第20話 告白と約束

 二人していっぱい泣いて泣き疲れて、目を腫らした私達は笑った。


「……ありがとな、」

「……私も、ありがとう」


 そうして笑い合っていると、急に飛竜がもふりと私に突撃してきた。


「わっ」


 頭をすりすりと私の顔に寄せて、くるくると喉を鳴らしている。男の子は微笑ましそうに笑った。


「こいつも、ありがとうって言ってる」


 応急処置や、果物や水の力で大分元気になったのだろう。最初に見つけた時とは比べ物にならないくらいの人懐っこさだ。


「私の方こそ、あの時信じてくれてありがとう」


 あの時この子が私を信じてくれなかったら、男の子やこの飛竜の怪我を処置することも、私が彼に助けられることもなかっただろう。

 怖かっただろうに、信じてくれて本当にありがとう。

 その気持ちも込めて、私はもふもふと飛竜を撫でた。飛竜も嬉しそうに鳴いてくれる。


「なぁ、お前の名前――」


 不意に、男の子が私に何か喋りかけたとき、茂みの向こうから大人達の騒がしい声が近付いて来た。


「王女! アナスタシア王女! どこにおられますか!」


 誰にも知らせずにここに来たから、きっと従者が探しているのだろう。それに私が部屋を出てから、きっと結構な時間が経っている。


「アナスタシア王女って……まさかお前……」


 男の子が名前を聞いて驚いた顔をする。

 何て言ったって、この国でアナスタシア王女と言えば王の娘以外にはいないのだから。

 でも今はそんな事に驚いている場合じゃない。彼は誰も呼ぶなと言ったのだから、きっと人に見つかってはいけない理由があるのだろう。


「早く逃げなきゃ見つかっちゃうよ! でも怪我は……」


 小声で問えば、男の子はしっかりと頷いた。


「俺達はもう大丈夫だ。このまま飛んで逃げれる」


 隣の飛竜も応えるようにくるると鳴いた。安心して私も頷く。


「気をつけてね」

「ああ」


 男の子は軽やかに飛竜に跨る。もう後は飛ぶだけ、となった時だった。


「なぁ、お前、アナスタシアっていうんだよな?」

「うん」

「アナ、お前が好きだ」

「……え?」


 突然ぶち込まれた告白に、私は固まる。

 彼はかっこ良くにっと笑うと、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「俺の名前は、」

「王女! ここにおられて――誰だ!」

「やべっ!」


 突然従者が茂みをかきわけて現れ、男の子と飛竜は慌てて飛び立つ。その最中、太陽のような金の瞳に真っ直ぐ私を映し、彼は笑って叫んだ。


「俺はお前を迎えに行く! 必ずだ!」


 高く飛び立つ彼に向かって、私も叫んだ。


「――待ってる!」


 そのまま男の子は遠く見えなくなってしまった。

 ――彼に私の声は届いただろうか。届いているといいな。私も貴方が好きだよ、という気持ちとともに、届いているといい。

 


 その後は、私は従者に保護され、適切な治療を受けて傷もすっかり治った。

 私を見た家族は、体の傷とぼろぼろの服と、私と男の子と飛竜の血で血だらけなのを見て何があったのかと慌てたが、私は丁寧に事を説明した。


 傷ついた男の子と飛竜がいた事。私は彼らの治療をした事。そして私もまた、彼らに救われたのだと言うことを。だからどうか、彼らを探さないで欲しいと伝えた。

 王城に侵入し、王女を傷つけた罰を、と最初両親は考えていたようだが、私の話を聞いて頷いてくれた。

 言わずもがな、家族はすぐに私の心境の変化に気付いてくれたのだ。


 それから私は、この世界を受け入れられるようになった。

 この世界は現実で、私も、みんなも生きていて、漫画には語られない、それぞれの人生がしっかりあるのだと。正に地に足がしっかりついた、という感じだ。

 そうして今の通り、漫画の部分もしっかり楽しんで、なおかつ自分の人生も楽しんでいる、というところだ。

 



「でも結局、その子にはそれ以来会えてないの……私はまだ、待ってるんだけどね」


 そう言って、自嘲気味に笑ってこの話を締めくくった。


 前世のことや、漫画の世界云々は丸ごと端折り、私がこの世界に疑問を持っていたこと、酷く落ち込んでいたこと、男の子との出会いを千鳥には話した。

 長い話に付き合ってくれた千鳥は私の話を聞きながら驚いたり悲しんだり、ハラハラドキドキと顔を百面相させて表情豊かに聞いてくれた。

 そして最後には……。


「もう、何で泣いているの?」

「だって……」


 ぼろぼろと涙を流したのだ。

 手で涙を拭う千鳥の手をとって、私はハンカチを頬に当てる。


「泣くほど悲しい話はしてないはずだけど?」


 確かに未だに初恋の男の子を待ち続け、今後行き遅れるかも知れない私のこれからを考えると泣けるかも知れないけど……。

 でも千鳥はそんな理由で泣いたのではないようで、涙を零しながら答えてくれた。


「だって、アナがそんなに悲しい気持ちだったことがあるなんて、知らなくて……それに、私もわかるの。もしかしたら、全部夢なんじゃないかって、気持ち……」


 ハッとした。確かに千鳥も違う世界から来たのだから、昔の私と同じような気持ちになってもおかしくない。でも私は、そんなこと全然考えてなかった。

 だって漫画の千鳥はいつも前向きで、この世界のことも戸惑ってはいたけどすんなり受け入れていたのだ。


 だから今の千鳥の言葉は思いもよらなかった。

 ここは現実で、それぞれの人生がある。そうわかっていたはずなのに、漫画の主人公というだけで千鳥の事を型にはめて考えてたんだ。

 千鳥も千鳥で、この世界で生きている一人の人間のはずなのに。そこには漫画では語られない千鳥の毎日があって、感情があるんだ。


 千鳥にも分かってほしい。この世界はちゃんとあるんだって事。私達はここで生きてるんだってこと。


「千鳥、」

「へ……」


 私は立ち上がり、座っている千鳥を抱きしめる。千鳥の涙は驚いて引っ込んだみたいだ。


「聞こえるでしょ?」


 千鳥は私の言いたい事が分かったらしい。きこえる、と小さく呟いて、また泣きだしてしまった。


「ごめんね、千鳥……ありがとう」


 悲しい気持ちに気付いてあげられなくて、ごめん。私のために泣いてくれて、ありがとう。友達になってくれて、ありがとう……。

 そうしてしばらく、私は泣く千鳥を抱きしめていたのだった。

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