幕間1:クリアデータ7 00:00

幕間1:クリアデータ7 00:00



 とある夜の事だ。


一人の若い女の、悲鳴にも似た歓声が部屋中に響き渡った。



「よっしゃぁぁぁっ! 六人全員っ! 好感度マックス! 全スチルゲットの上クリアじゃぁぁっ!」



 その歓声は、明らかに一人の声でしかない筈なのに、その感情の籠り方から、大観衆の歓声のように聞こえた。


「やっと……やっとここまで来た……! 六人クリア後の総プレイ時間。優に八十時間……いつも、周回プレイを前提に、それでも飽きないゲームの作り込み……制作スタッフには全身全霊の感謝をっ!」


 流れる六度目のエンドロールに、女は静かにその場に正座をすると、ゲームのパッケージに向かって深く頭を下げた。

 見たところ、二十代前半と思しき女は、よく見れば非常に整った顔をしていた。しかし、如何せんその格好が酷かった。


「あぁっ! 最高! 最高! 六人視点で深みの増した物語を、今度は敵国クリプラント側から見られるなんてっ! しかも、私の大好きな俺様キャラっ! 最高!貴方は一体どんなギャップを私に見せてくれるのかしら~!!」


 バンドで前髪をかきあげ、寝不足のせいか、目の下にはクマを携え、眼鏡の奥の目は完全に充血していた。あぐらをかき、カップラーメンの空が机の上には散乱していた。胸まである普段はゆるく巻かれた髪の毛は、今は適当なゴムでひとくくりにされている。


 ただ、充血してはいるものの、その目の輝きは陰る事はなかった。


「ジェロームとはまた違ったタイプの俺様キャラっぽいし……はぁっ。まだイーサって声しか出てないのよねぇ。でも、エルフ側のビジュアルからして、完全に好みである事は間違いない!モチロン、声は既に最高だし……待ってて! 私の七人目の男!」


 女はコントローラーを握りしめると、エンドロールの最後、発売元制作会社のロゴを感謝の念を込めて見送った。


まぁ、六度目だが。


「さて、さて、さて、さて!!」


さぁ、ここから新たな恋の物語が始まる。

これまで六人の男達に、それぞれ完全に「これは初恋です!」という勢いで恋を楽しんだ女は、ここにきて心をまたリセットした。


「終わるのは惜しいけど……終わったら終わった後の楽しみ方があるもんね」


 推しを作るのは七人全員クリアして、トゥルーエンドを見てからと昔から決めている。


「それに、私には時間もない」


 セブンスナイトシリーズは、恋愛シミュレーションRPGだ。

その点が、恋愛シミュレーションゲームでよくある、通常のテキストゲームとは違う。戦闘からパーティ編成、武器の強化に、隠しルートだけに現れる隠しダンジョンから、隠しボス。


 クリアデータがあろうとも、後もう一周するのに一体何時間かかるだろう。


「このイーサ役で……セブンスナイト4。完全トゥルーエンドへの道が開けるわ……。さぁ、有給も残りあと一日! 睡眠時間と女としての生活を全ベットして、一気に完全攻略してやるっ!」


 時間が無い。

 そう、彼女が海外旅行に行くと言って職場の人間にウソをついて取った一週間の有給は、最後の一日となった。


 休み前に買っておいた、偽のお土産の数々は、この一週間あまり使われていなかったベッドに投げ捨ててある。偽造の準備は万端。あとはクリアして、何食わぬ顔で明後日出社すればいいのだ。


「さぁっ、さぁっ!落としていくわよ!私の最後の男!」


 上白垣 栞。

かみしらがき しおり。


 二十五歳。昼間は完全に美しいOLを演じながら、裏では誰よりも早く、新作ゲームの重厚なクリアレビューを上げる動画職人だ。発売六日目。セブンスナイト4の攻略サイトの中身の殆どは、栞の手によってつくられていた。


「私にクリアできないゲームはないし、それに――」


 そう不敵な笑みを浮かべた栞の目線の先には、こう、書かれていた。



『クリアデータを使用し【窓際の恋:イーサの章】を解禁しますか?』



 答えはもちろん、


 イエスである。



「……私に落とせない男なんて、居ないんだから」



 上白垣 栞は今日も今日とて男を落とす。


 リアルでも、


 そして、ゲームでも。




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