第4話 ループスへの報復

 興奮が醒め、冷静さを取り戻したハルトはループスの動向を追うことにした。それは万年主席の自分と次席のループス、どちらが上なのかをわからせるための報復の始まりだった。

 元々ハルトの中には日頃ループスから受けてきた嫌がらせに対する鬱憤が少なからず蓄積していた。やり返すだけ無駄と考え、無視に近い形であしらってはいたもののそれでも鼻につくものがあった。だがこれも今回で終わる。そう思うとハルトは報復の瞬間が楽しみでならなかった。


 ハルトは授業が終わる時間を待った。ループスは放課後になると嫌がらせのために毎日のように取り巻きを連れて自室へとやってくる。もし実行犯が彼であれば今日もやってくるに違いない。こちらが姿を見せなければ戻ってくるまでふてぶてしく振舞いながら待ち続けるだろう。そして彼が今回の実行犯だとすれば必ず取り巻きとの会話の中でボロを出す。

 数年に渡る嫌がらせを受け続ける中で彼の行動パターンを理解したハルトは銃のメンテナンスをしながら時間を潰した。推進力に使用する魔力の補充、新たな弾丸の製造など実験を通して得た新たな着想が次々と沸き起こる。


 「これ、もっと撃てる数増やせねえかな……」


 ハルトは開発した銃の欠陥に気づいた。詠唱を省略して魔法を行使できるようにするというコンセプトは見事に達成された。しかしまだ試作とはいえ装填数がたったの一発しかない。一発ごとにリロードを経由しなければ使用できないのは効率的ではなかった。

 それに加えて空になった弾薬を排出しなければ次の弾が撃てないことも問題であった。一発ごとに排出、再装填をしなければいけないことも取り回しの悪さに拍車をかけている。

 それらに改良を加えるべく、ハルトは白紙を広げて改良型の設計に差し掛かった。

 装填数を一発から二発に、より簡易的に弾薬を排出できる機構の追加……それらを盛り込んだ新たな銃の設計図を書き起こしている内にあっという間に時が流れた。


 一日の授業の終わりを告げる鐘がなった。

 ループスは必ずここへ来る。そう確信したハルトは銃に新たな弾薬を込めた。まだまだ欠陥も多い試作品とはいえ、威嚇や実力行使の道具としては十分すぎるほどの代物であることに間違いはなかった。

  

 鐘が鳴ってから十数分、生徒たちのものと思わしきたくさんの足音が聞こえてくる。狐の聴覚を得たからか、ハルトの耳には遠くからの小さな音が以前より鮮明に聞こえるようになっていた。

 そんな中から三、四人程度の足音がこちらの部屋に近づいてくるのがわかった。その足音がループスたちのものであることを確信したハルトは影隠れの魔法でベッドの下の影に溶け込み、息を殺した。


 影に潜んで数十秒後、わざとらしい大きな音を立ててハルトの部屋のドアが開かれた。

 音の主などわざわざ見るまでもない、ループスが自室を訪れるときに決まって行う典型的なパターンであった。

 

 「アイツいねえな。てっきりあんな姿にされたらビビッて寮に引きこもってると思ったが」

 「こんなところにいられなくなって今頃失踪してたりしてな」

 「アーッハッハッハッハッハ!!」


 ループスはすぐにボロを出した。それと同時に自分を変異させた張本人が彼であることが確定し、ハルトの報復を受けることが決定した。

 

 「アイツいなかったら反応が見れなくてつまんねえよ。探しに行くか?」

 「おっ、狐狩りか。いいねぇ」

 「庶民は俺たち上流階級の下にいるべきだってことをわからせてやろうぜ」


 ループスは取り巻きとの会話の中で大口をたたく。この後わからされるのはそちらなのに。思わずそう言いそうになるのを堪えてハルトはループスたちがその場からいなくなるのを待った。


