第35.5話 レイヴン・バッキンガムは語りだす
アナと初めて会ったのは、俺が十歳の時だ。
俺は元々とある空賊の頭の息子で、母親は物心ついたころにはいなかった。なんでも病気で死んじまったらしい。
俺はまあ、親父の組織に育てられたようなもんだった。
ガキが育つような環境じゃなかったが、良い奴もいた。時々菓子なんかをくれたり、気遣ってくれたりな。
親父との思い出は特にねぇな。俺を痛めつけることはしなかったが、それだけだ。
だから俺は勝手に飯を食い、勝手に生きた。
そうして生きてきて、ある日のことだ。
組織のナンバー2だった奴が、親父を殺した。
乗っ取りだよ。もうほとんどの組織の人間を抱え込んでたみてぇで、誰も奴を止めることはしなかった。
そして奴は次に俺に目をつけた。
殺した男の息子なんて、生かして良いことなんてねぇからな、賢明な判断だろうさ。
だが俺は殺されるなんて御免だ。命からがら、逃げ出した。仲が良かった子供の飛竜と一緒にな。それが今の相棒だ。
そんでま、一晩中飛び続けて、心身共に疲れ切った時だ。ついに力が抜けて、相棒と一緒に地面に真っ逆さまだ。まあ、木に向かって落ちたおかげで酷い怪我はしなかったが、それでももう一度飛べる体力は残ってなかった。
どこに落ちたのかはわかんねぇが、しばらくここで大人しくしてようと思ってた時に、ひょっこりと女の子が現れた。
「なんで、こんなところに……」
ふわふわのブロンドの、おっきな青い目をした女の子。俺は死んで天使が来たのかと思ったよ。勿論、その子がアナだ。
アナは俺を見て驚いて、どこかに行こうとした。きっと人を呼びに行こうとしたんだろう。
だが、俺は追われていて、誰かに知られるのはまずいと思った。だからアナを止めようとしたが、アナは俺を振り切って走って行っちまった。
あーまずった。そうは思っても体は動かなくて、俺は気を失ったんだ。
気づいた時には俺はアナに手当てをされていた。
そのことにも驚いたが、一番驚いたのはアナの腕に包帯が巻かれていたことだ。どうやら相棒が俺を守ろうとやっちまったらしかった。
アナは怖かっただろうに、俺のことも、相棒のことも手当てしてくれていたんだ。
……あの時の傷、治ってほんとによかった。ずっと不安だったんだ。痕が残ってたりしたらって。
サティバから取り返したあと腕を見たが、綺麗なもんで、ほっとしたよ。
そんで、アナになんで助けるんだって聞いたら、アナは泣き出して……。この世界を作りものだって思ってたって言うんだ。
まあ、わからなくもない。俺もその時はクソみたいな世界だと思ってたからな。
でもアナに会って、綺麗なものもあるんだと知った。顔の話じゃねえよ。心根の話だ。
怖いはずなのに俺達を助けてくれたその気持ちが。真正面に自分と世界に向き合って、泣くほど悩んでるアナが、綺麗だと思った。
俺は作り物なんかじゃねえって、わかって欲しかった。
それで抱きしめて、俺の考えを言って、そしたらわかってくれて……嬉しかったな、あん時は。アナが元気になってくれたことが、めちゃくちゃ嬉しかった。
それで泣き止んだと思ったのに、今度は俺が親父を殺された話したら、また泣いて。俺の気持ちがわかるって。泣いてもいいって言うように、俺の手を握って……。
親父が殺されても、泣いたりなんてしなかった。正直今まで、親父のことなんて好きじゃなかったからな。
でも、アナに手を握られて、その手があったかくて……昔に一度、親父に頭を撫でられたことを思い出した。でかくて、熱い手だった。
……俺は、親父のこと好きじゃなかったけど、嫌いでもなかったんだ。
そうわかって、親父が殺されて初めて泣いた。
アナはずっと、俺の手を握ってくれてた。俺はアナに救われたんだ。心も、体もな。
そんで二人して泣いて、笑って……その時にはもう、好きになってた。
十歳のガキが何をって思うかも知れないが、守りたいって、一緒にいたいって思ったんだ。
アナが王女だとわかっても、その気持ちは変わらなかった。
だから告白した。必ず迎えに行くって約束付きでな。
とはいえ、俺は孤児で、生まれてこの方空賊のやり方しか知らない。そんな俺がおいそれと王女であるアナの前に姿を現せるはずがなかった。
せめて人の役に立つように義賊として活動してはいるが、泥棒には変わりない。
それに、あの一件以来城の守りはより厳重になってたし、何よりアナの前に立ってアナが俺をかっこいいと思ってくれなきゃ、俺のことを好きになってくれるかわからん。
俺は時が来るまで影からこっそり見守ることしかできなかった。
そうして日々を過ごして、ついこの間、サティバのクソ野郎からアナを助け出した。
久しぶりに間近で見るアナはそりゃ綺麗で可愛くて、俺を映すその瞳に体が震えた。
俺のこと覚えてるか聞きたかったし、もう少し一緒にいたかったが……カイトの野郎が来なきゃなあ。
あ、カイトと言えば、奴の仲間のオウル・リーズ。あいつは何なんだ?
