#7:狙撃手の正体

 銃声が、辺り一帯に轟く。

 少年は側頭部を撃ち抜かれ、その場に膝をつく。

 遅かっ――――ん?

 側頭部?

 思考が一瞬止まる。

 再起動。

 まとまらない考えが濁流のように押し寄せてくる。

 少年は影本と相対していた。正面からだ。影本が銃を撃ったなら、正面から弾丸を受けることになる。なのに側頭部に被弾した?

 影本がわざわざ側面に回ってから銃を撃った? それはない。やつの腕は俺が取っている。やつはこの場から動けない。

 というか……影本の銃は発砲されていない。もしやつの銃が撃たれていたのなら、反動を俺も感じていたはずだ。それに硝煙の臭いもない。

 誰か別のやつが撃った……レイシスト集団の中から? いや、だとしても位置関係がおかしいし、硝煙の臭いがしないということは近距離からの発砲ではない……。

 再び、射撃音。

 倒れかかった少年のわき腹を弾丸が貫いた。血の入った袋であるかのように、少年は倒れ辺りに血をまき散らした。

 一帯が騒然とする。悲鳴と怒号に包まれる。

「おい、どうなっている!」

 天竺が無線に呼びかける。

「狙撃地点は? 人はいない? じゃあどこから……」

 混乱しつつも、天竺は影本を引っ張り正門の影へ連れて行く。根津もあわただしく後に続く。

 三発目の銃声。俺から少し離れた地面で何かが弾けた。

 そのとき、きらりと光るものが視界の端に映った。

 それは、校舎の方向。

「な……」

 校舎三階。そこにきらりと光るものがあった。きっと、狙撃用スコープが日光を反射しているのだ。そういうことが起こるとは聞いていたが、いざ実際に見ると、なるほど目立つ。シモ・ヘイヘがスコープを嫌ったわけだ。

 とかなんとか。

 そんなことを考えている場合じゃないのに後から気づく。

 俺の足元に弾丸が届いたということは。

 狙いは……。

 四発目の銃声。

気づくと俺は横合いから何かに強く押されて、吹き飛んでいた。

「ぐへっ」

 情けない声を出して地面に転がる。

「無事ですか、所長代理!」

 見ると、俺を押したのは彼女だった。銀色の髪をなびかせ、すぐそばに彼女も転がってくる。

「狙撃手は校舎三階からこちらを狙っています。この位置なら正門が遮蔽物になって銃弾は届きません」

「ああ……俺も見た。スコープの反射光ってやつで分かった。まさか君の言ったとおりになるとはな。犯人が校舎に潜伏するとは……」

「いや、ちょっと待てお前さんら」

 天竺たちが近づいてくる。

「オレたちもあり得ないとは思いつつその可能性は検討した。念のため高校の出入り口には人を立たせてある。もし怪しいやつが校舎に侵入しようとしていたら、気づいている」

「だったら、怪しくないやつが紛れ込んでたんでしょうよ」

 俺と彼女は立ち上がり、駆けだす。目的は当然、狙撃の阻止である。銃声はまだ響いていて、犯人が射撃を止めていないのが分かる。このままだと被害が広がりかねない。正門からは狙われるので入れないから、裏から回って校舎に入ろう。

「怪しくないやつ?」

 天竺と根津も俺たちについてくる。

「チェスタトンを知らないんですか。警備をするとき、人は無意識に怪しい相手と怪しくない相手を区別して、後者をスルーしてしまう。今回の場合、犯人が学校関係者――それこそ生徒とかだったら、そのまま警備はスルーしていたでしょう」

「その可能性は否定できないが……すると犯人は学生か?」

「影本を見れば分かる通り、高校生なら銃が買えますからね」

 拳銃とライフル。殺傷能力はライフルの方が高いが、実は厳しく取り締まられるのはどちらかというと拳銃の方だ。アメリカは州ごとに銃規制の法律が異なるが、ライフルより拳銃の方が入手が難しく、年齢制限も厳しいことが多い。拳銃は隠し持つことができる分、犯罪に利用しやすいからだろう。まあ銃乱射事件を起こす犯人にはライフルがあれば十分だし、人から譲り受ける形で拳銃を手に入れるケースもままあるんだが。

 日本はそのあたり、アメリカの規制をまったく参考にしていない。拳銃もライフルもショットガンも、一律で十六歳以上になれば購入できる。むろん軍用の攻撃力の高い銃や弾丸、アクセサリ類は警察か軍、PMC、あるいは俺のように特別な銃所持の許可証を持つ探偵しか所有することはできないが……。法律なんてのはいくらでも抜け道がある。銃による犯罪を問題視するなら、そもそも銃を流通させてはいけないのだ。

「裏口を警備している刑事を向かわせますか?」

 根津が天竺に尋ねる。

「いや……連中には引き続き警備させろ。特に学校の敷地を出ようとするやつは誰であっても引き留めさせろ!」

「でも銃声で混乱した生徒が飛び出してきたら……」

「それは大丈夫だ。こういうとき、学校には銃撃事件用の避難マニュアルがあって、それに沿った訓練もしているはずだ。教師がきちんと生徒を統率していれば、混乱はない」

 天竺の言ったことは当たっていた。校舎内に侵入すると、生徒たちは軽くパニックを起こして騒いでいたが、混乱して飛び出したりすることはせず、教室で大人しくしていた。こっちが廊下を移動するのに苦労はなかった。

「しかし三階といっても、どこから上るのか……」

「こっちです」

 俺が三人を先導して前に進む。

「探偵、お前さん校舎の構造を知ってるのか」

「ええ。教頭に頼んで見取り図はもらってました。正門で襲撃された影本を校舎内へ逃がすときに地図を覚えていた方がいいだろうと思って。まさか犯人を追いかけるのに使う羽目になるとは……!」

 三階は理科室などの特別教室がある。スコープの光ったのはその中のひとつ、音楽室だ。位置は覚えている。

 銃声は引き続き聞こえる。犯人は動いていない。

 それにしても……妙だな。

 なぜ犯人は一発目から影本を狙わなかった? どうしてカウンターの少年を? 単に狙いが逸れただけだろうか。いや、だったら二発目はどう説明する。同じ目標に二発当てている。故意ならそれなりの腕があることになるが、もし二発とも本来の狙いを外した結果だとすると、あまりに腕が悪い。少なくとも、狙撃で殺してやると息巻いていた犯人の腕前じゃない。そもそも……どんなに腕が悪くたって、一発目を外したなら二発目は何らかの軌道修正があってしかるべきだ。照準を調整すれば、二発目は少なくとも別のところへ飛ぶ。二発も少年に当てているというは腕が悪いのではなく、やはり少年を意図的に狙って……。

 そうすると、犯人は……。

「見えた、音楽室だ! そこに犯人がいる」

「先行します」

 銀色の影が突風のように突き抜けていった。一歩遅れて、俺も音楽室に突入する。相手は銃で武装しているが、とにかく突入して狙撃を止めさせなければならない。その後のことは、まず狙撃を止めてから考えるしかない。

「なんだ?」

 呑気な声を出して、犯人がこっちを見る。

 犯人は男子高校生。しかも三人組だった。連中はライフルを窓から出して外を狙っていたが、こっちに気づいて振り返った。足元には他にもライフル銃がいくつかと、拳銃も転がっている。

 ずいぶん持ち込んだようだ。大荷物だっただろうに、警察はこれを見落としたのか。あるいは前日から搬入していたのか。

「うっぜえ。邪魔すんなよ……」

 男子学生のひとりが、腰から拳銃を引き抜こうとしたとき。

 既に彼女は、肉薄していた。

 勢いそのままにタックルでぶつかり、その男子高校生を弾き飛ばした。

「な……」

 あまりに唐突な暴力。一方的に人を撃っていた連中には理解が追い付かない。

「お前……」

 もうひとりががむしゃらにとびかかろうとする。そこへ彼女は着ていたフライトジャケットを放り投げて顔を覆い、目隠しにしてしまう。

「この……」

 残るひとりがライフルを向けるが、それより素早く少女は何かをポケットから取り出すとそいつの眼前に突き出した。

 それは鉛筆だった。

「がっ……!」

 鉛筆が右目に突き刺さる。驚愕のあまり悲鳴も出なかったが、さらに追い打ちがかかる。

 少女は鉛筆の刺さった男子高校生の後頭部を掴むと、床に勢いよく叩きつけた。

「…………っ!」

 悲鳴は出なかった。鉛筆が床に押されて眼球からさらに脳髄へ、ちょうど釘がハンマーで押し込まれる要領で突き刺さったのが分かる。

「くそがっ!」

 タックルで吹っ飛ばされていた男子高校生は、壁を背に立ち上がりながら、拳銃を構え直そうとする。だが少女が無造作に足を払うと、拳銃が手から弾かれて床に転がってしまう。

 少女は素早く鉛筆を死んだ少年の頭から引き抜く。銃を弾かれた彼は両手を広げて挑みかかっていく。が、今度は耳の穴へ鉛筆が突き立てられる。

「があああっ!」

 倒れた男子高校生に一瞥をくれると、また鉛筆を引き抜く。そして上から足を垂直に落とすストンピングで顎を砕いた。顎の関節が外れ、骨の砕ける嫌な音が教室に響く。

「ひっ……」

 被せられていたジャケットをようやく取り払った最後の少年は、惨状を見て息を飲んだ。そのまま後ずさりして、逃げようとする。

 それを彼女は見逃さない。

 及び腰になっている少年へ手早く近づくと、頭を掴んだ。鉛筆をうなじに突き立て、壁際まで押しやる。鉛筆は壁に突き立てられ、そのままうなじに刺さる。

「やめ、やめ……」

 それ以上先は、言葉が出なかった。

 少女はこぶしでガンガンと少年の頭を叩いていく。そのたびに壁に突き立てられ固定された鉛筆がうなじへ深く深く刺さっていく。先ほど、目玉を鉛筆で貫いたのと同じことを今度は壁でやっている。だがさっきよりは勢いが弱いせいか、少女は何度も叩きつけてようやく致命傷に足るだけの深さまで鉛筆を突き立てることができたらしい。

「…………」

 少年は倒れた。少女は鉛筆を抜こうとしたが、さすがにうなじの、脊椎と脊椎の間に刺さったものは抜けなくなっていた。血でべったりと汚れて、滑りやすくもなっていたし。

 少女の顔と、着ていた白いニットはまだらに返り血を浴びていた。少女は袖でごしごしと口元についた血を拭っていた。

「………………」

 その口元は、わずかに緩んでいる。

 俺には一瞬、そう見えた。それは幻覚だったかもしれない。あるいは単に瞬発的な運動で息が上がって、口で呼吸をしていただけとか。たぶんそういうことなのだろう。瞬きをする間に、彼女の表情はいつも通り、何も読み取れない無機質なものになっていた。

 三人を殺したにも関わらず、少女は平然としていた。

「申し訳ありません、所長代理」

 こっちを見て、彼女は言う。

「手間取りました。それから、借りていた鉛筆を損耗しました」

「いや……それはいい」

 ようやく、俺はそれだけ言った。少しして、怪我をしてないか聞くべきだったと思ったが、それより先に事態は動いた。

「がっ……がっ……」

 耳を鉛筆で貫かれ、顎を砕かれた少年はまだ生きていた。いや、ともするとあと少しで死ぬか。

「尋問を行いますか?」

「いや、顎を砕かれていたら話もできないだろう」

「分かりました」

 言って。

 少女は落ちていた拳銃を拾い上げると。

 なんのためらいもなく少年の頭部に向かって三発、発砲した。

 間違いなくこれで、全員死んだ。

「訓練は怠っていないつもりでしたが……」

 少女は呟く。

「やはり一年ほど捕虜だったので、衰えました」

「いや……待て待て!」

 根津が怒ったように少女に挑みかかる。

「何やってんだお前は!」

「敵を排除しました」

「そうじゃないだろ。なんで殺したんだよ!」

「危険性の高い敵でしたので排除を優先しました」

「だから…………!」

「根津、もういい」

 天竺が宥める。

「確かに殺したのは問題だが、連中は多くの銃を持っていた。下手に拘束しようと手加減したら撃ち合いになってこっちも相当被害が出たかもしれん。最善ではないが、そこのお嬢ちゃんがやったのは悪くない手だったよ」

「…………」

 警察がそれを言っていいのだろうかと俺は思った。まあ彼女の手綱を握る責任は俺にあって、それを果たせなかった以上俺には何も言えないのだが。

 彼女の行動はあまりに自然だった。水が高いところから低いところへ流れるのと同じくらいには。だから止めるタイミングを失った。

「元少年兵つっても、やりすぎじゃないですかねえ」

「それは思った」

 根津のぼやきに天竺が同調する。

「探偵……。このお嬢ちゃん、ただもんじゃねえだろ。鉛筆一本で三人殺しちまった。ただの少年兵じゃないな?」

「ええ、まあそうですね」

 レオンのやつがどんな指導を彼女にしたのかは定かではない。だが、経歴だけ見ても、彼女は普通じゃない。

「彼女はロシア系に限りなく近いですが、正確には出身はロシアじゃないんですよ」

「ほう?」

「チェチェン共和国」

 ロシアの同盟国……というか実質属国。だから厳密には彼女はロシア系とは言い難いが、ロシア系と表現するのもそう間違いじゃない。

「彼女はチェチェンの虐殺部隊の出身だそうです。兵士から民間人まで、ロシアが殺せと命令した相手は殺す汚れ役ダーティワーカー。幼いころからそんなところで兵士として教育を受けたのが彼女です。捨て駒の少年兵ではありますが、捨て駒としての意味合いが違う」

 少年兵は普通、大した訓練もなく銃を持たせて戦場に送られる。いわば血肉の通った銃座、あるいはほんの数瞬敵の注意を引き付ける肉盾として使われる。そういう意味での捨て駒。だが彼女は、もっと別の意味での捨て駒だ。

 能力は高い。仕事ができる。その仕事は非人道的で非正規的。ゆえにもし彼女に何かあっても、国や組織は知らぬ存ぜぬを貫く。そのための捨て駒。使うだけ使って、面倒になったら切り捨てるトカゲのしっぽだ。

 政治家にとっての秘書みたいなものだと思えば分かりやすい。有能で忠誠心があり、捨てるに惜しくない駒としての人材。それが彼女だ。

 レオンはそういうのを、何人も育てていたのだろう。彼女が最高傑作クラスなのか、それとも凡作クラスなのかは分からないが。

 彼女レベルがごろごろいてほしくはないけどな。

「チェチェンか……。東欧じゃだいぶやらかしたって聞いてたが、樺太にもいたのか」

「樺太にはごく少数が配属されていました」

 事務的に彼女が根津に答える。

「督戦隊として兵士の管理をするのを主な仕事にしていました。場合によっては前線へ出ることもあります」

「とくせん……?」

 根津にはなじみのない言葉らしい。

「戦いを監督する隊と書いて督戦隊。第二次大戦ごろまでは特にソ連なんかでは有名だったが、現代でもロシアは東欧紛争と樺太紛争で運用していたらしい」

 彼女の経歴を資料で見たとき、俺も督戦隊は知らない言葉だったので調べていた。

「要するに自軍の兵士の後ろにいて、味方が敵前逃亡しそうなときは攻撃を加えて尻を叩き、無理矢理戦わせるための部隊だ。そういう役割を同じロシア人同士でやると分断の元だし、後で国際社会から非難されるから属国の秘密部隊にやらせて、自分たちは知らないふりをしていたということだろう」

 彼女は、どうだったのだろうか。敵と味方。日本人とロシア人、どちらをより多く殺したのか。

 いや……そんな区別はさしたる意味もないか。殺しは殺し。相手が誰であれ。

「ま、その辺の話は追々な。今はこいつらのことが先決だろう」

 天竺が場を取りなす。

「まさか高校生、しかも三人とは驚いたが……。こいつらが影本に脅迫状を送ったのか?」

「いや……」

 やはり妙だ。違和感がある。

「もしこいつらが影本の命を狙ったのなら、一発目で影本を狙わずカウンターの少年を狙った理由が分かりませんね」

「単に腕が悪くて外したんじゃないのかよ」

 根津が短絡的に言う。まあ、その可能性もまったくないではないが……。

 実際のところは、俺たちには分からない。俺にはライフル射撃の経験などPJ社時代の訓練くらいしかないし、それは警察官の天竺と根津も同じだろう。一番詳しいのに聞くのがいい。