 「よっしゃ、じゃあアイツ探しに行こうぜ」

 「俺は寮内を探す。お前たちは校舎と外を手分けして探せ」


 ループスは取り巻きの二人に指示を出した。それはハルトにとってはループスが一人になるタイミングでの報復を狙える絶対的なチャンスであった。

 自室に誰もいなくなったのを見計らい、ハルトは影隠れを解いてベッドの影から這い出た。ループスの足音を追い、ループスの視界に映らないように先回りするようにある場所へと向かった。

 寮内を駆け抜ける中でハルトは言葉では言い表せないような快感を覚えた。身体が思い描いたとおりに動く。それが楽しくて仕方がなかった。

 目にも止まらぬ速さで駆け抜け、ハルトは目的地であるループスの寮室へとたどり着いた。


 先に寮室へとたどり着いたハルトはループスの足音に聞き耳を立てながら彼が戻ってくるのを待った。

 足音が大きくなってくるにつれ、これから先に起こる出来事を想像して口元に笑みが浮かぶ。

 待ち構えること数分、ループスが意気揚々と自室の扉を開けた。


 「……は?」


 ループスは絶句した。それも当然、屈辱を与えるための嫌がらせを受けた当事者が気にも留めていないように悠々とこちらを待ち構えていたからであった。

 普段通りであればあちらから出向いてくるようなことはまずなかったのもあり、状況が理解不能であった。


 「遅かったなループス。俺を探してるようだったからこっちから出向いてきてやったぜ」


 ハルトは机の上に腰を下ろし、足を組みながらループスに声をかけた。飄々とした立ち回りの中からにじみ出るすさまじい圧にループスは無意識のうちに気圧されていた。


 「座れよ。二人でじっくり話をしよう」


 ハルトは魔法で椅子の位置を変え、ループスにそこへ座るように催促をかけた。謎の圧に押されるがままにループスを椅子に腰を下ろす。


 「話は聞いたぜ。お前が俺をこんな姿にしたんだってな」


 ハルトは自分の耳をいじりながらループスを睨みつけた。どこからそれを聞いていたのかと得体の知れない恐怖を感じつつもループスはそれを押し殺した。


 「ああそうだ。どうよ、いかにもか弱そうな狐女にされた感想は」


 ループスはあくまで自分が上であるという姿勢を崩さずに答えた。自分こそが上であり、正面の相手に負けたくないというプライドが彼に虚勢を張らせ続けた。


 「最高だ。おかげで俺がお前に負けることはないって自覚できたんだからな」


 ハルトはループスが望んだ反応とは真逆の返事を返した。そこにはループスの神経を見事に逆撫でするキーワードが盛り込まれていた。

 

 「……なんだと?」

 「もう一度言ってやろうか。『お前は俺には勝てない』」


 ハルトはループスが絶対に言われなくないであろう言葉をわざわざ言い直し、挑発するように尻尾を振った。

 軽々と一線を越えた発言に激昂したループスは感情的にハルトに殴りかかろうとするがハルトはそれを余裕で躱し、跳躍で頭上を通り越して背後を取った。


 「おいおい。女の俺を殴るのは男としてなっちゃねえぞ」

 「黙れ!お前は男だろうが!」

 「でも今の身体はれっきとした女の子だぜ?パンツの中見て確かめてみるか?」


 ハルトは自分のスカートの裾をつまみ上げながら口八百にループスを煽り立てた。挑発にまんまと乗せられてループスの顔はみるみるうちに赤くなり、握り拳をブルブルと震わせた。


 「手を出さずにいれば次から次へと癪に障ることを言いやがってェ!」

 「俺はそれに何年も耐えてきたんだから今日ぐらい許してくれよ」


 ハルトは軽口を叩きながら懐から銃を取り出すと、その銃口をループスへと向けた。得体の知れないものを向けられたループスは思わず本能的に立ち止まる。


 「昼休みにすっげえ爆発があったのはお前も知ってるよな?もしそれを引き起こしたのがこれだって言ったらどうする?」


 ハルトはそう言いながら引き金に手をかけた。怒りに飲まれていたループスの表情が一気に絶望へと塗り替えられていく。

 認めたくはないものの、ハルトの魔力と機械いじりの腕があればそれを引き起こすことが不可能ではないということはループスも曲りなりに理解できてしまった。

 

