第17話 僕の妹は家だとだらしない

「お兄ちゃん。休みなのに家にいるんだったら一緒にゲームしようよ」

「やだよ。お前は卑怯な事ばっかりするから一緒にやりたくない」

「そんなこと言わないでよ。私はお兄ちゃんに負けない様に必死になってるだけなんだからさ」

 夏の大会に向けて長かった髪をバッサリと切った妹の朱音は僕の後をつけまわっていた。まるでひな鳥が親の後をつけているような行動なのだが、我が家ではそれも日常の一つなのだ。

「今日は部活なんじゃないのか。大会も近いから遊んでる暇なんて無いだろ」

「部活ならもう終わったもん。今日は熱くなるからって午前中だけで終わって、夕方以降に涼しくなってたら自主練しなさいって言われたからね。熱中症で倒れたりしたら大変だもんね。先生もその辺はシビアに考えてるのよ」

「あの防具を付けて熱い中体育館で動き回るのも大変そうだもんな。あの防具の中って汗凄そうだよな」

「そうだよ。アレきて動くの大変なんだからね。冬でも汗かいて大変だもん」

「冬でも大変だもんって、お前は冬場はアイスホッケーやってて薙刀部にはほとんど参加してないだろ」

「まあね、でも吹雪で外のリンク使えない時はみんなで薙刀をやったりもしてるよ。ほとんど私と一緒で薙刀部とアイスホッケー部を兼部しているからね。人数少なくて公式戦には出た事ないけど」

「やっぱり大会に出たいって思うのか?」

「どうだろう。一回くらいは出てみたいって思ったりもするけど、優勝できなかったら必ずどこかで負けるわけだし、負けるくらいだったら一回も試合をしないで終わりたいって気持ちもあるかな。それに、みんなそこまで本気でやってないと思うんだよね」

「そう言うもんなのか?」

「人それぞれだと思うけどね。みんな部活をやってる目的も、友達が始めたからとかダイエットに良さそうだとか、ストレスを解消できそうとかそんな感じだからね」

「お前はどうして薙刀とホッケーを始めたんだ?」

「どうしてって、お兄ちゃんと喧嘩しても負けない様にだよ。素手では勝てなくなるんだろうなって小さい時から思ってたし、そうなったら何か武器を使った方がいいと思ったんだよね。先生は喧嘩で浸かっちゃダメだって言ってるけど、兄妹喧嘩なら許されるんじゃないかなって思ってさ」

「いや、許されないだろ。ダメだって」

 僕と朱音は兄妹喧嘩はもうずいぶんとしていない。僕が大人になったからなのか、朱音が僕を丸め込むのが上手くなったからなのかはわからない。多少の言い合いはあるのだが、ほとんどは僕がひいてしまうのだ。ただ、僕がどうしても譲れないというところだと朱音は僕のために身を引いてくれることが多い。そんな関係なので喧嘩に発展することもほとんど無いと言えるのだろう。

「ねえ、ゲームしようよ。お兄ちゃんはどうせ休みの日でも一人で勉強しかしてないんだし、可愛い妹の暇つぶしに付き合ってよ」

「家で勉強するのはいい事だろ。お前だって受験生なんだから遊んでないで勉強した方がいいんじゃないか」

「大丈夫だもん。私はちゃんと学校で勉強してるし。今のままでも余裕でどこでも入れるからね。小さい時からお兄ちゃんの勉強を見ててよかったってそこだけは感謝してるよ」

「他にも感謝しろよ」

 朱音は僕が勉強をやっていると邪魔をしてきていたのだが、その邪魔があったからこそ朱音の基礎学力の向上にもつながっていたのだろう。僕が朱音にかまわずに勉強を続けようとすると、朱音は邪魔をするのではなく僕がしていることを一緒にやりだすのだ。朱音本人は僕がかまってあげないので一緒に勉強してかまってもらおうとしていたのだろうが、二学年上の僕の勉強を一緒にやっていたことで同級生よりは理解力も深まっていったのだと僕は思っている。

 ただ、そんな事を知らない両親や先生方は僕と比較して勉強がとても良く出来る朱音を神童だともてはやしていたのだ。学業優秀で運動もソレなりに出来る朱音はその性格も相まって老若男女問わず人気なのだが、僕は兄妹でいる時の朱音とそれ以外の朱音は別人なのではないかと思う時があるのだ。

 人間誰でも二面性を持ち合わせていると思うのだけれど、僕と一緒にいる時だけ外で見ている朱音と明らかに違うように思えるのだが、最近はそんな事が他でもよくあるような気がする。例えば、僕の彼女である愛ちゃんも僕と一緒にいる時と僕がいない時では別人なのだ。


「お兄ちゃんってさ、なんだかんだ言っても最終的には私にかまってくれるよね」

「今日やろうと思ってた勉強も終わったからな。読み終わった漫画を読むよりもお前と遊んだほうが暇つぶしになると思うし」

「ちょっと、私の事を暇つぶしにしか思ってないなんてひどいな。お兄ちゃんって最近友達出来たの?」

「なんでそんな事聞くの?」

 朱音は一緒にゲームをやる時も僕に負けない様に精神攻撃を繰り出してくることが多い。今までの僕であれば友達がいない事を多少は気にして動揺もしていたのだが、今の僕には友達がいないという事に対してダメージを受けることは無い。彼女の愛ちゃんの存在が友達がいないという事のダメージを無効化してしまっているのだ。