一昨日だ。こんなことがあった。
この日、俺は城下の市場に来ていた。
王女誘拐の次の日だからな。なんか情報でも転がってないかと探っていたわけだ。ま、情報規制されてて何の収穫もなかったわけだが、偶然にも千鳥と会った。
「よお、千鳥」
「レイヴンさんっ⁉」
まさかこんな街中に指名手配犯がいると思わなかったんだろう。驚きに声を上げる千鳥に慌てて小声で怒鳴った。
「馬鹿、声がでけえ! 誰が聞いてるかわかんねえだろっ」
「ごめんなさい……じゃなくて! 昨日私カイトさんにめちゃくちゃ怒られたんですから! 何でバッキンガムを逃がしたんだって!」
「何でって……お前じゃ俺を捕まえられないだろ」
「私だってやる時はやりますよ!」
「まあまあ、それより今は重要なことがあるだろ」
千鳥はむっとしたが、俺は取り合わずに話を続ける。周りに聞こえねぇよう、とりわけ小さな声で耳打ちした。
「誘拐の件だ」
「……何か情報があるんですか?」
千鳥が興味深そうに俺を見上げる。きっとこいつも何か情報を探している最中なんだろう。
「ああ、昨日言っただろ、アナを誘拐したのはサティバっつー空賊だって」
千鳥はこくりと頷いた。
昨日、千鳥を連れ去った時に飛竜の上で事のあらましは話していた。
だが犯人が分かっても居場所がわからなければ逮捕はできない。きっとファルコンは俺と同じくサティバの行方を捜しているはずだ。
俺は口端を上げ囁いた。
「奴の隠れ家を王都で見つけた」
「ほんとですか!」
「ああ。ただ、隠れ家を見つけただけで本人はいない。それでも奴を見つける手がかりにはなんだろ」
俺は懐から二つに折りたたまれた紙を出し、千鳥に渡す。そこには隠れ家の住所が書かれている。
千鳥はそれを慎重に受け取ると頭を下げた。
「ありがとうございます! 早速カイトさんに伝えます!」
「ああ、そうしてくれ」
「でも、なんで教えてくれるんですか?」
純粋な疑問をぶつけるように、千鳥は首を傾げた。
そんな理由、考えなくても決まってる。
「アナの周りから、早く危険を取り除きたいからな」
そのためには、手は多い方がいい。
ふっと笑って言えば、千鳥も笑顔で大きく頷いた。
「流石ファンですね!」
「まあな」
二人して笑った、その時だった。どこかから、かすかにアナの声が聞こえた気がした。
きょろきょろと視線を彷徨わせていると、視界の端で、ブロンドのポニーテールが揺れた。ハッとしてそこを見ると、普段と違う服を着て髪を結ったアナがいた。
声をかけようと口を開きかけたところで、隣にオウル・リーズがいることに気付く。
二人は何やら親し気に話していて、距離も近い。
すると不意に、アナは持っていた食べ物をリーズに差し出した。
あ、無理だ。見てられねえ。
「千鳥っ」
咄嗟に千鳥の名前を呼んだ。
本当はアナを呼びたかったし、隣に行きたかった。だが、リーズは歴戦のファルコンだ。千鳥からなら簡単に逃げられるが、奴に追われちゃどうなるかわからない。
まずいと思って顔を隠すように反らすと、目の前の千鳥が困惑した顔で俺を見ていた。
「あの、レイヴンさん? どうしました?」
「あ? ああ、いや、わりぃ、なんでもないんだ」
「そ、その割には、お顔が怖いですけど……?」
「顔?」
千鳥は青い顔で俺を見上げている。自分じゃわからないが、どうやら俺の今の顔は怖いらしい。
否定はしない。自分がキレていることは、自分が一番良くわかっている。
さてどうするか。思案する暇もなく、すぐに何やら騒がしくなった。見ればリーズがアナの肩を抱いて去ろうとしている。
去り際、リーズと目が合った。奴は俺を挑発するように睨みつけ、人込みの中に消える。
あの野郎、今度会った時は覚えとけよ。
心の中で悪態をついていると、千鳥が怖いと呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます