第6話 絶対的ヒロイン
「オウルさん! さっきの商人も操縦士もいなくなってますー!」
「何っ! 姫さん、わりぃがちょっくら操縦してくる! 詳しい話は後で聞かせてくれっ」
「え、ええ」
リードも操縦士もいつの間にか逃げていたらしい。代わりに飛行船の操縦をする為にオウルは慌てて貨物室から出て行く。
「千鳥、姫さんと一緒に居てくれ」
「え、はいっ!」
出て行きながら、入って来た女の子にそう言って。
言われた女の子は私を見て、ぱちりと目が合う。すると何故かあわあわと慌てた後、意を決したように私に近付き膝を落とす。私の手を両手でぎゅっと握ると、キラキラとした目で口を開いた。
「お姫様って、凄く綺麗なんですね……!」
「……へ?」
まさか言われると思ってなかった言葉にぽかんとする。女の子も自分が言ったことにハッと気付き、慌てて頭を下げた。
「あっ! 急にごめんなさい……でも、私本物のお姫様って初めて見て! それで、想像してた以上に綺麗で、可愛くて、びっくりしちゃいました!」
えへへと照れて笑う彼女はまだ茫然とする私に気付き、少し考えた後居住まいを正して真っ直ぐに私を見つめた。
「自己紹介が遅れました! 私、
ポニーテールを揺らしてにこりと笑う彼女に、私の意識は遠のきそうになった。
ほげえええ! 可愛いいい!
大きな目に小さな顔!
揺れるポニーテール!
溌剌とした雰囲気に爽やかな笑顔!
どこをとっても可愛い! これが少女漫画主人公の風格! 絶対ヒロイン! ひいいい幸せえええ!
私は千鳥を凝視し、わなわなと震える。
そうなのだ。千鳥が、私が愛してやまない漫画「この空の中で」の主人公なのだ!
ついに一番会いたかった人に会えてしまった……。
何を隠そう、私が一番好きなキャラクターは千鳥なのだ。
元気で明るくて可愛くて、悲しいことや不安な事があってもめげずに頑張る。でも恋愛には不器用で鈍感で、そういうとこがきゅんきゅんするんだよなぁ。うんうん。
「あの、お姫様……?」
いつまでたっても何も言わない私を不審に思ったのだろう。千鳥が不思議そうに首を傾げた。
うぐっ可愛い!
だが不審がられるのも、私のこの暴れまくる心の内を知られて引かれてしまうのも本意ではない。努めて平静を装って王女らしく優雅に微笑んでおこう。
「ごめんなさい、初めて見かけた顔だったから、驚いてしまったの。私はアナスタシア・ウィンザーです。気軽にアナと呼んで、」
瞬間、ぐらりと、世界が揺れた。
「え」
いや、世界じゃない。飛行船が揺れたんだ。
大きく開かれた荷物搬入口のすぐそばに座っていた私は、衝突音とともに空へと体が落ちて行く。
――ああ、みんなが戦ってる中、うつつを抜かしてるから罰が当たったのかな……。それとも、初めて会った部下の女の子に愛称で呼ばせようなんてセクハラかましてるから、神様が怒ったのかも……。
掴む場所もなく、どうすることも出来ずに落ちて行く私。
「お姫様っ!」
だが、半ば諦めかけていた私の腕を千鳥が力強く握った。
「ちど、きゃあ!」
気付いた時には、千鳥と私の場所が逆転していた。千鳥が私を飛行船に引きもどし、反動で彼女は空に投げ出されたのだ。
「千鳥っ!」
落ちゆく千鳥に向かって叫ぶと、彼女は私を安心させるように微笑み、首にかけてあった笛を吹こうとする。千鳥は口笛練習中のため、笛を使って飛竜を呼んでいるのだ。
だがやはりまだファルコン一カ月目の千鳥である。戦闘や修羅場、ハプニングに慣れていない彼女は慌ててしまい、手から笛を落としてしまった。
「あっ!」
思わず私は声を上げる。千鳥が危ないから、ではない。この展開はっ!
私が思い出したのとほぼ同時、黒の飛竜が私の前を過ぎ去り急降下していく。
「レイヴン!」
レイヴンは千鳥に追いつくと、彼女の体をなんなく抱きとめた。
あ、これふわって効果音ついてるやつ……ふわふわが飛んでるやつ……!
「大丈夫か? お前、根性あるじゃねぇか」
「ありがとうございます……死ぬかと思った……!」
私が落ちそうになった時からレイヴンは見たのだろう。千鳥の健闘を称えると爽やかに笑った。千鳥も千鳥で顔が引きつってはいるが、安心から笑っている。
はーい作中屈指の出会いシーンありがとうございますっ!
敵なのにわざわざ全力で助けに行っちゃうレイヴンと素直にお礼を言っちゃう千鳥ホント可愛い。ここから始まるんだよなぁ……三角関係が!
「千鳥!」
「カイトさん!」
焦った様子のカイトが遅れて飛んで来て、距離をあけて止まる。レイヴンがいるから迂闊に近寄れないのだろう。苦々しい顔をしながらレイヴンを睨みつけた。
「……千鳥を離せ」
「へぇ、お前、千鳥っていうのか。珍しいなぁファルコンに女なんて」
「へっ! ああ、はい……?」
レイヴンはカイトを全く気にすることなく、千鳥に向かって話しかけた。流石の千鳥も困惑気味にレイヴンとカイトを交互に見ている。
「千鳥を離せと言っているんだっ!」
「あのなぁ、俺は千鳥を助けたんだ。それに、元はと言えばお前が俺を飛行船の方に投げ飛ばさなきゃ、こんなことになってねぇんだよ」
先ほど飛行船が揺れたのはレイヴンがぶつかったかららしい。カイトも痛いところをつかれたのか、何も言い返せずにいる。
カイトの見た目は品行方正な王子様のようだけど、その実性格と戦い方は超がつく肉体派だ。飛竜で飛竜を投げ飛ばす、なんて荒技もカイトならやってしまうだろう。
「あの……ずっとこうしてるのもあれなんで、飛行船に戻して頂けないでしょうか……?」
先に睨み合いに痺れを切らしたのは千鳥だった。おずおずと手を上げて発言すると、レイヴンは少し考えてにっかり笑った。
「駄目だ」
「へ」
「俺はこのままお前を連れて逃げる」
「ええ!」
「何を……!」
このレイヴンの発言にはカイトも驚き慌てて近寄ろうとする。だがレイヴンは千鳥の頭に銃を突きつけることで、カイトの動きを止めた。
「おっと動くな。こいつがどうなってもいいのか?」
「ひぃ!」
「こいつは人質だ。このまま俺を見逃せば、こいつは適当なところで無事に降ろしてやる。だが手をだせば……」
かちりと、銃の安全装置が外される。千鳥は怯えきって泣きそうだ。
「ひえええカイトさんっ」
「くっ!」
「ふはははっ! じゃあなカイト・ウォリック! レイヴン・バッキンガム様のお帰りだ!」
「ひえええ!」
レイヴンの高笑いと千鳥の悲痛な叫び声は高速で遠くなっていく。カイトは悔しそうに唇を噛んだ。
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