「君はどう思う」

「ここから正門までは距離一〇〇メートル程度です。よほど下手でもないと外しません」

 なるほど。俺たちが最初に山を張った狙撃地点が三〇〇メートルくらい離れていたから、それよりもだいぶ近い。

「しかし、それ以前に」

 彼女は転がっているライフルを取り上げる。

「これはドラグノフではありません」

「……あっ」

 確かに。ドラグノフという銃を俺はあまり知らないが、当然、仕事なので犯人が使う銃の候補として出た時点で調べていた。あの特徴的な外観は一度見れば忘れない。落ちている銃はそれとはまったく違うものだ。

「これはAR-15です。ドラグノフより小型の弾丸を使用する、スナイパーライフルではなくいわゆるアサルトライフルですが、一〇〇メートル程度であれば容易に精密射撃が可能です。むしろ反動が小さい分、適しているとも言えます」

 AR-15……それは聞いたことあるな。アメリカで乱射事件が起きると大抵使われている銃だ。

「ストックはチークパットのついた固定式。サイトは3.5倍率ACOG……。中距離での精密射撃に特化したカスタムです」

「だとするとどうなる? 犯人は……」

 待て。

 ちょっと待て。

「しまった……!」

 周囲を見る。何か遠くを見るのに適したもの……この際銃のスコープでも……。いや、ちょうどよく双眼鏡が落ちている。拾って、正門へ向ける。少女も俺の意図を汲んだかは分からないが、銃を構えてスコープを覗いた。

「どうした、探偵」

「狙撃はです。くそっ……なんでこんな簡単なことに気づかなかった!」

 正門を双眼鏡で見る。銃撃が止んだこともあり、人々は少し落ち着きを取り戻していた。影本もさすがの事態に、所在なさげに佇んでいる。

「釣りだと?」

「ええ。脅迫状を送ってライフル弾をつけて狙撃で殺すと強調した。あらかじめ使えそうなポイントを掃除していかにも下見に来たように見せかける。そうやって狙撃を警戒させて人を分散させることで、影本の警備を薄くするのが狙いだったんですよ!」

「こいつらがか?」

「違います。このガキどもは偶然バッティングしただけです!」

 犯人は、二組に分かれている。まず彼女が殺した男子高校生三人組。こいつらの動機は推測するしかないが、影本ではなくカウンターを狙ったところから明らかだろう。こいつらは影本の賛同者で、カウンターを撃つために準備をした。その方法が狙撃で、偶然俺たちが警戒する殺害方法と被った。そして犯人のフェイントとも……。

 もうひとりの犯人が本命だ。脅迫状を出し、狙撃を警戒させることで警察官を分散させる。そうして影本の近くに張り付く警備の数を最小限に抑えた。その上で狙撃を警戒する俺たちの不意を打つには……。

 それはもう、影本に近づいて殺すのが一番だ。狙撃なんてまだるっこしいことするより、拳銃でもナイフでも持って突っ込むのが単純で一番やりやすい。

 なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ。やはりものぐさになっている。影本を警護するモチベーションが低くて、無意識のうちに思考を鈍らせていた。

 上官の士気は作戦の成否に影響する。

 ああまったくだ!

「あれは……」

 明らかに、怪しい動きをする人間を捕らえた。小脇に何かを抱えるようにしながら、影本に近づいている。

 その男を、俺は知っている。

 背の丈二メートルは優にある大男。どことなく可愛らしい灰色の毛糸の帽子をかぶっているが、丸いサングラスがいかつい雰囲気を出している。

 あの、男は…………。

「……っ! 撃てっ!」

 俺の合図を待つか待たないかの際どいタイミングで、少女がライフルを撃った。

 男の胸を銃弾が貫き、血を噴き出させて倒れる。

 持っていたものが、男の手を離れ転がる。

 それは、煙を吹いていた。

 影本の足元へ、導かれるようにころころと転がっていき。

 轟音と煙、それから空気を震わせる振動が、辺りを包んだ。

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