第11話 可愛い後輩は構って欲しい

 オカ研の活動の活動が無い日はまっすぐに家に帰っているのだが、僕は愛ちゃんと付き合い始めてから下校時刻ギリギリまで教室に残ってみたり図書室で本を読んでいたりした。なぜなら、変える方向が逆だったとしても一緒に帰ることが出来るかもしれないと思っていたからだ。

 しかし、愛ちゃんはそんな僕の気持ちを知ってか知らずか、下校時は真美ちゃんと一緒に二人だけで帰宅しているのだ。


「あれ、まー君先輩だ。今日はオカ研の活動ないのに何でこんな時間まで学校に残ってるんですか?」

 図書室で一人柳田国男の本を読んでいた僕は突然女子に話しかけられて驚いてしまったが、話しかけてきた相手が後輩の陽菜ちゃんだったので再び本に視線を戻した。陽菜ちゃんはあまりオカ研の活動に参加はしていないし、見た目も完全にギャルチックなので誤解されがちなのだが、心霊系を中心にオカルト関連の話題には詳しいのだ。

 もう少しオカ研の活動に参加してくれれば新しい発見や今までになかった発想などが出てきて議論も広がりそうだと会長と話をしていたこともある人材である。だが、陽菜ちゃんはあまり積極的にオカ研の活動に参加しようとはしてくれないのが残念なのだ。

「ちょっと、無視しないでくださいよ。可愛い後輩が一人ぼっちで寂しそうにしている先輩に話しかけているんですからね」

「ここは図書室なんだから静かに本を読むのは当然だろ」

「そうかもしれないですけど、まー君先輩の他に誰もいないじゃないですか」

「誰もいなくても静かにするもんだと思うよ。というか、何でここにお前がいるんだよ」

「なんでって、図書委員だからに決まってるじゃないですか。陽菜は早く帰りたいんでまー君先輩も出てってくださいよ」

「早く出ろって、閉館時間までまだ余裕あるじゃないか」

「そんなの関係無いですよ。それに、この図書室のルールが変わったの知らないんですか?」

 そう言って陽菜ちゃんが僕に一枚のプリントを見せてきた。

「図書館便り?」

「そうですよ。先月号ですけど、ここのところをよく見てくださいね。ほら、ここの部分ですよ」

 陽菜ちゃんが強調して僕に見せてくれたところには小さく注意書きが書いてあった。

 なんでも、最近は近隣で不審者が目撃されているという事もあって閉館時間を早める場合があると書いてあった。閉館時間が早くなる条件として、閉館時間の三十分前までに利用者がいないという事があるのだが、今の時点で僕が出て行けば利用者がいなくなるので図書室を締めることが出来るという事だ。

 僕も別にこの本を今日中に読みたいってわけでもないので図書室から出ていくことには問題もないのだが、ただ時間を潰しておきたいという僕の予定は崩れてしまうのだ。もっとも、愛ちゃんはすでに下校していると思われるのでいくら学校で時間を潰していても無意味だとは思うのだが。

「日が長くなってきたとはいえ、閉館時間まで待ってたら帰り道が暗くて怖かったりするんですよ。もしも、陽菜が変質者に襲われたらまー君先輩のせいだって皆に言いますからね。それでもいいんだったら閉館時間まで残っててもいいですよ」

 改めて思うのだが、変質者が襲うとして陽菜ちゃんみたいに気の強そうな女子を襲うのだろうか。僕の偏見かもしれないが、変質者が狙うのはもっと大人しくて気の弱そうな女子だと思うのだが、そんなことも無いのだろうか。

「陽菜の帰りが遅くなって変質者に襲われちゃったら会長もまー君先輩の事を怒ったりするのかな。でも、会長はまー君先輩には甘いからそんな事ないかもしれないですよね」

「陽菜ちゃんが変質者に襲われるかもしれないってのは心配だけどさ、会長が僕に甘いってのは誤解だと思うよ。会長は僕だけじゃなくてみんなに優しいからね」

「そんな事ないと思いますよ。陽菜はあんまり会長と話したことないですし、挨拶くらいしかしたことないですもん」

「そりゃしょうがないよ。陽菜ちゃんはオカ研に入ってから二回くらいしか活動に参加してないじゃないか。もっとこまめに参加してれば会長と話す機会だって増えると思うよ」

「うーん、陽菜が本格的に活動するのは来年からかな。今年は図書委員になったって事もあるし、せっかく高校生になれたんだから楽しいことしておきたいなって思うんですよ。ほら、青春って一度きりって言うじゃないですか」

