第22話 真美ちゃんと肝試し

 怪談を始める準備は整っているのだが、池を回るだけの肝試しはまだ終わっていなかった。予想以上に人数が多くなてしまったという事もあったのだろうが、夜と昼では回る速さが全然違うという事が大きく影響していたようだ。

 僕も会長も一人でここを一周して時間を計測してみたのだが、一人で行くときと誰かと行くときでこれほどまでにかかる時間が異なるという事は頭の片隅にも無かったことなのであった。

 そんな中、最後の一人になっても行きたくないと言っているのはこの場の誰よりも怖がっている真美ちゃんであった。ある意味では、一番今の状況を楽しめていると思われるのだが、真美ちゃん本人にしてみれば一刻も早く家に帰ってゆっくりしたと思っている事だろう。

 そんな真美ちゃんに対して親友の愛ちゃんは僕が思っているよりも辛辣にあたっていて、見ている僕たちもそこまできつく言わなくてもいいのではないかと思うほどであったのだ。


「本当にごめんよ。怖いのだけは無理なんだけど、愛ちゃんにあれだけ言われたら行くしかないよね。でも、まー君と一緒だったら少しは気がまぎれるかも。なあ、一つだけ聞くんだけど、本当にここって幽霊とかでないんだよね?」

「幽霊は出ないと思うよ。少なくとも、僕はここに幽霊が出るって話は聞いたことが無いね。さっき愛ちゃんと回った時も幽霊とか出なかったし、変な物音とかも無かったよ」

「それならいいんだけど、こんなとこよく平気で歩けるよな。みんな凄いな」

 真美ちゃんはどうしても行きたくないとずっと駄々をこねいていたのだが、愛ちゃんの説得によって一周する事だけは決まってしまったのだ。その代わり、一人で行くなんて無理だし誰かと一緒に行きたいということになって、選ばれたのは僕だったのだ。

 僕が選ばれたのは怪談会の準備が終わってやることが無かったという事と、真美ちゃんが一緒にいることが出来る男子が僕だけしかいなかったという事なのだ。何も無い池の周りをただ回るというだけなのだが、何かあった時に女子二人だと危険を避けられない可能性があるという事もあるのだが、せっかくの夏のイベントなので少しくらいは色気のある方がいいのではという配慮もあったらしい。今にして思えば、朱音も陽菜ちゃんもペアになる相手がいないからという理由で池の周りを歩いていないのだが、真美ちゃんはそれに気付いてはいないのであった。

「なあ、私達って一番最後なんだよね?」

「そうだと思うよ。みんなもう回ってると思うし、残ってた希望者は真美ちゃんだけだったと思うからね」

「いやいや、私は希望なんてしてないよ。どっちかって言うと、ここに来るのも嫌だったんだからね。人が多いのも苦手なんだけど、怖いのはもっと苦手なんだよ。愛ちゃんに誘われたのは嬉しかったけどさ、肝試しがあるってなったら雨が降らないかなってずっと思ってたから」

「雨が降ってた方が怖いと思うけどな。池の周りって整備されてないところもあるから雨が降ると足もとがぬかるみそうだし、せっかくの浴衣も汚れちゃうんじゃないかな」

「それもそうか。って、雨でも決行するつもりだったの?」

「そうだよ。物凄い嵐とかでもなくちゃやる予定だったみたいだね。去年はオカ研で集まるとかなかったから僕たちも知らなかったんだけど、過去には雨降りの中開催されたこともあったらしいよ。オカ研とは関係ないところの話だけどね」

「オカ研と関係無いって、なんで急にこんなこと始めてるんだよ」

「なんでって、会長と陽菜ちゃんが肝試しをしたいって言いだしたのがきっかけかな」

 陽菜ちゃんがオカ研の活動に積極的に参加するようになって変わったことがいくつかあるのだが、その一つが今回のようなイベントを企画することになったという事である。

 オカ研メンバー数は多くないのだが、オカ研の活動、オカルト的事象に興味を持っている人は多くいるのだ。皆、オカ研に入りたいかは別として、普段では体験することの出来ないような非日常感を味わいたいと思ってはいるのである。

