俺の声を聴け!

はいじ

プロローグ:俺の声は何故!?

プロローグ1:急転直下



 これは、決して賢王の話などではない。


 この長い長い歴史を持つクリプラントの歴代国王の中で、最も私利私欲を尽くし、最も愚かで、けれど国民、そして家臣から最も愛された、一人の国王の話である。


 そして、一人の男が、ずっと追い求めてきた夢を、諦める話でもある。




【俺の声を聴け!】




その瞬間、俺の声はもつれた。




「……うそ、だろ」


絡まって、入り乱れて、呼吸すら上手く出来ない。


 その日、俺は初めて膝から崩れ落ちるというのを地でやってのけた。こんなアニメのキャラがするみたいな動作、まさか自分がやってのけるなんて思ってもみなかった。


【サトシ!覚えてるか!?オレ、こないだ受けたイーサ役受かったみたいなんだ! なぁ、今から、サトシん家に行っていいか!?】


 画面に映るその文章の先に、コレを送ってきた相手が飛び上がって喜んでいる姿が透けて見えた気がした。いや、実際飛び上がった事だろう。耳の奥に、聞き慣れたアイツの声が木霊する。


------やっぱサトシはすっげーな!


 そんな、普段は絵に描いたような少年さながらのハイトーンボイスでありながら、ここぞという時に出す低音ボイスに、俺は何度嫉妬したかしれない。


アイツの真価は、地声よりも低い、けれど、朗々と響く低音にある。


「は、はは……」


 口元から漏れる、掠れ気味の乾いた笑い声。


あぁ、ヤバイ。ヤバイ、ヤバイ。

 俺は膝から崩れ落ちたその場所が、深夜の繁華街のど真ん中である事を思い出す。突然、その場に座り込んだ俺に対し、周囲を通り過ぎる人々は「なんだコイツ」と怪訝そうに一瞥し、足早に去って行く。



「……その日、仲本 聡志は諦める事を決意した」



 そう、誰にも聞こえない程度の声で呟く。あぁ、そうさ。先程までの掠れ声など、おくびにも出さない。

けれど、芯の所で、俺の声はもつれたまま。まるで、グルグルのグチャグチャになった、糸の塊のようだ。



「声優という、彼が幼い頃から、長きに渡り追い求めてきた夢を……」



こうして、語り部に徹しなければ、どうにも耐えられそうにない。大丈夫だ。こんなのは、いつもの事だ。オーディションに落とされる事も、セルフナレーションで自分の心から距離をとる事も。

決して、ショックで頭がおかしくなったわけではない。



「綺麗さっぱり、諦める事を。そして――」



そうだそうだ。いつもの事だ。

だから、続けろ。俺の人生への語り部を。



「聡志は惨めにも地面に這いつくばり、友人である山吹 金弥に対して思った」



 乾いたアスファルトに爪を立て、俺はブツブツと語り続ける。極めて淡々と。それは、第三者の目線であり、感情は籠らない。籠ろう筈もない。だってコレは神の視点だ。ここに、仲本聡志の感情や意思は存在しない。


しない、しない、しない……。


「……よし」


よしよし、大丈夫だ。やれてる、俺は上手くやれてる。


「変な癖だな」と言って笑ったアイツは、今頃、イーサ役に受かった事を、両親や養成所時代の先生に報告している頃だろうか。あぁ、そうか。そうか。良かったな。

 けどな、



「そのイーサ役は、俺も受けてただろうがぁぁぁぁっ!」



 ――と、仲本聡志は叫んだ。


あぁ、あぁ、叫びましたとも!


「畜生っ! あんのボケナスッ!なぁにが『覚えてるか?』だっ!? 俺の台詞だっつーの! すっかり俺の事なんか忘れやがって! 脳みそカラっぽかよ! いつもっいつもいつもっ!」


蹲り、突然叫び声を上げ始めた俺に対し、通行人達から「っひ」と短い悲鳴が上がる。けれど、そんな事は今の俺にはどうでも良かった。というか、気にする余裕など欠片もなかった。


「っふーーっ」


 落ち着け、落ち着け。深呼吸だ、そうだ。


そうだ落ち着……けるかぁぁっ!?


つーか、無理だわ!? こんなん無理! 客観視不可能! 自分と切り離すなんて無理過ぎるっ! なにせ、なにせだっ!!


「……この俺、仲本聡志は、普通ならば、落ちても連絡など来ないオーディションで、生まれて初めて「落選」の連絡を受けてしまったのである。友人がオーディションに通るという、半ば最悪な形をもって……!」


 けれど、まだまだ心は認めたくない!

だからこそ、こんなバカみたいなセルフ語り部を続け、この感情のうねりから逃げ続けようとしている。でも、やはり、ソレもそろそろ限界が来たようだ。


「すっかり忘れてんじゃねぇぇぇぇっ!ごの、ぐぞ野郎がぁぁぁっ!」


 もう完全にグチャグチャだ。

 語り部と一人称視点が入り混じってる。ダメだ。もう逃げきれない。


「……ながもど、ざどじはっ……長年、おなじ、夢をっ、目指して駆け抜けてきた、幼馴染からのメッセージによって、夢を、あぎらめるごどにじだっ!ちぐじょうっ!!」


 俺は持っていたスマホを地面に叩きつけると、ブワッと目から溢れ出る涙を止められぬまま、その場から勢いよく駆け出した。

スマホは置いて行った。正直、もう新しいのを買う金なんて極貧バイト暮らしの俺には欠片だって残っちゃいなかったが、その時は完全に頭がイカれていたのだ。


もう、全てがどうでも良かった。


「っはぁっ!っはぁっ!なかもとっ、さとしはっ、はしった!どこへともなくっ!なにをめざすでもなくっ!はしりつづけたのであったーーっ!」


 俺の涙を含んだ悲鳴のようなセルフ語り部の声が、夜の街に響き渡る。


 あぁ、なんってブレブレの酷い声だっ!情けない!プロなら、呼吸が乱れても、感情が乱れても、演じ続けねばならないのにっ!


 走っても、泣いても、傷付いても、心折れても、立ち上がる心と……そして、




 ブレない声が……俺は、ずっと欲しかった。



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