07 森を抜けて


SIDE:グレン



 やはり相当きつかったのだろう。

 メリアは横になった途端すぐに寝息を立て始めた。


 普段は実年齢よりも大人びて見えるが……こうして見ると年相応のあどけなさを感じる。


 ……っと。

 女性の寝顔をジロジロ見るなんて失礼だったな。


 しかし、無防備に寝顔を晒すのは信頼してくれてるのか、男として見てないだけなのか……悩ましいところだな。

 まあ、護衛レヴィもいるから安心してるのだろう。

 実際彼女を護るようにすぐそばに寄り添ってる。


 ちらっとこちらを見たのは、まさか俺のことを警戒してる訳ではないだろう。

 ……そう思いたい。




 さぁ、彼女に風邪を引かせるわけにはいかない。

 さっさと火を起こして暖を取ろう。




















SIDE:メリア



 私としたことが……いくら疲れていたとは言え完全に寝過ごしてしまうとは。


 既に日は昇り……森の中なので陽の光は届きにくいが、空はすっかり明るくなっている。



「ごめんなさい……ずっと起きていてくれたのよね」


「あれだけの力を使ったのですし、そのおかげで魔獣を撃退できたのですから。それくらいはさせてください」


「途中で起こしてくれれば良かったのに……あなたもまだ本調子ではなかったでしょう?」


 自分のせいではあるのだけど、そう言わずにはいられなかった。


「いえ、メリアのおかげでもう問題ありませんでしたし。昨夜の様子だと、あなたの方が十分な休息が必要そうでしたからね。しっかり休んで、その分取り戻せば良いんですよ」


「……そうね。では今日も頑張りましょうか。……ふふ、昨日と立場が逆になってしまったわね」


「そうですね」


 そう言って優しく微笑むその表情は、なかなか破壊力が抜群だね。

 彼は真面目な感じだけど、結構女の人を泣かせてるんじゃなかろうか?





 とにかく、少し出遅れた分は取り戻さないと。


 携帯食で軽く食事を取ったあと、早々に支度を整えて再び出発するのだった。













 その後は魔物に遭遇することもなく、順調に行程を消化し……日が中天に差し掛かる頃、ついに私達は森を抜けて草原に出ることが出来た。


「ふう……ようやく森を抜けたわね」


「ええ。まだ日が高いうちで良かったです。ここは……どのあたりでしょうか?」


 特にこの辺りには街道などはなく、広大無辺な大森林の外周部とあっては位置が掴みにくいでしょうね。


「ここから東に真っ直ぐ進めば、ブルームの街に出られるわ。あなた達も森に入る前に立ち寄ってるのよね」


「ええ、そうですね。すると、あと数刻には到着できそうですね」



 ブルームの街は、私も買い出しなどで1〜2ヶ月に一度くらいの割合で出掛けている、そこそこ大きな街だ。



 私が住む『魔女の森』は、とある事情によりどの国にも属さない土地だ。

 だが、森の外に出れば何れかの国の領土となる。


 この近辺は周辺国の中でも特に強国と言われるデルフィア王国の版図だ。

 その中でも、この森の周辺地域は辺境ではあるが、他の国と国境を接するわけでもなく比較的のんびりとした気風の土地である。


 時折、森の魔物が人里にまで出てきたりもするが、それが大きな被害を出すことは滅多にない。

 かつては大規模な暴走スタンピードが発生することもあったようだが……それもここ数百年は起きていない。


 魔境と言えども、森の浅い部分だったらそれほど危険はないため、豊かな森の恵みを求めて訪れる者もそれなりにいる。

 流石に私が住んでいる付近まで来る人は殆どいないけど。

 そして、更に森の深奥である中心部あたりは、まさに人跡未踏の魔境と言った様相を呈する。

 私達が遭遇したキマイラみたいな魔獣がゴロゴロしているのだ。

 そんなところまで行くのは、余程の勇者か……身の程知らずの馬鹿だけだろう。














 森を抜けた私達は、少し休憩を取ったあと街に向かって歩き始める。


 遮るものがなくなった初夏の陽射しが容赦なく照りつけていた。

 私は日に焼けるのを避けるため、外套を羽織ってフードを被っている。

 少し暑苦しく見えるが、空気は少しひんやりとしていて湿度も低いので見た目よりは快適である。


 そうは言っても、陽射しの中を歩いて行けば多少汗ばむくらいにはなるのだけど……日焼けするよりはマシだ。



「暑くは無いんですか?」


「少しだけね。でも、日焼けするよりはマシね。私、焼けると酷いことになるから……」


 碌なケアも無しに日焼けすると、殆ど火傷みたいになってしまうのだ。

 だから、外套の他にも自分で調合した日焼け止めなんかも塗っている。

 これは婆ちゃんのレシピではなく、私が長年研究を重ねて完成させた自慢の逸品だったりする。

 必要は発明の母だ。



「ところで……レヴィはそのまま連れて行くのですか?」


「ええ。たまに街まで一緒に行ってるし、問題ないわよ。ね?レヴィ」


「わうっ!!」


「ほら、コレもあるし……」


 そう言って、私は鞄からあるものを取り出してグレンに見せる。


「これは……ああ、もしかして従魔の首輪ですか?」


「そうよ。ちゃんとギルドに登録してある本物。だから問題なし」


 本来は調教師テイマーのスキルでテイムした魔物の目印として着けるものだが、レヴィは賢いので登録するときに私の命令に従順であるところを見せてあげたら問題なく登録できたのだ。



「なるほど。……そうすると、メリアはギルド員登録してるのですか?」


 そう聞かれたので、私は鞄からギルド証を取り出して見せる。


「ええ。はい、これ」


シルバーのギルド証……ということは、五星クィンティプル六星セクスタプルですか」


 ギルドのランクである『星』とギルド証の材質の関係は……


 一星シングル二星ダブル  ……アイアン

 三星トリプル四星クァドラプル  ……カッパー

 五星クィンティプル六星セクスタプル  ……シルバー

 七星セプタプル  ……ゴールド

 八星オクタプル  ……神鉄オリハルコン


 …となる。


「私は五星クィンティプルよ」


「その若さで……流石ですね」


「10歳の頃から細々と活動してたからね。こう見えてもベテランなのよ?」


 ギルドの登録には年齢制限は設けられてない。

 流石に10歳の女の子が一人で登録するのは問題視されて、その時には一悶着あったのだけど。

 私も婆ちゃんを亡くしたばかりで天涯孤独の身だったし、婆ちゃんの遺産があったとは言え、どうにかして生活の糧を得たいと言うのもあったので…実力行使せっとくして何とか登録してもらえたんだ。





 そんな風に、私の身の上の話をしたり、グレンの話も聞いたりしながら歩いていくと、やがて草原に刻まれた小道へと出た。


 街道と呼べるほどではないが、近隣の町村からブルームの街へと通じる道なので、そこそこ歩きやすくなっている。



 そして、その道を歩くこと数時間……日はかなり傾いてきているが、茜色に染まるにはまだ早いくらいの時間にブルームの街の外壁が見えてくるのだった。


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