③-2

 安津見野の郊外、田畑が広がる街道沿いを進むと爽やかな空色の屋根が特徴的なこじゃれたジェラート屋が見えてくる。素材に拘った個性的なアイスクリームが有名でフレーバーは五十種類にも及ぶという。県外からわざわざ足を運ぶ客も多く、特に夏の間は連日行列ができるほどの賑わいを見せている。ジーナが朝から上機嫌だったのはこのジェラート屋を目当てにしていたからだ。

「バニラとチョコとイチゴとソルトキャラメルとチーズケーキと酒粕と抹茶とバタースコッチ……あ、あとジムビームも! 全部シングルの持ち帰り用で!」

「俺ダブルにしよっかな~。おすすめの組み合わせとかあります?」

 ジーナと孝二郎がアイスクリームのショーケースの前で店員とやり取りをしている。クーラーボックスを抱えているブロンドの美女とモデルのような顔立ちの男、しかも二人とも長身というのも相まってかなり人目を引いている。ジーナの方は白いオフショルダーにデニムのショートパンツを合わせていて、靴はシンプルなストラップのサンダルという特別着飾っているわけではない出で立ちだが、元々のスタイルの良さと華やかさで自然と注目を集めてしまっている。孝二郎の方は今日は珍しく黒いキャップを被っていて大人しめな印象だが、外国のブランドらしきロゴの入ったTシャツにカーキ色のゆるっとしたパンツスタイルというカジュアルな格好をしていて、それがむしろ芸能人のお忍び感を醸し出しているため周りの若い女の子たちがちらちらと視線をやるのがよく分かる。この二人は目立ちすぎる。一緒にいると周囲の視線がどうしても気になって、潔乃はアイスを一つ買った後そそくさと店舗から出てきてしまった。

(ジーナさんやっぱり綺麗な人だなあ)

 あの美男美女の隣にいる地味な女の子は一体誰だろうと思われてるんじゃないか……なんて自意識過剰なことを考えてしまう。観光するからおめかししてきてとジーナに言われて、お気に入りの服を着て髪の毛も綺麗にして、うっすら化粧もしてきた。靴も、周りから浮いてしまうから普段は履けないような踵の高いパンプスを選んだりして。でも、出掛ける準備をしていた時は楽しかったのに何故だか急に自信がなくなってきてしまった。まあ元々自信なんてないんだけど……

 テラスへ出るとイートインスペースがあり、たくさんの客で混雑していた。その中に彦一の姿を見つける。壁に寄りかかってどこでもない方向を眺めていたが、離れた場所から改めて注目すると彦一も十分雰囲気があるなあと潔乃は思った。今日は私服を着ている。初めて私服を見たのでちょっとした感動があった。

「彦一君、おまたせ」

 声を掛けると彦一がこちらに顔を向けて壁から身体を離した。きちんと立つと背も高いし姿勢もいいので存在感がある。白無地のTシャツに襟の付いた紺色の上着を重ねて着ていて袖を肘の辺りまで捲り上げている。細身のストレートパンツは薄い緑色で、ちゃんと若者らしい爽やかな格好だと奇妙な(失礼な)感想を抱いた。潔乃は白いブラウスに青慈色のロングスカートに淡い白緑色のパンプスを身に着けているので配色がちょっと似ていてそわそわしてしまう。これも自意識過剰だ。こんなに自分の外見のことを気にしたことはなかったかもしれない。……思えば自信がなくなってきたのも、ジーナと孝二郎は褒めてくれたのに彦一だけ何も言ってくれなかった事が原因な気がしてくる。何か反応があるかなと、ほんの少し期待していたから……

「一つで良かったの? アイス以外にも色々あったけど」

「う、うん、大丈夫。食べ過ぎると太っちゃうし」

「……十分細いと思うけど」

「そんなことない! ……そりゃあジーナさんと比べたら色々足りないけど……」

「足りない?」

「ううん! なんでもない……」

 自然に振舞おうとしてもどこかギクシャクしてしまう。今までどうやって接していたか急に分からなくなってしまった。雨と混ざった首筋の匂いとか自分を抱える力強い腕の感触とか体温とか宝石みたいな瞳の色とか、その他諸々をまだ鮮明に思い出せる。

 玄狐は大昔の神様だという話なのに、なんで若い姿でいるんだろう。せめて見た目がおじいさんだったらこんな風に意識することもない……のかもしれない。

 イートインスペースは混んでいて座れそうにない。潔乃は立ったままアイスをスプーンでつっついて六月下旬の出来事を思い出していた。隣にいる彦一の平然とした態度から、全然全く何とも思われていないことがよく分かってどうしてか沈んだ気持ちになった。女子にくっ付かれても何とも思わないのかな。バスの中で寄りかかって寝てても平気な顔してたし。彦一君にとっては子供をあやす程度のことだったのかも。

 不満にも似た感情がもやもやと胸を覆っていて気持ちが晴れない。自分は年相応の女の子扱いされないくらいで拗ねるような人間だったろうか。自分でも掴みきれない、持て余している心情だった。

「溶けてる」

「……あっ」

 つっつき過ぎたアイスがカップの中でどろどろに溶けて無残な姿を晒しているのを彦一に指摘されて、潔乃は慌ててアイスの残骸を口に運んだ。

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