 僕もオカ研メンバーがどれくらいいるのか把握はしていないので知らなかったのだが、共産化している人達はほぼオカ研と関係ない陽菜ちゃんの友人関係が多いらしい。他校の生徒も数名いるようなのだが、会長はこれを機会に多くの人と関係を築いてオカ研メンバーとして登録だけでもしてもらおうという作戦もたてているようだ。

 正式な部活に昇格するつもりも無いようなのだが、人数だけは欲しいという会長のワガママを聞いた陽菜ちゃんはあえて校外の人を多く呼んだのではないかという懸念もあるのだが、それは本人に聞いても答えてはくれないだろう。

「ねえ、私達が最後って事なのにさ、後ろから足音が聞こえてる気がするんだけど」

「そうかな。僕には全然聞こえないけど、誰かいるのかな?」

 真美ちゃんが心配しているようなので僕は後ろを確認してみようと思った。思ってはいたのだが、僕が後ろを向こうとしたことを真美ちゃんに止められてしまった。

「ちょっと待ってよ、後ろを見て本当に何かいたらどうするんだよ。私は今日走れるような格好じゃないんだよ。まー君だけ走られても困るんだけど」

「いやいや、何かいたとしても僕だけ走って逃げたりはしないって。そんなことしたら人としてどうなんだろうって話になるでしょ。それにさ、誰もいないよ。後ろからやってくる人もいないし、灯りだって僕たちのしかないんだからね」

 本来であれば薄暗く足元しか照らせないような提灯型のランタンをもって歩く手はずになっているのだが、真美ちゃんはみんながひくくらい嫌がっていたので普通に明るいランタンと懐中電灯を持って歩いているのだ。

 先ほど持っていた小さな灯りしか灯せないランタンも趣はあって恐怖心は駆り立てられたりもしたのだが、今持っているランタンは灯りが強くて照らせる範囲も広くなっていることで逆に見えない範囲が広がっているような気がしていた。先程までは道を確認する程度にしか見えなかったのだけれど、今は道だけではなく脇にある草むらや乱雑に生えている木も見えていて、木の影から誰かに見られているようにも思えたのだ。

「なんで昼間じゃなくて夜なんだよ。こんなに暗くなるって知ってたら、明るいうちに行ってさっさと終わらせればよかった」

「明るいうちに終わらせてもさ、暗くなってからもう一回行きなって言われるかもしれないよ。今日の愛ちゃんだったらそう言うことも言いそうだけど」

「そんな事ないと思うけど、今日の愛ちゃんだったら言うかもしれないな。時々なんだけどさ、愛ちゃんが私にだけきつくなる時もあるんだよね。一日ずっとってわけじゃなくて、今日みたいに突然冷たくなるって言うか。それってさ、私に対してイラついているからとかなのかな?」

「そうじゃないと思うよ。たぶん、真美ちゃんに成長してもらいたいって思って心を鬼にしているんじゃないかな。真美ちゃんは一人で何でも出来るんだし、肝試しも一人で出来るようになって欲しいって思ってるんだよ。きっとね」

「さすがにそれは違うと思うよ。でも、成長して欲しいって思ってるのはあるかもね。私も勉強出来なかった頃は愛ちゃんに散々迷惑かけたからね。一緒の高校に入れたのも愛ちゃんのお陰ってとこもあるし。でもさ、今日の愛ちゃんは私に対してきつく当たりすぎだと思うんだよ」

 真美ちゃんは少し怒っているからなのかこの雰囲気が怖いと怯えている様子はなくなっていた。あえてそれを思い出させることも無いだろうと思って僕は話題を変えようと真美ちゃんの着ている浴衣について聞いてみた。

「その浴衣も似合ってるよね。他にも何人か浴衣を着ている人がいたけどさ、真美ちゃんが一番目立ってたと思うよ」

「それは浮いてたって意味じゃないよな?」

「違うって。映画の時も思ったけどさ、真美ちゃんって何を着ても様になるんだなって思ったよ」

「愛ちゃんも浴衣は似合うと思うんだけどな。今日だって一緒に浴衣を着る約束だったのにさ、迎えに来てくれた愛ちゃんは浴衣を着てなかったんだぜ。浴衣を着てない理由も似合う帯が無かったからって言ってたし、そこくらい妥協してくれればいいのになって思ったんだけどな」