 朱音はそんな事を思いもしないのだろうが、今日くらいは反撃してあげても文句は言われないだろう。今までの分も含めてお返しをしてあげるのもいいのかもしれないな。

「だって、この前の休みに休日なのに出かけて行ったじゃない。帰ってくるのも遅かったし、立ち読みしに行ったにしては長かったなって思ってさ。もしかしたら、誰かと遊んでたんじゃないかなって思ったんだよ。お兄ちゃんが買い物じゃなくて誰かと遊んでるんだったら私も一緒に行けばよかったなって思ったから」

「そう言えば、お前って高いところも好きだもんな。山とか展望台とか小さい時から好きだもんな」

「高いところは好きだけどさ、それって私の事バカにしてない?」

「してないよ。何とかと煙は高いところが好きって言葉もあるみたいだけどさ、お前はバカじゃないからな」

「まあ、わかってるならいいんだけどさ。でも、高いところが好きとなんでお兄ちゃんが出かけていたことが関係あるの?」

「行ってなかったな。あの日は観覧車に乗ってきたんだよ。ほら、駅の近くに観覧車があるビルがあるだろ。アレに乗ってきたんだ」

「え、私もあれに乗ってみたいって思ってたのに。一人で行くくらいだったら誘ってくれたら良かったのに」

「いや、一人じゃ乗らないでしょ。そう言う人もいるかもしれないけどさ、僕は一人じゃ乗らないし」

「じゃあ、誰と乗ったのよ?」

「誰とって、オカ研の会長と乗った後に彼女と乗っただけだけど」

「え、彼女?」

 朱音の操作するキャラが動かなくなったのだが、横目で見た朱音は僕を見て動揺して固まっているようだ。僕は動かなくなった朱音の操作キャラを一方的に殴り続けて勝利を得たのだが、今日初めて勝った試合はなんとなく後味の良いモノではなかった。

「ちょっと、お兄ちゃんに彼女がいるって、そんなウソは良くないと思うけど」

「嘘じゃないよ。僕に彼女がいるって本当だし」

「そんな話聞いてないんだけど。あ、そうか。そうだったんだ。お兄ちゃんは彼女って思ってるけど、オカ研の会長さんの彼女と三人で遊んでたんだ。それでお兄ちゃんはその人の事を彼女だと思い込んでしまって、かわいそうに思ったオカ研の会長さんがお兄ちゃんの思い出作りのために観覧車に誘ってくれたって事だね。それなら納得だよ」

「いや、オカ研の会長は女性だし、僕に彼女がいるってのは本当だよ。僕がお前に嘘をついた事なんて無いだろ」

「確かにお兄ちゃんが嘘をついたことは無いけど、でもそんなのっておかしいって。お兄ちゃんに彼女が出来るはずないもん」

 なんとも酷い言い草ではあるが、僕自身もその彼女が出来るはずが無いという言葉を強く否定することは出来なかった。実際に、僕は見た目もそんなに良いとは思えないし社交性があるわけでもないしユーモアだってない。そんな僕に彼女が出来るなんて思ってもいなかったし、高校生活を満喫することも出来るとは思っていなかった。

 それでも、そんな僕を好きだと言ってくれた愛ちゃんと出会うことが出来たし、愛ちゃんと付き合ったことでオカ研の会長や真美ちゃんや陽菜ちゃんとも仲良くなれたのだ。

 今まで味わうことの出来なかった青春が僕のもとへと歩み寄ってくれているのである。

「もう、お兄ちゃんのバカ。隠し事なんて良くないのに。もう知らない。お兄ちゃんが彼女と別れるまでちゃんと部屋着も着るしパジャマも着てやる」

「いや、それは僕が誰かと付き合ってるとか付き合ってないとか関係なく着ろよ」

「だって、私ってズボンとかで腰回りを締め付けられるのが嫌なんだもん。それとも、お兄ちゃんは朱音が履いているパンツを見るのが恥ずかしくなってきちゃったのかな?」

 こいつはいつもそうなのだが、僕をからかう時は自分の事を名前で呼ぶのだ。この事は誰も気付いていないと思うのだが、僕には長年の経験の積み重ねというものがあるのでソレがわかっている。

「別に妹のパンツを見たって恥ずかしくなんてないさ」

「じゃあ、彼女のパンツを見るのは恥ずかしいって思うの?」

「え、いや、それは、どうかな」

「ん、なんでお兄ちゃん赤くなってるの?」

 朱音は僕の顔をまじまじと見ているのだが、何かに気付いたようにハッとした表情を見せると、僕の事をバシバシと叩き出した。

「バカバカ、お兄ちゃんのバカ。変な想像しちゃダメだよ。私のパンツと彼女さんを重ねて想像するなんて変態だよ」

「そんな想像なんてしてないって。お前のパンツ姿なんて何度も見てるし」

「じゃあ、なんでそんなに赤くなってるのよ。もしかして。バカ、お兄ちゃんのバカ」

 朱音は泣きそうになりながらも僕を叩くのをやめなかった。

 朱音のパンツにあるスマイルマークと僕は目が合っていたのだが、その笑顔には隠れた狂気があるのではないかと思い始めていた。

 せめて、可愛らしいパンツを履いていれば少しは違った見方もしてしまうのかと考えていたのだが、さすがに妹にそういう感情を抱くことは無いだろうと冷静に考えながらも、僕は朱音に平手で叩かれ続けていたのであった。


「今度、お兄ちゃんがデートする時は朱音もついていくからね」

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