 「この指を引くだけで発動できちゃんだけどさ。今ここでそれやったらお前はどうなっちゃうのかなぁ」


 ハルトは舌なめずりをしながらゆっくりと引き金にかけた指を内側へと動かした。ループスに今から逃げることなどできるはずもなく、防御の魔法を詠唱しようとしても当然間に合わない。昼間の規模の爆発に巻き込まれようものなら塵芥も残らず消し飛ばされることは明白であった。


 「命が惜しかったら両手を上げて膝をつきな」

 「クッ、クソが……」


 ループスは嫌でも自分の負けを認めざるを得なかった。ハルトの要求をのみ、嫌々ながら両手を上げて膝をついた。ハルトはこの滑稽な様子が楽しくてならなかった。


 「なんでこんなことをしたんだ?」


 ハルトはループスの後頭部に銃口を押し当てながら尋問した。返答次第では引き金を引くことも辞さないつもりであった。

 

 「お前に最大の屈辱を与えてやりたかった。女のガキにしてやれば力で負けることはできないだろうし、狐にしてやれば嫌でも目立つ。庶民のお前は上流階級の俺たちに屈服させられてしかるべきなんだと思わせてやりたかったんだよ」


 あまりにも予想通りの回答にハルトは怒りを通り越して呆れてしまった。あまりにもくだらないエゴに巻き込まれた自分を憐れまずにはいられない。


 「お前さえいなければ俺がこの学校で一番になれる。だからお前を排除したくて仕方がなかったんだよ」

 「俺がいなくなったところでお前は一番になれねえよ。俺に一度たりとも勝てなかったっていう事実がつきまとってくるだけだぞ」


 ハルトは現実を突きつけた。もしそうなってループスが一位になったとしても彼には永遠の二番手という肩書がつきまとう。

 それに彼のやりかたでは自分が何も変わらない。自分が一番でなくなれば何度でも同じことを繰り返すだけであった。


 「で、元に戻せるの?」

 「……できない」


 ループスのあまりにも無責任な一言によってハルトは一生このままの姿でいなければならないことが確定した。変身魔法はそれをかけたものしか説くことはできない。しかし当の本人がそう言っている以上、二度と元の姿を取り戻すことができないのだ。


 「やっぱり引いちゃおっかなー」

 「うわあああああああああ許してくださいいいいいいいいいい!!」


 ハルトが引き金に再び手をかけるとループスは額を床にたたきつけ、謝罪の言葉を力の限りに叫んだ。しかしハルトには彼を許すつもりなど毛頭ない。このまま彼の尊厳をズタズタにして再起不能になるまで追い詰めるつもりであった。


 「愉快だなぁ。わからせるつもりで俺を女にしたのに逆に女の俺にわからされちまうなんてなぁ」


 ハルトはループスに追い打ちをかけた。実力で屈服させられている以上、ループスはただその言葉を受け入れることしかできなかった。


 「なあ、今から言うことをしてくれたらこの場は見逃してやってもいいぞ」

 「な、なんだ!?なんでも言ってくれ」

 「今から購買でなんでもいいからパン買ってこい。昼食取ってなくて腹が減ってるんだよ」


 ハルトの要求は所謂パシリである。それはループスに対して自分の下僕になれと突きつけるのも同義であった。

 実力の差を見せつけられ、さらに己の尊厳もズタズタにされた上に生殺与奪の権も握られてしまった今のループスはただそれに従うしかなかった。


 「逃げたらどうなるかわかってるな?今すぐ行けよ」


 ハルトが己の手甲で銃身を打ち鳴らして圧をかけるとループスは大慌てで自室を飛び出していった。もはや蹂躙としか言えないほどの完全勝利、数年分の鬱憤を一気に晴らしたハルトはこれまで体験したことがないほどのカタルシスを感じていた。


 「使い走り。一度やらせてみたかったんだよなー」


 報復を終えたハルトは勝利の余韻に浸りながらループスが戻ってくるのを悠長に待つのであった。

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