヤギリさんに動画撮影をお願いします。撮影モードを一人称視点に切り替えて頂ければ言葉はなくとも意図伝わります。目は口程に物を言いますから、目線だってね」
貴方がそう言うと説得力あるよ。
「それ位なら、とりあえずは1相当のマップの雑魚からでいいんですかね」
「ええ、それでお願いします。西と南の分があれば十分でしょう。兎など小型種はザックリとしたもので大丈夫です、中型以上がメインとなりますので」
「了解です、ぼちぼち時間見てやっときます。代わりと言ったら何ですが、一つお願いしても?」
ふと思い出したわけで、最初からリターンを狙っていたわけではないんだけどね。
いい機会だしこの人なら人脈的にも広くて適当な人材見つけられるかなって。
「勿論です、見合う物であればいくらでも要求してください」
「じゃあ武術というか武器と体の扱いが上手い人?ニュアンス的にそんな感じなんですけど伝わりますかね?そういう人紹介してください」
「それはPTとしてか単に学びの為なのかで変わりそうですが」
眉間に皺寄せて難しく考えてるみたいだけど簡単な話ですよっと。
単純にPSの向上として、今のステータスとスキルで無理やり動かしてる状況を何とかしたいなって思ってるだけですから。
「ちょっと武器の扱いと脚運びとか参考にして出来れば教えて欲しいだけです。深い意味はないですね」
「分かりました、こちらで幾らかあたってみます。見つかり次第連絡するようにしますので」
「了解です、お願いします」
「あぁ、それと何ですが。もしプレイヤーに拘らないのであれば教会か自警団などNPC由来の自治組織を訪ねてみるといいかもしれません。この世界を見てるとかなりの年月をかけて作られた様ですから、それこそ何世代にも及ぶ長い時間を」
「なるほど、それもよさそうで」
そんなこんなで会長と別れて再び一人に。
とりあえず頼まれごとを先に処理しておこう。今やらないと絶対後回しにしてギリギリまで放置しちゃいそうだから。
ではまずは南から行きましょうか。
◇
とりあえず南も西も一通り倒してみたわけですが、やはりというか個人的にはただの単純作業レベルでしかない。
出来るだけ意識的にどこを見て何を判断しているかを確認を込め独り言を呟きながら倒してはみた。
よくさ、改めて観察したら新たな気付きがみたいな展開あるけれどもね、ねえわ。
何もない、改めて動物にVRシステム装着して放り込んだのって位リアルだって再確認しただけだ。
作られた弱点も隙も無い、判断に作為的なとこがない、人の匂いがしない。
視線、耳、鼻、呼吸、毛皮の下で筋肉と骨、筋の動きと緊張、重心、それらから総合的に判断するしかない。
動きを一つ一つ確認して動作に対して何が使われていたかをインプットするだけの作業なんだよなぁ。
「観察、確認、反復練習、何も変わらんね」
別に難しいことじゃない、ゲームなら誰だってやってる事じゃん。見て覚えてパターン組むの。今回も同じだって。
あからさまなのとかワザと作られた隙がなかったりするだけでさ。
代わりに極めて現実的な動きなおかげで可動範囲とか制動に溜めと硬直が生まれて分かりやすい。
逆にゾンビ何かは作られたモーション感がありありと伝わってきた。ゾンビならこう動くだろうというイメージを元に作られたテンプレの様な動き。
そうなるとボスもそうなんだよなぁ。型に押し込まれている感じがある。
本来ならもっと自由に動いて判断出来ても良いはずなんだけど、ゲームシステムに忠実というか。
言語化するのは難しいな、あやふやなイメージでの概念的思考の方向性はあるんだけど。
見た目はそのまんまリアルに過ぎる、動き一つ一つを単体で見ればまるで生きているかの様。なのに全体でみると縛りプレイでもしているかのようなそんな違和感。
「縛り?何の為に?何で縛る必要がある?」
素体に対してのAIが釣り合ってない?だから動きのつなぎが悪いのか?
