第34.5話 取調室にて

 さて、どこから話しましょうか。



 ああ、そうですね。いつからかと言われれば、初めて王女に会った日からでしょうか。ええ、八歳の。そうです。

 あの日、私は彼女が欲しいと思いました。


 ふっ、そう怖い顔をしないで。別に私は幼い少女が好きなのではありませんよ。アナスタシア・ウィンザー、彼女自身に対しての感情です。年齢は関係ない。

 でなければ、成人した彼女を自らのものにしようとなんて思いませんよ。


 とはいえ、私が欲しいと思ったのは病に臥せっていた時の彼女だ。

 ええ、誕生日の後、数か月心の病を患っていたでしょう。私はあの時の王女が欲しかった。

 ……何故って……美しいと思ったからですよ。

 ええ、そうです。絶望し、闇を携えたあの瞳がとても美しく……ああ、欲しかったな……。



 え? ああ、アニスですか。

 五年ほど前ですね、うちのメイドの一人に薬草に詳しいものがいることに気づきましてね。試しにいくつか薬を作らせてみたら、これが中々使えそうで。

 それで思い付いたんですよ。今回の計画をね。



 ああ、美術館。あれも、王女のために作らせたものです。美しい王女を飾るための完璧な場所が欲しくてね。美術品を飾るなら美術館だ。

 私は芸術が好きですから、表向きにもちょうどいいと思いまして。


 そうです。あの部屋は王城のホールを再現しました。良くできていたでしょう。


 ふふ、地下牢と落とし穴ですか。ああ、いや、すいません。少しおかしくって。

 あれはちょっとしたお茶目と言いますか、面白いかなと思いましてね。

 今回の計画は正攻法がダメだった時のための予備策をいくつか準備していまして、あれもその一つです。

 まさか使うことになるとは……私の方が思いませんでしたよ。見かけによらず、王女は随分とお転婆な方だ。



 ああ、正攻法ですか。お話ししましょう。

 であればまずはサティバのことからお話ししなければいけませんね。

 ええ、聞き及んでいますよ。もうお捕まえになったとか。流石ですね。……ふふ、褒めただけです。他意はありませんよ。



 奴に会ったのはもう計画のほとんどが形になったころです。

 アニスの薬も完成し、美術館ももう開館を待つばかりとなった頃。事前にいくつか私の手足になってくれそうな空賊を調べていまして。その中でもサティバは手ごろな人材だった。


 大きすぎず、小さすぎないグループの頭で、ワンマンで粗暴。あくどく、プライドが高く頭が切れるように振る舞っているが、根っこはただの馬鹿な泥棒に過ぎない。

 どうです、御しやすそうでしょう?

 ふっ、まさか。正面切って手を組むわけがないでしょう。相手は意地汚いカラスですよ。いつこちらを裏切るかわかったものじゃない。


 ……ええ、お察しの通り。薬を使いました。酒に混ぜて、後は催眠術です。

 おや、馬鹿には出来ませんよ、催眠術。実際に貴方はその成果をご覧になっているはずだ。

 サティバは一度も私の名前を出していないでしょう。あれは隠しているのではないですよ。実際に奴の記憶には私に会ったことも、命令されていることもないことなのです。


 ああ、良いですよ。あとで解きましょうか、催眠術。……ふふ、一体どんな顔をするでしょうね? あのカラスは。少し楽しみです。



 ああ、そうですね。失礼、話が逸れました。

 そうしてサティバを意のままにし、王女を攫わせることにしたんです。


 そしてあの日、開館セレモニーということで王女を私の飛行船に乗せました。

 アニスに給仕をさせ、王女のワインに薬を入れた。

 私の飛行船の警護を増やすことで領地の空を手薄にさせ、サティバに襲わせる。

 少しはてこずるかと思いましたが、ここまでは上手くいきましたね。



 ああ、私が撃たれたと?

 あれは空砲ですよ、奴には銃を二つ持たせて、一丁は空砲にさせておきました。私をその銃で撃つように指示してね。

 私の飛行船での事件ですからね、撃たれるぐらいしなければ疑われるかと思ったものですから。

 ああ、血ですか。勿論、血のりですよ。痛いのは嫌いでね。


 本来ならそのままサティバが攫って、秘密裏に美術館に移送する予定でした。まあ、邪魔が入って結果失敗してしまったのですが。



 ……城でのこと、ですか。ああ、ウィロー大臣!

