第3話 領主様は厨ニ病!?

「蒼炎様、あちらのお屋敷です――」


 村の窮地を救った俺は村人達から手厚くもてなされ、まるで英雄のような扱いを受けている。


 元の世界では日本の寄生虫のようだったこの俺がだ。

 本当に人生は何が起こるか分からない。


 村人達から褒めちぎられた俺は、この村の領主に褒美を貰うべきだという村人達に乗せられ、大きなお屋敷の前までやって来ていた。


「ここがオールドマン家のお屋敷です」

「でかい屋敷だな」


 敷地面積を含めると、あの空き家の五十倍はあるんじゃないかと思うほど立派なお屋敷だ。


 ちなみに此処まで案内をしてくれたのは、おさげ髪がよく似合うそばかす少女のアニーだ。

 俺の見立て通り、アニーの年齢は15歳らしい。異世界人は西洋人ぽい見た目なので、東洋人に比べたら少し大人っぽく見える。


 俺とは16歳差……一回り以上も違う。


 ワンチャン恋人にと思ったのだが、流石に犯罪過ぎる。残念だけど諦めよう。


「オールドマンってのは本当に褒美をくれるのか?」

「この村の領主はオールドマン卿なので、村を救った恩人に報酬を支払わないわけにはいかないと思いますよ?」

「そういうものなのか」


 アニー曰く、もしも野盗に領地であるコロネ村を蹂躙されていたら、それは領主であるオールドマン卿の失態になるという。

 領地というのは国のトップ(この場合は王様ということになる)から預かっている土地のこと。この土地にはそこで暮らす人々も含まれている。


 コロネ村の稼ぎの一部が領主であるオールドマン卿の収入源になり、その一部をオールドマン卿が国に納めるという。

 仮に野盗に村人が皆殺しになっていたら、オールドマン卿の収入源は無くなっていたことになる。


 そもそも野盗から村人達を守るのは領主の務めなのだ。それを今回は俺が代わりに行ったのだから、報酬は期待してもいいらしい。

 最悪オールドマン卿が野盗に殺されていたかもしれないんだしな。


 アニーは慣れた様子で鉄門をくぐり、玄関先まで勝手に入っていく。


「――っておい! 勝手に入っていいのか? こういうのって使用人とかに許可を取ってから、彼らに案内してもらうんじゃ……」


 とは言ったものの、広大な敷地内には使用人らしき人の姿はどこにも見当たらない。


 なんだかちょっと妙な胸騒ぎを覚えてしまう。

 

 この手の世界が舞台になった小説なんかだと、必ず執事やメイドが居るもんなんだけどな。

 頭に疑問符を浮かべていると、予想外のことをアニーが口にする。


「たまにお手伝いに来ているので」

「お手伝い……?」


 村娘が貴族宅に、一体何のお手伝いをしに来るというのだろう。


「これまた中は随分とさっぱりしてるな」


 豪邸に似合わず、屋敷の中にはほとんど物がなかった。

 俺の勝手なイメージだと、貴族のお屋敷には高そうな壺や花瓶、絵画なんかがずらりと飾られているものとばかり思っていたのだけど……どうやら違ったようだ。


「こっちです」


 アニーの案内で二階の部屋の前までやって来ると、彼女は慣れた様子で扉をノックする。

 返事がない。

 留守なのかと思ったのも束の間、勝手にドアを開けたアニーがズカズカと部屋に入り、大きなベッドの掛け布団をバサッと取り払う。


「ここじゃないということは」


 ぶつぶつと何かを口にしながらクローゼットの前まで移動したアニーは、両手で取手をつかみ、勢いよくクローゼットを開けた。


 誰だ、この娘……?


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい殺さないでください!!」


 クローゼットの中には銀髪ツインテールの美少女が、怯えた様子で小さくなっていた。継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみをギュッと胸に抱きかかえる少女は、ドラキュラ伯爵にでも命を狙われていたのか、アニーに向かって十字架を掲げている。

 どうやらこれは彼女なりの命乞い、というやつのようだ。


「何をやっているんですか、ソフィア」

「へ…………?」


 間の抜けた声を漏らした少女は、大口を開けたまましばらくアニーを見上げでいたのだけど、やがて何事もなかったようにスッと立ち上がっては、スタスタと部屋の中央へと歩き始めた。


 彼女の背中をじっと目で追っていた俺は、そこでゴシックドレスを翻した少女と目が合う。


「ククッ、我が演技をよくぞ見破った。相変わらず貴様の慧眼には驚かされる。流石はわたしの最高傑作。貴様ほど良くできた人造人間ホムンクルスは未だかつていない!」

「人造人間だと!?」


 衝撃の事実!

 なんとただの村娘だと思っていたアニーは人造人間だったのだ。にわかには信じられん。


「蒼炎様、相手にしなくていいですよ。あれは一種の病気みたいなものですから」

「病気……?」

「ククッ、客人まろうどよ、その娘は自分がわたしによって造られた人造人間であることを受け入れられんのだ。先程の会話も実に186952394回目なのだ。アルセルティアの内側にいない客人には信じられんだろう」


