第7話 いざ冒険へ

 新たな衣服を手に入れた休日の夜、ハルトは銃の改良に勤しみながら一人物思いに耽っていた。

 なぜ自分がこんな姿にされなければいけなかったのか。ループスが語っていた『庶民は上流階級に支配されて然るべき』という思想が強烈に脳裏に焼き付いている。

 

 元々この世界では庶民と上流階級の人間との身分格差が大きい。特に魔法使いの間ではそれが顕著で由緒のない庶民が正当な評価を得ることなどまず不可能であった。上流階級の魔法使いですら圧倒するほどの才覚を持ったハルトが例外中の例外だっただけである。

 そんな自分ですら嫉妬に駆られた上流階級の魔法使いに姿を変えられてしまったのだ。きっと他の庶民階級出身の魔法使いたちはより凄惨な目にあっているのだろう。

 この問題にどう立ち向かうべきか。ハルトの中から導き出された答えは一つであった。


 「俺がこの世界を変える」


 ハルトが導き出した答え。それは自分の力で上流階級による庶民階級への差別が生まれない世界に作り変えることであった。

 それは果てしなく不可能に近い難題だった。しかし彼女にはそれができるような根拠のない自信にあふれていた。むしろ自分にしかできないことだとまで思い込んでいた。


 何をすればそれが達成できるのかはまるでわからない。だが何か行動を起こしたい。外へと飛び出したいという意欲が高まっていた。

 自分をこの姿に変えたループスにはすでに報復を完了している。自分の正体などこの学校の誰にも信じてもらえそうにない。当然これ以上は授業を受けられないし、学校にいても得られるものはない。

 となればハルトが次にやることは明白であった。


 ハルトは作業をいったん切り上げ、思い付きで冒険の準備を始めた。

 着替えを数着、寝癖直し用のブラシ、防塵と遮光機能を備えたゴーグル、護身用の銃、機械いじり用の工具の数々。どれも彼女にとっては手放せないものの数々である。


 「入らん……」


 これだけのものを自分一人で持ち運ぶにはやはり限界があった。重すぎて自力では持ち運べないし、そもそも鞄一つに収まる量ではない。昼間のようにループスを連れまわして荷物持ちをさせるのは流石に彼女の中の良心が引き留めた。

 自力でこれだけのものを運び歩くにはどうすればいいか。荷物を見ながら悩むこと数分、ハルトは耳をピコンと跳ね上げて閃いた。

 ハルトの思い付いた案は縮小化の魔法をかけて荷物を無理やり持ち運べるサイズに変えることであった。小さく軽くすることで自分でも持ち運べる。使う時になったら元の大きさに戻せばいい。そう考えたハルトは魔法をかけて荷物を縮小すると次々にそれを鞄の中へと押し込んだ。


 

 そして翌朝、ハルトは冒険への想いを胸に飛び起きた。昨日のように髪も、耳も、尻尾も寝癖でボサボサになっていた。

 早速ブラシを取り出し、昨日のようにブラッシングを行う。


 「んっ……」


 やはり自分の耳と尻尾にブラシをかける感覚はなんともしがたい。苦痛ではないが反射的に身体がそれを拒んでしまう。自分でやるから加減がきくのがせめてもの救いである。もう少し楽に寝癖を直す方法を探さなければ、そう思わずにはいられない。


 ブラッシングを終えたハルトは寝間着から新たな普段着へと着替えた。

 

 「我ながらかわいく見えるな」


 鏡を見たハルトは改めて自分の外見を褒めちぎった。外面がかわいく見えるように作ったことだけは素直にループスに感謝していた。 

 ゴーグルを装着し、荷物がぎっしりと詰まった肩掛け鞄を斜め掛け、そしてベルトの右側に即席で作ったホルスターに銃をひっかけた。いよいよ準備万端となったハルトはそのまま勢いよく寮を飛び出した。


 校門を飛び出したハルトが真っ先に向かったのは街にある郵便屋だった。

 目的は一つ。故郷に住む両親に仕送りを打ち切るように具申し、その理由を簡潔に記した手紙を送ることであった。無断で学校を事実上退学することになったのに対して少なからず罪悪感こそあったが今の自分にはどうにもできないことであった。

 

 「これをプリモの町に住むアイム家に届けてくれ」


 アイム家、それはハルトが元々持つ家名であった。姿が変わってしまい、血のつながりも証明できなくなった今となってはもう過去の遺物である。きっと両親も自分の姿をみてもこれが息子だとは信じない。

 ハルトは餞別と称してループスの財布からくすねた金の中から利用料を払い、郵便屋に手紙を託した。これでいよいよ冒険の準備が完了した。もう今度こそやり残したことはない。


 学校への未練がなくなったハルトは初めて一人で歩く街並みを見回しながら今後自分が名乗る名前について考えていた。

 初日に咄嗟にハルトと名乗ったものの、姓までは考えておくべきである。どうせなら自分だけの姓を名乗って特別感を出したかった。

 歩きながら考え続け、ハルトはこれから自分が名乗る名を改めて決めた。


 「よし、今から俺の名は『ハルト・ルナールブラン』だ」


 『ハルト・ルナールブラン』

 過去の名前と身体を捨て去り、これからはその名を持つ人間として第二の人生を送っていくことを誓った。

 世界のどこを探しても見つからない、自分だけが持つ特別な名にハルトは誇りすら感じた。


 

 そしてこれが、後世に稀代の天才として名を残す狐の魔法少女の冒険の始まりの瞬間であった。

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