「オカ研の活動だって青春だと思うけどね」

 陽菜ちゃんがそう思っているかはわからないが、僕は陽菜ちゃんの発言がオカ研の活動を否定しているように思えて反論してしまった。陽菜ちゃんが感じる青春は友達と遊んだり恋人と過ごしたりといったものかもしれないのだが、オカ研の活動も十分に青春というものの条件を満たしているとは思う。オカルト系のサイトや本を見て話をするだけだとしても、僕にとってはかけがえのない青春だと言えるのだ。

「それはそうかもしれないですけど、何となく今は参加しにくいんですよね」

「なんでさ、陽菜ちゃんは心霊系好きなんだしいろんな話を聞いてみたいと思うけどな。会長だって陽菜ちゃんの事興味あると思うよ」

「陽菜も参加したいなって思う気持ちはあるんですけど、まー君先輩と会長が二人で楽しそうにしているところを邪魔したくないなって気持ちもあるんですよ」

「別に邪魔とかは思わないけど、そんなの気にしないで参加してくれた方が嬉しいよ」

「でも、まー君先輩と会長の間に入るのって、お邪魔じゃないですか?」

「お邪魔だなんてそんなことは無いよ。僕も会長も普段参加してない部員がやってきたら嬉しいからね」

「そうは言いますけど、陽菜はまー君先輩と会長のデートを邪魔するような無粋な真似はしませんよ」

「僕と会長のデートって、そう言うのじゃないんだけど」

 会長と二人で観覧車に乗っていたところを陽菜ちゃんは見ていたのだろうか。もし、その現場を見ていたとしても、僕と愛ちゃんが乗っていたところも見ていたはずなので会長だけに言及しているのはおかしい。

 もしかして、陽菜ちゃんはオカ研の活動を僕と会長が二人だけで過ごす時間だと思っているのだろうか?

「まー君先輩と会長って、付き合ってるんですよね?」

「違うよ。僕は会長と付き合ってないよ」

「でも、まー君先輩と会長が休みの日に一緒にいるの見たんですけど。休みに日に一緒に出掛けるのって、付き合ってるからじゃないんですか?」

「違うね、付き合ってなくても一緒に出かけることはあると思うけど」

「でも、付き合ってないなら一緒に観覧車に乗るなんておかしいですよ」

「いや、友達同士でも乗るでしょ。それに、観覧車に乗るところを見ていたんだったとしたら、僕と会長が二人だけじゃなかったって知ってるんじゃないの?」

「はい、まー君先輩と会長の他に一年の間でも有名な美人の先輩がいたのは知ってます。でも、何でその美人の先輩がまー君先輩と会長と一緒にいたのかはわからないんですよね。偶然一緒に居合わせたんですか?」

「偶然じゃないよ。ちゃんと待ち合わせをして会ってるし。それに、愛ちゃんは僕の彼女だからね」

「ちょっと何言ってるんですか。そんな冗談面白くないですよ。あの美人で有名な先輩がまー君先輩の彼女なわけないじゃないですか。陽菜に対してそんな見栄を張らなくても大丈夫ですよ。陽菜はまー君先輩と会長が付き合ってないって言ってくれたことでまー君先輩が会長と付き合ってはいないんだなって思いましたから。そんな嘘までついて陽菜に会長と付き合ってない事を教えようとしなくてもいいですよ」

「いや、僕が愛ちゃんと付き合ってるってのは本当だから。あの日だって、僕と愛ちゃんが初めてのデートだったんだしね」

「え、初めてのデートなのに会長も一緒にいたって事ですか。何ですかそれ、まー君先輩も会長も彼女さんもバカなんですか?」

 薄々は思っていたのだが、確かに初めてのデートに他の女性を誘うというのはおかしい話だと思う。こんな事は誰にも言えなかったので指摘されることも無かったのだが、あらためて言われると自分たちの行動はおかしかったのだと思い知らされた。それでも、僕は楽しい思い出が出来たとは思う。決して、会長のパンツが見れたから良い思い出になったという事ではない。

「じゃあ、私もまー君先輩のデートに一緒についていきたいって言ったら一緒に行ってもいいんですか?」

「いや、それはダメだろ。陽菜ちゃんがおかしいって思ってた事をしようとするなんて変でしょ。それに、愛ちゃんも嫌がると思うし」

「まー君先輩の彼女が嫌がらなかったら良いって事ですよね。会長が良くて陽菜はダメだって、そっちの方がおかしいですもん」

 陽菜ちゃんは大きな声でそう叫んでいた。僕たちの他に誰もいないとはいえ、図書室でこんなに大きな声を出すのは良くないとは思うのだが。それでも、そんな事はお構いなしに陽菜ちゃんは泣きそうな顔と声で僕を説き伏せようとしてきたのだ。