 愛ちゃんの浴衣姿も見てみたかったな。どんな感じなのか想像は着くのだけれど、僕の予想よりも愛ちゃんは綺麗に着飾っているのだと思う。

 真美ちゃんも浴衣は似合っているのだけれど、愛ちゃんはそれ以上に浴衣が似合いそうだと思った。大人っぽい感じの真美ちゃんと可愛らしい愛ちゃんが並ぶ間に僕が入っても違和感が無いのかと言われると困るけれど、今年の夏はそんな経験をしてみたいと心から願っていた。


「ねえ、もう少しでゴールかな?」

「暗くてはっきりわからないけど、池の対岸に灯りが沢山見えるから半分くらいは来たんじゃないかな。後半は前半よりも直線が多いから時間的にはそんなにかからないと思うけど、もう少しで終わりだと思うよ」

「良かった。聞こえていた足音もなくなったし、後はゴールまで進むだけなんだな。でも、終わった後も怪談とかやるんだろ。それはこれよりも怖そうだから帰っちゃおうかな」

「帰る人もいると思うけど、愛ちゃんも怪談は参加するって言ったけど、真美ちゃんは一人で帰るって事?」

「そうなっちゃうよな。まー君が家まで送ってくれるってことも無いよね?」

「そうだね。僕は最後まで付き合わないといけないしさ、戸締り確認もしなくちゃいけないんだよね」

「仕方ないな。最後まで残ろうかな。でも、誰か帰るってなったら一緒に帰っちゃおうかな」

「そこは真美ちゃんが決めていいと思うよ。さすがに最後まで全員残っているってことも無いと思うしね」

 真美ちゃんがいつ帰れるかというのは愛ちゃんがどのタイミングで帰るかにかかっているのだろう。僕も愛ちゃんを家まで送ってあげたいという気持ちはあるのだけれど、家が逆方向になってしまうため愛ちゃんはそれを許してくれないのだ。何より、僕は一緒に来ている朱音を一人にするわけにもいかないのだ。朱音がどんなに強くて一人でも大丈夫だと言ったとしても、僕は自分の妹をこんな夜に一人で帰すことなんて出来るわけがないのだ。

「私が帰れるかは愛ちゃん次第か。そんなに遅くなることは無いと思うけど、ちょっと憂鬱だよ」

「そこまで遅くなることも無いと思うよ。怪談も会長と陽菜ちゃんとあと二人くらいしかやらないみたいだからね」

「四人くらいだったらそこまで長くなることも無いか。でも、私達がゴールしないとそれが伸びちゃう可能性もあるって事だよな。そうなると」

 突然カサカサと草むらをかき分けるような音が聞こえてきた。僕と真美ちゃんは音のした方に振り向くと、お互いに固まったままその音の聞こえた方を凝視していた。

 人であれば問題無いし、小動物でも問題はない。もしも、熊だとしたらどうすればいいのだろう。僕は真美ちゃんを逃がすために間に入るべきだと思うのだが、そんな事をして真美ちゃんは逃げることが出来るのだろうかと考えてみたりもした。

 少なくとも、真美ちゃんが逃げるつもりになってくれれば時間くらいは稼げるだろう。

「ねえ、何の音だろう。変な音聞こえたよね?」

「うん、誰かいるのかもしれないね」

「お化けかな。お化けいるのかな?」

「どうだろう。お化けが草をかき分けてやってくるってのは聞いた事ないけど、動物かもしれないよ」

「動物ならいいんだけど、ちょっと怖いかも」

 僕は真美ちゃんと音の聞こえてきた草むらの間に立っていたのだが、真美ちゃんは体を少しだけ小さくしながら僕の服を掴んでいた。

 しばらく草むらを照らしていたのだけれど、何の物音もしなくなり気配もなくなっていたので僕たちは少し安堵して笑っていた。何がいたのかもわかってないし、いなくなったという確信もないのだけれど、僕たちはなぜか安心して笑い合っていた。


