第14話 彼女はライバルがいると燃えるようだ

 陽菜ちゃんのスカートから飛び出てきたウサギはそのまま僕の足もとで小さく丸まってしまっていた。愛ちゃんはそのウサギに近付いて触ろうとして手を伸ばしたのだが、愛ちゃんを警戒していたウサギはその手を避けるように低い体制のままテーブルの下へ潜ってしまった。


「まー君先輩はその、見ました?」

「何の話?」

「その、陽菜のスカートの中を」

「ああ、ウサギが隠れて出てきてたね。うん、ウサギは見たよ」

「見たのはそれだけですか?」

「うん、それだけだよ」

「それなら良かった。さすがに恋人でもない男子に二回も見られるのは恥ずかしいって思いますからね」

 僕の気のせいかもしれないのだが、恋人でもない男子に二回も見られるという陽菜ちゃんの言葉を聞いた愛ちゃんの表情が険しくなったように感じた。たぶん、僕の気のせいだっと思うし、今の愛ちゃんはニコニコしたいい表情を浮かべているもんな。

「でも、陽菜ちゃんってウサギが本当に好きなんだね。私はあんまり気にしたことが無かったけど、こうしてみると可愛いうさぎが沢山いるんだなってわかったよ」

「愛ちゃん先輩は動物ってあんまり好きじゃないんですか?」

「どうして?」

「だって、見てると触り方がぎこちないというか、怖がってますよね。ウサギは時々噛んだりしますけど、乱暴に扱わなきゃそんな事ないですよ」

「私は噛まれたりしないから大丈夫だし。陽菜ちゃんの方こそ慣れてるのにウサギに逃げられてばっかりじゃない」

「そんな事ないですよ。ちょっと今日はオシャレに気を遣い過ぎてウサギも緊張してるだけですもん。いつも通りにして来れば問題無かったと思いますよ」

「ふーん、オシャレしてきたと言ってもその格好はあんまりまー君の好みじゃないかもよ」

「え、そうなんですか?」

 愛ちゃんの言葉を聞いて陽菜ちゃんは不安そうな目を僕に向けてきていた。その気持ちはわかるのだけれど、愛ちゃんまで僕に不安そうな目を向けてくるのはやめて欲しい。愛ちゃんは何となくそう言ってみたものの、僕がどんな服装が好きなのか把握はしていないと思う。

 そもそも、僕にはそこまで好きな服装とか無いし、今日の陽菜ちゃんの格好も嫌いだということは無いのだ。

 二人の視線が僕に突き刺さって存在しない痛みを感じていたのだが、周りを見回すとなぜかウサギたちも僕をじっと見つめていた。このウサギたちも僕に何かを期待しているという事なのだろうか。

「別に、僕は好みとか無いよ。好きな服装はあるかもしれないけどさ、自分が好きで着てるならいいと思うよ。でも、僕は愛ちゃんみたいな服の方が好きかも」

 落ち込んだ表情で僕の話を聞いていた愛ちゃんではあったが、最後に僕が愛ちゃんの服を好きだと言ったところでいつもの可愛らしい元気な愛ちゃんの表情に戻っていた。

 ただ、陽菜ちゃんも何か納得したように頷いていたのが気になってしまった。

「そうですよね。まー君先輩は人を見た目で判断するような人じゃないですもんね。そんな人だったら私もこうして誘ったりしてないですし、次にデートする時はもっと陽菜の個性を出していこうと思います」

「え、次のデートって?」

「また三人でデートしましょうよ。三人が嫌だったら、会長も誘って四人でもいいし」

「あ、それはいいかも。陽菜ちゃんも会長さんもいい人だし、二人がいた方がまー君も緊張しなくて済むかもね」

「それはあるかもしれませんね。まー君先輩って優しいから断れないと思うし。それにしても、愛ちゃん先輩って陽菜がまー君先輩の事好きなの知ってて余裕ですよね。盗られちゃうとか思ったりしないんですか?」

「全然思わないよ。だって、私が陽菜ちゃんに負けてるところなんて何もないもの。一緒にいる時間だって私の方が長いしね」

「凄い自身ですね。陽菜も愛ちゃん先輩のそういうところは見習っていきたいと思いますよ。でも、若さなら陽菜の方が勝ってますからね」

「若いって言っても一つだけじゃない。そんなのまー君は気にしないよ」

 先程とは違う訴えるような視線を二人は向けてきたのだが、僕はその視線に耐えきれなくなって逃げ出そうとした。でも、ここで逃げ出すのは良くないと思いとどまり、僕は愛ちゃんの方に体を向けて真っすぐに愛ちゃんの目を見て思いを伝えることにした。

「僕は愛ちゃんの事が好きだよ。会長も陽菜ちゃんもいい人だし好きだとは思うけど、その好きは愛ちゃんに対する好きとは違うものだからね」

「はあ、陽菜の目の前で改めて告白するのやめてもらっていいですか。まー君先輩はいつも優しいのにそう言うところは優しくないんですよね。まあいいです。いつか陽菜に対する好きって気持ちを愛ちゃん先輩に向けてる好きに変えて見せますから」