「じゃあ、まー君先輩が陽菜も一緒にデートしても良いっていうようにしてみせますよ。さすがにここじゃ恥ずかしいんで、こっちに来てもらえますか」

 陽菜ちゃんは僕の手を引いて図鑑のあるコーナーへと向かっていった。置いてある荷物もそのままで椅子も戻していないのだが、そんな事は気にするなと言わんばかりに陽菜ちゃんは僕の手掴んだまま図鑑コーナーに置いてある踏み台に座るように指示をしてきた。

「いいですか。まー君先輩は彼女とデートする時に陽菜の事も誘わないとダメですからね。本当は、陽菜と二人っきりが良いんですけど、彼女がいるのにそんなことは出来ないですし、陽菜の事しか見れないようにしてあげますから」

 掴んでいた僕の手を離した陽菜ちゃんはおもむろに僕の前に立つと、もう一つある踏み台の上に立っていた。

 座っている僕を見下ろすようにして立っている陽菜ちゃんは制服のスカートをめくって僕にパンツを見せてきた。ギャルっぽい陽菜ちゃんには似つかわしくない可愛らしいパンツを履いているんだなと思ってみていると、陽菜ちゃんは僕の顔を見て少しだけ不思議そうな表情を浮かべていた。

「あれ、まー君先輩って意外と冷静なんですね。もっと慌てるのかと思ってたんですけど、その反応は意外でした。でも、年頃の男の人って見せパンでも興奮するもんなんじゃないですか?」

「そうかもしれないけどさ、陽菜ちゃんの見せパンって陽菜ちゃんのキャラに合ってないと思うな。パンツを見て嬉しいって思うよりも、意外なパンツを履いているんだなって思ったくらいだし」

「意外なって、見せパンなんてみんな一緒だと思うんですけど。見せパンって言ってもパンツっぽくないと思いますし」

「まあ、そう言うパンツは小さい子供が履くようなものだと思うしね。ある意味見せパンとしては正解なのかもね」

「え、何言ってるんですか。黒で無地の見せパンなんて小さい子供は履かないでしょ?」

 陽菜ちゃんはスカートを持ち上げたまま視線を自分のパンツに向けると、スカートから手を離して踏み台から飛び降りてしゃがみこんでしまった。

 今まで陽菜ちゃんのパンツがあった位置に陽菜ちゃんの頭頂部が来ているのだが、陽菜ちゃんの耳も髪の分け目も見てわかるくらいに真っ赤になっていた。心なしか陽菜ちゃんの体全体が震えているように見えるのだが、陽菜ちゃんから発せられる声も震えて聞こえてきた。

「なんで、なんでなの。こんなのって、おかしいよ。まー君先輩に見られちゃった。まー君先輩にだけは見られたくなかったのに」

「心配しなくてもいいよ。誰にも言わないから安心してね」

「そうじゃないの。誰にも言わないってのは当たり前だし。それよりも、陽菜がこんなパンツ履いてるって思われちゃったよ。今日は体育が無いからって油断してたのを忘れてたし、なんで今日に限って見せパンを履いてなかったんだよ。陽菜のバカバカ」

「陽菜ちゃんらしくないって思ったけどさ、そんなの気にしないで好きなのを履いてる方がいいと思うよ。ほら、誰だって好きなモノは身につけたいって思うだろうし」

「もう、そんなフォローいらないですよ。こうなったら、まー君先輩には責任取ってもらうしかないですね。まー君先輩が彼女とデートする時は陽菜の事も誘わないとダメですよ。会長は一緒じゃなくてもいいですけど」

「それは僕一人じゃ決められるような事じゃないし。陽菜ちゃんが履いているパンツだってイメージと合わないけど悪くないと思うよ」

「そんなフォローもいらないですよ。まー君先輩にパンツ見られたって彼女に言いつけてやるんだからね。それで振られたら、陽菜がまー君先輩を慰めてあげますからね」


 こういうのを小悪魔っていうのかなと思っていたけれど、ギャルな見た目に反して女児アニメのパンツを履いている陽菜ちゃんは色々とギャップのある女の子だという事がこの短時間で判明したのだ。

 だが、愛ちゃんに今日のことを言われるのはちょっと問題があるかもしれない。嘘はつきたくないけど、愛ちゃんが知らない事をわざわざ言うのもどうかと思うのだ。でも、隠し事も良くないとは思うんだよね。

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