行動パターンだってもっと豊富でもいいしNPCのAI見てたら学習して対応してきてもおかしくはないくらい。
あとヘイト管理に関しては無視されたらゲーム的にそれらの価値が落ちるから分からんでもないかな。
ボスって壁なんだから強くてもいいと思うけど。
「そうか、壁だからか。超えられることを想定してるからだ」
そうだ、そういうことだ。そのままじゃ勝てないから勝てるレベルまで落とされてるんだ。だから歪さと違和感を感じるんだ。
高度な知性と強靭な肉体、それに足して能力も。しかし柔軟な対応や学習は見られず一定のルーチンで動き続ける。
そうなってくるとまた疑問が出て来るな。最初からそのレベルで作っとけと。
ダメだ、分からなくなってきた。もうこれは置いておこう。重要なのは心に棚をを作る事。それはそれ、これはこれ。あってるのかこの場合。
とりあえず考えても結論が出ないから放置。
ということでその辺の注釈だけ付けて動画のリンクを投げときましょう。
お仕事完了、やらないといけない仕事がないのは実に素晴らしい。晴れ晴れとした気分だ。
さて、次はどうしようか。
さっき聞いた自治組織でも覗きに行くの面白そうだ。神殿騎士に自警団、職人連合、商人組合、それらが集まり聖都統括管理会。
正直役割被ってそうなのがあるけども深い理由でもあるんだろうか。
ってか今更だけど朱界にW1誘われてるのに一人でモブ狩りやってんじゃん。
行きたくなかったからだとか思われてそうだな。
……まぁいいか、なるようになるだろ。
とりあえず目の前の教会で適当に話聞きましょう。
これでも一応は職業は助祭だし悪いようには扱われないと信じて。
◇
ダメでした、門前払いでした。司祭以上じゃないと大聖堂より奥には立ち入り禁止で施設の使用も出来ないとか。
神殿騎士は有事でもないとそうそう出てこないとか。何だよ引きこもりじゃねえかと声に出さなかった自分をほめたい。
ここ最近は神託が下りたとかで内部でバタバタしてるとかなんとか。
分かったことと言えば書庫があり古書が収められてるとか、ここは一般開放されてる敷地の端の端で聖堂すらも木っ端だと。
聖堂を抜けた先の大聖堂からは立ち入り禁止ですって何それ。中入りたい。外から見える分ですらステンドグラスが凄いことなってるの見えるのに。絶対綺麗じゃん、見たい。
でもまあ収穫というか本が読みたいなら図書館へ行けと言われましたしそっち行ってみようかと。
レッツゴージャスティーン
◇
街の中心部、教会を挟み職人街の正反対。画一的で均整な区画はお役所関連の立ち並ぶ行政区とでも言えばいいのか。
教会中心の聖都と言えど領主が居ないわけでもなく、まあそういうことですよ。
そんな一角に図書館が存在しました、完全に見落としてたなぁ。
現代の身分証明さえできれば無料で貸し出しを受けられる様なものではなく、キッチリと料金を取られる形式というね。
しかもこれ純戦闘系職業は入れないっぽい。助祭でよかったぁ。
入場料を払い許可も下りたところで改めて中へ。
息を吸えば古書特有の香り、VOCが鼻孔を満たす。それでいて若干の動物臭とでもいう脂肪酸と硫黄系の臭いか。
感覚強化で微かに分かる程度、スキルなしじゃほとんど感じないレベルだろう。嗅覚強化を取得していたらきついかも。
まだ入り口に入ったばかりだというのにこれほど芳醇なVOCは一体どれ程のリグニンが破壊され放出されたのか。
同時に劣化が進んでいる証とも取れ何とも言えない気持ちになる。
そういえば本の匂いで状態や年代に原料なんかが分かるらしいね。
文字情報以外も搭載してると考えると圧倒的情報量。
ではでは物色開始のお時間で。
神話、歴史、民俗、風習、領地、魔物、植物、魔法……
ブロック毎に大別され収納されている本を眺める。
どんなカテゴリが存在するのか、どれが重要視されているか、普及しているのか。
所謂メジャージャンルを探すことで世界の中心かつ標準を見られるかなと。
本を手に取らず歩き回っていたところで見覚えのある厳ついオッサンが。
向こうもこちらに気が付いたようで目礼を返しておく。
「あぁ、どうも。お久しぶりです。何時ぞやの会議以来ですかね」
「ああ、そうかもしれんな。コチラとしてはレイズが掲示板に投げている動画のおかげで久しぶりという感じもせんがな」
「アレ見てるんですね、無編集の盛り上がりもない長いだけの動画」
「むしろカットされてないからこそ情報の欠落がないと考えるべきじゃろう。あれは立派に先駆者としての教導の任を果たしている」
「そんなもんですかねえ」
「そんなもんだ」
「……」
誰だっけ、名前出てこねえや。一発目のボス会議であったのは覚えてるんだけど。
何でこのゲームはキャラの頭上に表記とか出してくれないんですかねえ、NPCとも判別しにくいしさあ。
「話変わりますけど何かいい情報ありました?」
「あったぞ、ここ一帯の歴史や文化を調べてたんだが興味深いワードが幾つか見つかった。明らかに外部から差し込まれたかのような違和感がある奴だ、メタ的に言えばイベントボスかユニークボス、徘徊型のシンボルエンカウント系ではないかと睨んでいる」
「へえー、なかなかに面白そうな話じゃないですか」
「詳しくは掲示板にまとめ直してから投げるからそれを見るといい」
「掲示板か、自分からじゃ見ないんですけどねえ、見る癖付けたほうが良いのかなぁ。」
あんまり好きじゃないんだけどなぁ。
「情報伝達手段の一つとして優秀なのは間違いないな。なにせ現状じゃ取れる手段が限られている。それをあえて使わないのは愚策だろう」
「まぁそう言われるとそうですよね。じゃあこっちも一つキーワードを。『Break Carrier』って何か覚えは?」
「……その単語は聞き覚えがない。だが、おそらく同じモノを指しているであろう文章はいくつかな。さっき見つけたといっていた奴だ」
「へぇん、勿論それらの捕捉説明とか現時点での考察とかあるんですよね?」
「多少はな、今はまだ圧倒的に情報が足りん。だがこうした調査は確実に攻略の助けになると思ってやってる。作り込みの過ぎる性悪なこのゲームのことだ、調べれば調べただけ成果として出て来るだろう。正しいかは置いといてだがな」
「じゃあ楽しみに待ってますね、こっちも目ぼしいものあったら伝えるようにしますんで」
結局名前思い出せなかったけどいいか、有益な情報の情報貰えたし。
とりあえず掲示板でも覗いてみましょうかねえ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます