第2話ー① 事件前後

「うさぎへの擬態化は『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』によるものでしょう」


 白衣を着ている中年の男性検査員はももを一瞥してから、ももの父へそう言った。


「そう、ですか」父は肩を落としながら答える。


 ももは『うさぎ』化してしまった翌日、父と共に家の近くにある検査場を訪れていたのだった。


 この検査場は『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の覚醒の有無を調べるための機関だ。脳波と心拍数チェックや問診等を行い、能力の覚醒を診断する。


 『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』とは、思春期の少年少女にのみ起こる超常現象のことを言う。心の状態によって発現したりしなかったり、能力値の大小が変わってくるのだ。


 そしてその現象は能力値によってクラス分けされており、最凶のS級クラスとなれば、専用の施設から出られない生活が待っていることは、ももも知っていた。


「それで、この子のクラスは……」


 父は恐る恐る男性検査員に尋ねる。


「A級クラス、ですね。施設に入る必要はないものの、高能力者がいる学校への転校をしなくてはなりません」


「そうですか……でも、S級じゃないだけマシ、ということですよね」


「ええ。これまで通り、家族揃っての生活は続けられますよ」


「よかった」父はほっとした顔で呟く。


 そしてももも、S級クラスではなかったことに安堵していた。お家から出なくてもいいんだ、と。


「それでは、転校の手続き書類は、後日ご自宅にお送りいたしますので」


「はい」


 それからももと父は検査場を後にした。




 自宅へ帰る途中の信号待ちの時、父は言った。


「パパはももが家にいてくれることは嬉しく思うよ。でもな、きっとみんながそう思うわけでもないってことを知っておいてほしい」


「え?」


「ももにひどいことを言う人がいるかもしれない。意地悪をする人いるかもしれない。でも、そんな時はパパが味方なんだって思い出すんだぞ」


「――うん」


 父の言う言葉の意味を正確に理解したわけではないももだったが、きっと今までとは違った生活が待っているのかなと小さく頷いた。


 そして歩行者用の信号が青に変わり、ももたちは歩き出した。この先にある不安など感じさせない足取りで、ももは地面を蹴って進んで行く。




 転校に関する書類は一週間もしないうちにももの家に届いた。


「一番近くの施設でも、隣の市になるのか……」


 父は書類に目を通しながら落胆するように言った。


「仕方ないわよね。能力値の高い子があまりいないんだから」


 淡々と母はそう告げた。その顔にいつもの優しくて穏やかな笑顔はない。


 母は普段の生活に支障がない程度には会話をしてくれたが、以前のような優しさが無くなってしまったようにももは感じていた。


「もも、一人で通えるか?」


 父の問いにももは小さく頷く。「大丈夫。もも、頑張る」


「おー、えらいえらい」


 そう言って父はももの頭を撫でた。


 じゃあ明日から早起きしなくちゃね、と母は立ち上がり、リビングを出て行った。


 ももは母が出て行った扉をじっと見つめながら、悲し気な顔をする。


 ママは、もものことが嫌いになっちゃったのかな――と。


「もも。ママは少し混乱しているだけなんだよ。だから、きっと大丈夫。すぐに元のママに戻るから」


「わかった――」


 そして、翌日からももは新たな学び舎に向かったのだった。




「新しいお友達、宇崎ももちゃんです!」


「よ、よろしくお願いします」とももは頭を下げた。


 それと同時に、「よろしくね!」と教室にいた子供たちが口々に言う。


 ももが転校することになったこの学校は、県内唯一の高能力者が通える学び舎だった。


 初等部から高等部までの生徒たちが同じ建物内で学園生活を送っており、敷地はかなり広い。うっかり迷子になって、知らない教室に入ってしまわないように気をつけなくては、とももは学校に着いてすぐに思った。


「じゃあ、窓側の後ろの席が空いているから、そこに座ってくれるかな」


「はい」


 初等部は各学年の人数が少ないこともあり、合同学級となっていた。もものいるこの一つのクラスで小学一年生から六年生までの児童が集められているのである。


 ももが席に座ると、前の席に座っていたブロンド色の髪の少女が振り返り、笑顔を見せた。


「アタシ、神崎かんざきななか。よろしくね、ももちゃん」


「はい、よろしくお願いします」


 ななかの笑顔を見ながら、なんだか良い子そうだな――とももは思う。


 ここでならうまくやっていける。ももはそんな気がしていたのだった。

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