「頑張ってね。陽菜ちゃんの考えてるような事にはならないと思うけどね。まー君が好きなのは陽菜ちゃんじゃなくて私だからさ」

「今はそうかもしれないですけど、将来の事は分かりませんからね。ちょっと陽菜はお手洗いに行ってきます」

 愛ちゃんも陽菜ちゃんも笑顔で楽しそうに会話をしているのだけれど、その二人の間には僕には見えない大きな溝があるように感じていた。

 トイレに向かう陽菜ちゃんを見送る愛ちゃんではあったが、顔も体も陽菜ちゃんの方を向いているとは思うのに、僕に視線を向けているような気がしてならなかった。

「正直に言うとね、私ってあんまり動物とかに好かれないの。別に嫌いってわけじゃないんだけど、好きでもないのよね。そりゃ、可愛いなって思うことはあるけど、自分の事を好きになってくれないんだったら気にしなくてもいいかなって思うんだよね」

「そうなんだ。でも、ウサギも愛ちゃんの事を嫌ってるようには見えないよ。知らない人がいるから緊張してるって事なんじゃないかな」

「そうだったらいいんだけど、まー君はウサギって可愛いと思う?」

「うん、可愛いと思うよ。家で飼いたいかと言われれば悩むけど、こうして見ている分には可愛いなって思うからさ」

 僕は近くに寄ってきたウサギの背中を撫でながらそう答えた。ウサギにも当然個性はあるのだから人懐っこいウサギもいれば警戒心の強いうさぎもいるだろう。僕の隣にいるウサギはこの店の中でもひときわ人懐っこいウサギであり、その背中を撫でる僕も撫でられているウサギもお互いに良い気持ちになっているのだ。

「そうじゃなくて、陽菜ちゃんの履いてるパンツのことだよ」

 僕は愛ちゃんの言葉を聞いて思わずウサギを撫でている手が止まってしまった。撫でられたりないウサギは僕の手に自らの体を押し当ててきていたのだが、僕は固まってしまって動けなくなっていたのだ。

「まー君も見てたよね。角度的に見てないってことは無いと思うんだけど、陽菜ちゃんのスカートからウサギが出てきたときに、しっかりとその中を見てたもんね?」

「え、いや。その、見てたというか、見えたというか」

「誤魔化さなくていいんだよ。見えたのも見てたのもまー君が見たのには変わりないんだからね。で、見てないっていうの?」

「見えたよ。でも、ずっと注目していたわけじゃないからさ」

「それならいいの。ただ確認したかっただけだからね。でも、それだけで終わるわけじゃないからさ。こっちに来てもらってもいいかな?」

 僕は愛ちゃんに手を引かれて入口のすぐ横に移動することになった。

 愛ちゃんは僕を入り口のすぐそばに座らせると、僕とドアの前に立って僕の目を真っすぐに見つめて黙っていた。少し離れた位置にいるウサギたちも心配そうに僕を見ているのだが、ウサギたちもこれから何か起こるんだと感じ取っているのだろう。


「たまたま見えちゃったとはいえさ、そう言うのはあんまりよくないと思うんだよね。だから、私のもちゃんと見てね」

 愛ちゃんはそう言って自分の手でスカートをたくし上げていた。

 今まで制服では何度も見た光景ではあるのだが、私服姿の愛ちゃんが自らのスカートをめくるというのはとても神聖な行為のように感じてしまった。

 白くて健康的な太ももを映えさせるようなラベンダー色のパンツがそこにあったのだが、普段の愛ちゃんとは違って落ち着いた大人っぽい印象も同時に受けていたのである。ただ、僕が一番に感じた事は、愛ちゃんの方が綺麗だという事だ。

「ねえ、自分から見せて何だけど、無言で見られるのは恥ずかしいんだけど」

「……。綺麗だ」

「え、ちょっと、そんなこと言われるなんて、恥ずかしいよ」

 愛ちゃんの声は少し震えていたと思う。僕も自然体で言えたかはわからないが、たった一言ではあるが、素直な気持ちは伝えることが出来たと思う。

「もう、恥ずかしいから終わり。陽菜ちゃんも戻ってきそうだし」

「そうだね。でも、僕は愛ちゃんの事が好きだから。陽菜ちゃんも可愛いとは思うけど、愛ちゃんとは違うと思うからね」

 僕が愛ちゃんにそう告白したタイミングで陽菜ちゃんが戻ってきた。陽菜ちゃんはバツの悪そうな顔をしていたけれど、僕の顔を真っすぐに見つめ直していた。

「じゃあ、陽菜は来週からちゃんとオカ研の活動に参加しますね。会長に遠慮して参加してなかったんですけど、会長に遠慮することなんて何も無いってわかったんで気兼ねなく参加しますよ。ね、まー君先輩もいいですよね?」

 僕は陽菜ちゃんのその言葉を否定することは出来なかった。

 愛ちゃんもその言葉には反論することが出来なかった。

 陽菜ちゃんだけは嬉しそうに僕たちを見ているのであった。


「陽菜は負けてばっかりじゃないですからね。先輩」

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