第25話 事件の推理は執事とともに
「レイヴン・バッキンガムが!」
「しっ! 声が大きいわよ!」
話を聞き終え、驚きで声を上げるウィスを慌てて止める。ウィスは声を抑えてくれたものの、不満そうにううむと唸った。
「奴といい、賊といい、この城の警備はもう少し固めないといけませんね」
「それは本当にそうなのだけど、とりあえずは伯爵よ」
それは私も思っていたことだ。王も王妃もその子供も住まう王城が、こうも賊の侵入を許してしまうとは、危ないにも程がある。そこは今後改善すべき課題だが、今急務なのはウォルフス伯爵だ。
「ベイン・ウォルフスには気をつけろ、ですか……」
「ええ、レイヴンは確かにそう言ったわ」
「やはり、奴は姫様を狙っているということなのでしょうか」
「そう考えるのが自然よね……でも理由がわからないのよ。だって伯爵は一昨日だって私をかばって撃たれているのよ? そんな人を気をつけろだなんて……」
レイヴンは恐らくだけど、その事を言うために城に侵入したのではないだろうか。そうでなければわざわざ私にそんな事を言う必要を感じない。
でも何を思って伯爵に気をつけろ、なんて言うのかが検討もつかないのだ。
ウィスと二人で首をひねるが、伯爵の何に気をつけるべきなのかがわからない。
思考が行き詰まりそうになった時、ウィスがぱんと手を打った。
「わ、なに、急に」
「こういうときは、思考をリセットしましょう。そして最初から考えるんです」
「最初?」
「姫様が攫われた時からですよ。そこから一連の事件は始まっているのですから」
「でも、事件と伯爵が関わっているとは……」
「姫様、最初に攫われたのはどこですか?」
まるでウィスは私に言って聞かせるように質問をする。ウィスが何を言いたいのかすぐに思い至ってしまい悔しいが、確かにウィスの考えは間違っていない。
「……伯爵の飛行船」
渋々言えば、ウィスはほれ見ろと言わんばかりに微笑んだ。
「まず伯爵が怪しいのはそこです。あの場にいたのは姫様以外全て伯爵側の人間で、何か細工をしようと思えばいくらでも出来ますから」
確かに、いつもは周りとの調和を重んじるような伯爵が、ウィスが飛行船に乗ろうとした時は断固として許さないような雰囲気を感じた。
だからあの時はこちらが折れて私一人で乗ったのだけど、あそこから伯爵の罠だったとしたら……。
「でも、みんな演技しているようには見えなかったけど……空賊が襲ってきたときだって、本当に怯えていたと思うわ……と言っても、その時の私は意識が朦朧としていて、良く覚えていないのだけど……」
あの時の船内を思い出しながら言えば、ウィスは身を乗り出すようにしてくってかかった。
「何ですかそれ! 初めて聞きましたよ!」
「え、ごめんなさい」
「意識が朦朧って何ですか? 何かされたんですか!」
突然のウィスの剣幕につい謝るが、それではウィスは止まらず、今にも伯爵のところに乗り込んで行きそうな勢いだ。なんとかどうどうと落ちつける。
「別に何もされてないわ。ただ食事中に凄く眠くなって、空賊が襲ってきた時に意識を失ってしまったのよ」
「意識を……?」
不審に感じたのだろう。ウィスの勢いは止まり考え込む。
その姿を見て、同じ話をしたときに考え込んでいたリードを思い出した。
「そういえば、その事をレイヴンの仲間の人に話したら、随分何かを考え込んでいて……伯爵は私が眠いのはワインのせいじゃないかって言ってたんだけど、でもそんなに飲んでなかったし、確かに変よね……」
「まさか、伯爵が何か飲み物に入れていたのでは?」
「うーん……そんなタイミングはなかったと思うけど……」
飛行船内の伯爵を思い出すが、彼はずっと私と話したり一緒に食事をしていて、何かを食事に仕込む隙なんてなかったはず。
「では他に、今日の会議では何か不審な点はありませんでしたか?」
「不審……別にいつもと何ら変わりなく大臣と話を――あ、」
昼過ぎの会議を思い出して、心当たりに声をあげる。パズルのピースが埋まったような気持ちで、ウィスに閃きを伝えた。
「ポプリよ」
「ポプリ?」
「大臣がね、私と会う前にウォルフス伯爵のお見舞いに行ったらしくて、その時に私へのプレゼントとしてポプリを預かっていたの」
「あの男、そんな呼息な事を!」
「いいから、聞いてちょうだい」
別の事で怒りだしそうなウィスを軽くあしらい、話を続ける。
「それで、その花は特殊らしくて、香りが短い時間しか持たないからということで、会議の間香りが届くように私の近くに置いておいたのよ」
私の説明に、ウィスも合点が言ったように声をあげた。
「その花の香りが何か幻覚を見せたり、不安感を煽るようなものだったとしたら!」
「誰もいなかった窓の外の人影も、私の異常な恐怖も、説明がつくわね」
「そのポプリは今どこに! すぐにその花の成分を調べれば……!」
ウィスはこれで解決だと言わんばかりだが、残念な事にもうそこは既に手が打たれてしまっているのだ。
私は首を振って答えた。
「それが、大臣は伯爵から会議が終わったら返すように言われていたらしくて、持ち帰ってしまったのよ……」
「では既に、もう伯爵の手に……」
「そうでしょうね……」
これでは、証拠がないため伯爵に捜査の手を及ばせる事が出来ない。今の話は全て私とウィスの推測であり、何も確証はないのだ。
けれどウィスは証拠のない事実こそが確証だと言う。
「益々怪しいですよ、証拠の隠滅に違いありません」
「でも、空賊はどうやって説明をつければいいのかしら? 彼らは私を身代金目的で攫ったと言っているのだから、伯爵は関係ないわ。それに伯爵は実際撃たれているし……」
伯爵は十分にお金を持っているのだから、何も私を攫って金を引き出す必要は全くない。
仮に空賊が伯爵の手下だったとして、彼らが伯爵の名前を出さずに庇ったりするだろうか? 庇うかも知れないが、そうじゃないかも知れない。
そんな危険な賭けにあの伯爵が乗るだろうか?
「空賊が庇う理由は分かりませんが……お互いがグルなら撃ったのは演技だった可能性があるはずです。伯爵は自領で治療を受けているのですから、その医者も伯爵の仲間だったのかも……」
「確かにその可能性はあるけど……伯爵が私を攫う理由もわからないわ」
お金が目的じゃないのなら、私を狙う理由はなんだろう。王女である私を狙う理由。そう考えた時、答えは一つだ。
「まさか、クーデター……?」
私を攫い人質にして、何か通したい要求があるのかも知れない。そうであれば大変だ。私自身では収まらず、国が関わる大事件だ。
だが、ウィスは慌てる私にそんな事はないと首を振った。
「あの計算高い伯爵の事です。もしクーデターを起こすつもりなら、空賊を使ったり姫様を攫わずに、もっと貴族連中に根回しをして裏から手を回し、盤石な体勢で行うことでしょう」
伯爵を褒めてるのか貶してるのかよく分からないフォローをし、ウィスはこの理由しかないと自身満々に言った。
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