 ふふ、彼は許してあげてください。私の使い走りをしただけですから。本当に、偶然彼を使うことを思い付いただけですよ。


 昨日、たまたま大臣が見舞いに訪れましてね。この後王女に会うというものだから、薬で浸した花を持たせました。実はあの花が原材料でして。

 ええ、王女にプレゼントだと言えば、大臣はそれは嬉しそうにしてましたよ。必ず渡す、と。


 ……そんなの、単純ですよ。大臣に薬の匂いが効かなかったのは、彼の鼻に詰め物をしておいたからです。見た目からではわからない、ほんの小さなものをね。


 はははっ、失礼、くく……思い出しまして。

 これは王女へのプレゼントだから、その花の匂いも嗅がないようにしてくれ……そう言ったら、大臣は大真面目に頷いて……くくくっ。

 これなら王女に見えないだろうか、なんて言いながら鼻に詰め物を……あっははは!

 あーいや、あの時は本当、笑いをこらえるのが大変でした。



 失礼、話を戻しましょうか。

 それで、王女が精神をきたしてくれれば、今はまだ攫えなくともあの頃の王女は取り戻せるかと思ったんですよ。


 ああ、そうですね。王女は幻覚を見て恐怖に震えただけ、だったらしいですね。

 これに関しては、残念です。アニスですよ。あいつはわざと効果の薄いものを私に渡して使わせたんです。ワインに薬を混ぜた時もそうでした。

 全く、飼い犬に手を噛まれるとはこのことです。



 ああ、城に手引きした賊ですか。あれは使い捨て用です。

 最初に失敗した時点で、一度幕引きを考えないといけないとは思っていたんですよ。捜査が長引けば、私に手が伸びないとも限らない。


 だからサティバの仲間を一人潜入させて捕まえさせたんです。いくらなんでも王女を城から誘拐はできないでしょう。

 サティバを捕まえれば、犯人はサティバ一味でこの事件は終わり。私は機を伺ってまたチャンスを狙おうかと考えていました。


 まさか、次の日に獲物が自ら飛び込んでくるとは、ねえ。



 さて、今話すことはこれぐらいですか……え? 裁判? 私は裁判にかけられると?

 ……いえ、嫌だと言っているのではないですよ。

 王女に手を出したのですから、すぐに処刑かと思っていました。まさか私を裁判にかけていただけるとは……ふっ、わかってますよ。結果いかんでは処刑、ですよね?


 ですが裁判ということは、私にも少なからずチャンスがあるととらえていいのではないですか?

 ウォルフス家の総力をもって、生き延びられる方法を探ってみることにします。



 ふふ、勘違いしないで頂きたい。私は生に執着しているのではありません。実際、いつ死んでもいいと思っていました。

 昔からね、欲しいものは何でも手に入ってきた。そうなってくると何かに執着するということがなくなるのですよ。自分の命すらね。


 そんな私が出会ったのが、アナスタシア王女です。

 強烈に欲しいと思った。そして手に入らないものだと知った。そうなると、私の執着は止まらなかった。

 この十年、とても素晴らしい日々でした。何度彼女を想って眠れぬ夜を過ごしたか知れない。こんなこと初めてでしたよ。世界が色づくとはこのことですね。



 ……ええ、承知しています。私が欲した彼女はいない。

 ――ですが、貴方も聞いたでしょう? 王女の言った言葉を。

 彼女は彼女なんです。今も、昔も。


 ふふふふふ。ええ、罪は償いましょう。死ぬ以外でね。私はどうしても、彼女を見ていたい。彼女という存在が、私の執着そのものだ。



 おや、そう怖い顔をしなくとも。もう今回のようなことはしませんよ。

 それに、貴方は私が嫌いでしょうが、私は貴方が好きですよ。


 ……他意はないと言っているのに……ええ、ええ、わかりました。もう行きますよ……ああ、君、そう強く縄を引かないでくれ。痛いだろう。



 それでは、カイト・ウォリック隊長殿。ありがとう。貴方には最大の感謝を。

 ……ふふ、いいえ、他意はありませんよ。ただの、お礼です。

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