彼女の正体

「それはテオドール殿下に言ったのと同じ私のことが気に入らない、という遠回しのお断り?」


 えぇ、そうですわ、そうツンと顎をそらして言ってしまえばいいのにシャーロットの声は出ない。そう言おうと頭では思っても唇は開こうとしなかった。


 そんな様子のシャーロットに王太子は問いかけを続ける。


「それともシャーロットが今はなくなってしまったルジェリア公国の末娘だからかい?」


 その言葉に周囲はざわめき出す。そしてシャーロットは「どうしてそれを?」という言葉も言えなかったがその反応こそが答えを言っているようなものだった。


 彼女の反応に正解だ、と察した王太子はシャーロットに説明する。


「上流の振る舞いというのは短期間で身につくものではない。言葉と作法だけでも難しいのに身のこなしも、となれば当然、もともと上流階級だったという推論が生まれる。あとはそなたに当てはまりそそうな令嬢がいないか片っ端から調べるだけだ。そなたの歳で没落した貴族が多いとなるとアリア共和国は当然頭に浮かぶからな。意外と時間はかからなかった」


 ルジェリア公国は今はアリア共和国と呼ばれている地域にあった国だ。もともとはルジェリアのような小国が集まった国だったが、そのうちの一つの軍部が起こした革命があちこちに波及し、ルジェリア公国も倒されることになってしまう。ルジェリア公とその家族は早々と海を渡った新大陸に亡命し、その事実を知った革命軍も城に残った人々を攻撃することはなかったため血濡れの展開にはならなかったが、その混乱の中で当時まだ10歳だったシャーロットは国に残されてしまったのだった。


 幸い彼女は近くの国に住む親戚筋の公爵に引き取られたが、没落した公族に対する目は冷たく、ほとんど使用人のような生活を強いられた上に、人付き合いも厳しく制限された。そしてそれ以上に彼女を傷つけたのがその公爵に哀れみながら投げつけられた「民に捨てられ、家族にも捨てられた娘」という言葉だった。そんな生活に耐えかねたシャーロットはついに12歳の時、屋敷を飛び出し、そしてエルドランドの下町へやってきたのだった。


「そこまで調べてくださったのでしたお察しくださるでしょう。私は民を導けず、民に捨てられた公族です。そのような者があなたの妃となることが許されるは筈がありません」

「だが、民を導けなかったのはそなたの父達であろう? そなたは幼かったのだし、誰もそなたを責めはしない」


 それに、と彼は続ける。


「それでも何か言うものがいるのなら、私がその声を封じるよう努力する。没落した公族を妃にしたなどと誰も言えないくらい善政を敷いて、そなたの居場所を整えてみせる。私はそなたを手に入れるための苦難ならいくらでも乗り越えよう」


 とそこまで強く宣言したところで、王太子はトーンを下げる。


「もちろんそうなると、そなたにも苦労をかけることにはなるがな。そなたはもうそんな場所に戻りたくはないか? どうしても嫌だと言うのなら」

「いえ、そんなことは!」


 思わずシャーロットは強く否定し、そして気まずげに顔を伏せる。


「そうか。ではもう一度答えてくれ。どうかルジェリアの末裔ではなくただ、花売りのシャーロットとして。私の隣に立って欲しい。どうかこの腕を取ってくれないか」


 そういってもう一度懇願するように膝を付き、腕を差し出す。その瞳から目をそらすことはもうできそうになかった。


「亡国の姫君だったとしても、下町の花売りだったとしてもあなたにきっと苦労をかけますわ。それでも良ければ」


 そう言ってギュッと差し出された腕を取る。ようやくつかんだその返事に感極まったように王太子はシャーロットの背中に手を回して抱きしめ、その様子を見守っていた周囲から一斉に歓声が上がった。


 シャーロットの心配はどうやら杞憂のようだった。




 優秀だが浮いた話の一つもなく心配されていた王太子は街で偶然保護した亡国の姫君に恋をし、婚約した。

 その育ち故に認められるのか結婚の直前まで心配していたシャーロットだったが実際は元公族にふさわしい気品のある振る舞いは貴族たちに文句を言わせず、下町で暮らしの経験があるゆえの気さくさは国民に愛された。


 下町で仲が良かった人々が時折気になるらしい彼女の為、視察、と銘打っては変装の魔法をかけてお忍びで城下へ連れ出す王太子は側近からは呆れられたが、そんなさえ姿も国民からは微笑ましいと思われた。


 ちょっと変わった出会いをした二人は仲睦まじい夫婦として国民の憧れになりつつ、善政を敷き国を治める。そしてある時、昔噂になったマイ・フェア・レディと王妃が同一人物だ、ということが明らかになり、国中を驚かせる。以降王室一番の恋物語としてエルドランドに語り継がれるようになったとか。

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