「ちょっと怖かったけど、守ってくれてありがとうね。まー君ってやっぱり強いんだね」

「そんな事ないよ。熊だったらどうしようかなって思ったけどね」

「熊、その可能性もあったのか。でも、熊だったらあの草の高さじゃ姿が見えてると思うけど」

「それもそうか、いらない心配だったみたいだね」

 言われてみればそうだ。その辺に生えている草の高さではクマの姿を完全に隠すことなんて出来ないだろう。それに、これだけ静かな場所で熊みたいな大きな動物の呼吸音が聞こえないということも無いはずだ。僕は冷静になって考えると、ちょっと面白くなってまた笑ってしまった。

「でも、熊かもしれないって思ったのに間に入ってくれてありがとうね」

「別にお礼なんてしてもらうような事でもないよ。気が付いたらやってただけだし」

「そんな事ないよ。逃げてたって文句言う人いないと思うよ。私も熊だって思ってたら逃げてたと思うし」

「真美ちゃんは逃げてもいいと思うよ。その時は僕が囮になるし」

 真美ちゃんは立ち止まって僕の手を引くと、真美ちゃんが持っていた提灯型のランタンを僕に手渡してきた。

 僕は真美ちゃんをそのランタンで照らすと、真美ちゃんの影が草むらの方へと延びていた。

「着物の下ってさ、下着を付けないっていうじゃない。でも、そんなのって恥ずかしいから私には無理なんだ。だから、私は浴衣の下にもちゃんと下着をつけているんだ。浴衣って、意外と下着が透けるって聞いたんで濃い色の浴衣を選んでみたんだけど、まー君はそんな事意識してたかな?」

 意識はしていなかった。意識はしていなかったけれど、真美ちゃんの体のラインがハッキリわかるくらいに浴衣はフィットしていたのだが、あまりにも綺麗にフィットし過ぎていたのでパンツの紐部分もうっすらと浮かんではいるのだった。

 こうして言われて見てみると、真美ちゃんが履いているのは横が紐になっているパンツなのだという事はわかるのだけれど、さすがに全てを見通せるという事もない。

「あのね、日本の下着にふんどしってあるでしょ。着物とか浴衣の時はふんどしの方が良いのかなって思ったんだけど、私はそう言うのもってないのよ。だから、これが一番近いんじゃないかなって思って、変じゃないかな?」

 真美ちゃんは裾をもって両側に広げると、スラっと伸びた綺麗な白い足がゆっくりとあらわれていた。濃い色の浴衣と周りの暗闇が白足をより際立たせていたのだが、ゆっくりと浴衣を広げていることもあって徐々に見える部分が大きくなっているのだ。

「まー君って、帯をちゃんと結ぶこと出来るかな?」

「出来ないかも。やったことも無いし」

「そうか、そうだよね。じゃあ、全部は見せてあげられないね」

 そう言いながらも真美ちゃんは浴衣を腰まで上げたのだが、そこに広がっていたのは綺麗な白い足と隠れている面積がとても小さい濃いピンクのパンツであった。

 小さな布を長い紐で押さえているだけで布面積はほとんど無いと思うパンツであったが、紐の角度が真美ちゃんの長い足をより長く見せるようにしていたのである。

 僕はその綺麗な光景に見入ってしまっていたのだが、真美ちゃんはそんな僕の事を黙って見ていたのである。お互いに無言の時間が続いていたのだが、再び草むらから物音が聞こえると、真美ちゃんは慌てて浴衣の裾を戻して僕の隣へやってきたのだ。

「何かいるのかな。そろそろ戻らないとみんな心配しちゃうかもね」

「そうだね。みんな心配しているかもしれないけどさ、さっきみたいなペースで良いからね」

「ありがとう。まー君は優しいね」

 僕は浴衣を着ていて歩きなれていない真美ちゃんのペースに合わせて歩いていたのだ。

 さっきもそうだったのだけれど、今からゴールにたどり着くまでも同じようにゆっくりと歩いていくのである。いや、さっきよりも歩くスピードは遅くなっているかもしれない。

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