 ああ、なるほど。

 こっちの世界にもこの病気は存在するのか。


「ゔぅっ、我が左眼に封印されし時空龍が暴れておる!」


 この厨二病患者は重症だな。

 元厨二病患者の俺がいうのだから間違いない。


「アルセルティアさんはもういいですから、それよりこちらの蒼炎様が野盗を退治してくれたんですよ。村の領主様としてきちんとお礼を言ってくださいね」

「アルセルティアは人ではないって何回も言ってるんやから!」


 あっ、素になった。


「……ハッ!?」


 大事なキャラ設定を思い出したのだろう、取り繕うように咳払いをしている。


「ククッ――蒼炎とやらよ、大儀であった」

「そんなにふんぞり返っていないで、ちゃんとお礼を言わなきゃダメですよ」

「え……う、うん。そんなんアニーに言われんでもわかっとるもん」


 今の今までまな板のような胸を突き出していたソフィアは、不貞腐れたように頬を膨らませた。


「あの……ウチの村を救ってくれて、その………ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げるソフィア。

 一瞬かなりヤバそうなやつだと思ったのだけど、意外と良い子そうで安心した。

 ソフィアはアニーよりずっと幼い容姿をしているのだが、聞くところによると二人は幼馴染みだという。


 貴族令嬢なんていうから内心ちょっと身構えていた。

 俺はてっきり「オーホッホッホッ」とか「わたくし」とか威圧感たっぷりの縦ロールを想像していたのだが……WEB小説の読みすぎだな。

 田舎村の貴族令嬢は村娘とさして変わらんのだろう。ロリっ娘だし。


「で、ソフィアちゃんだっけ、オールドマン卿は――ご両親はご在宅かな?」


 俺はなにも世にも奇妙な異世界厨二病患者を見に来たわけではない。


 彼女ことソフィア・オールドマンのご両親から村を救った報奨金を受け取りに来たのだ。

 上手くいけば金の延べ棒やダイヤモンドが手に入るかもしれない。そいつを元の世界で売り飛ばせば俺も一躍大金持ち。


「ぐふふ」


 一度でいいから行ってみたかったキャバクラにも行ける。なんなら高級ソープでDT卒業も夢じゃない。これまではお小遣いだったから流石にキャバクラにも風俗にもいけなかったもんな。


 何より、貧乏糞ニートと煽り散らかしてきた妹に一矢報いることができる。

 兄の威厳というやつを見せてやるわ。


「蒼炎様、彼女がオールドマン卿です」

「え」


 俺は数瞬、アニーが何を言っているのか理解できなかった。が、よくよく考えてみると確かに娘のソフィアもオールドマンである。

 だが、娘では話にならん。

 俺は屋敷の主で、コロネ村の領主たるオールドマン卿と話がしたいのだ。


「俺はコロネ村の領主たるソフィアの父、もしくは母と話がしたいんだよ、分かるか?」

「それは無理です」

「無理ってなんで?」

「ソフィアのお母さんはソフィアが小さい時に亡くなっていますし、旦那様も先月冥府に旅立たれました」

「………あ、それは、なんというか……ご愁傷様です」


 ソフィアはまだ若いのに大変なんだな。

 しかし相手は貴族令嬢、平リーマン家系の我が家とは比べものにならないほどの貯えを娘に残しているのだろう。

 人生スーパーイージーモードで羨ましいぜ。


「じゃあソフィアがくれるのかな?」

「なにを……?」


 キョトンと首をかしげるソフィアはやはり貴族令嬢、世間知らずさんのようだ。

 俺はやらしくならない程度にゴホンッと喉を鳴らし、できれば君から言ってくれないかとアニーに目で合図を送る。


 すると箱庭娘のソフィアと違い、常識ある村娘アニーの頭上には「!」マークが浮かび上がる。すぐさま友人令嬢に駆け寄ったアニーは、大事なことを伝えるために耳打ちをする。

 そうしてようやく俺が出向いた理由を彼女も理解したようで、少し慌てた素振りでベッドサイドのアンティーク家具から小瓶を取り出した。彼女は小瓶の中に仕舞われていた色とりどりの宝石をひとつ取り出すと、そっと俺に手渡してくれる。


「おお! これはエメラルドかッ!!」


 めちゃくちゃデカい!

 こんなデカいエメラルドはアバホテルの社長かデビッド夫人しか持っていないだろう。

 異世界すごすぎる。

 マジで冗談抜きで、売ったら一億とかいくんじゃないかってレベルのデカさだ。


「ククッ――これは我が冥界に赴いた際、ハーディの宝物庫より頂いた闇の雫。貴重なものじゃからな、しかと味わうがよい」

「ああ、もちろんだ!」


 ……ん?

 味わう……?

 味わうってなんだ?


「……………」


 異世界人は宝石を食す文化でもあるのかと眉根を寄せる俺を尻目に、ソフィアはおもむろに小瓶から赤い宝石を取り出すと、それを口内に放り込んだ。


「……え」

「ククッ、貴様にも貴重な闇の雫をくれてやろう」

「いいんですか! うわぁー、とっても甘くて美味しいです!!」

「うむ、力がみなぎってくるわ」

「……………」

「どうした、食わぬのか?」

「とっても美味しいですよ、蒼炎様」


 まさか、そう思い宝石を口に放り込むと、


「……甘い」


 ただの飴玉だった。

 くそっ、クソッ!


「どうかしたんですか、蒼炎様!?」

「ククッ――此奴は生まれてはじめて闇の雫を口にしたのだ、感激に泣き崩れるのも無理はなかろう」


 そりゃ報奨目当てでアニーを助けたわけでも、コロネ村を救ったわけでもねぇよ。

 でもっ、でもさっ!

 いくらなんでも飴玉一個はねぇだろ! こっちは人を二人も手にかけたんだぞ! 人を殺すという業を犯して、消えない罪を背負ったその褒美が飴玉一個…………泣けてくる。



 こんなのってねぇよ。

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