第9話 彼女の親友真美ちゃん

「愛ちゃんと一緒に観覧車に乗ったって聞いたんだけどさ、君は観覧車の中で愛ちゃんに変な事してないよね?」

「変な事って、僕たちは普通に観覧車に乗ってただけなんだけど。いったい何を言ってるのかな?」

 僕は愛ちゃんと一緒に観覧車に乗っていたし、その観覧車の中で彼女の言う変な事はしていない。漫画喫茶ではこの子に言えないような事はしちゃったと思うのだけれど、それは観覧車の中ではないので嘘はついていないはずだ。

「それならいいんだけどさ、愛ちゃんが朝から嬉しそうにしてるんで何かあったと思ったんだよね。思い当たることと言えば、愛ちゃんが三連休に君とデートするって言ってたことくらいしかないからさ。何かあったんじゃないかって思ったんだけど、本当に何も変な事してないんだよね?」

「何もしてないよ。それにさ、嬉しそうにしてるってのは良いことなんじゃないの。僕は今日も愛ちゃんの事は見てるだけだけど、そんなにいつもと変わってる様子は無いと思うけどな」

「はあ、君はそれで良く愛ちゃんと付き合ってるって言えるね。何も見てないって事じゃん。もっとよく見てあげなよ」

「そうは言ってもさ、学校で愛ちゃんに話しかけるのは難しいんだよ。なんでかわからないけど、話しかけようとしたら毎回邪魔が入るし、今日だって別のクラスの女子たちが愛ちゃんをずっと囲んでて話しかけに行けなかったし」

「情けないな。なんでそんな事で諦めるような男をあの子は好きになっちゃったんだろうな。愛ちゃんが幸せになるならいいかもって思ったけどさ、もう少し男らしいところを見せてグイグイ言った方が良いと思うよ。あんなに嬉しそうな顔は私もそんなに見た事ないし、君だって愛ちゃんが幸せそうにしてる方が嬉しいだろ?」

「それはそうだけど、愛ちゃんと話す機会ってあんまり無いからさ、僕が近付こうとすると誰かに邪魔されるんだよね」

「そこをどうにかするのが彼氏の役目だと思うけどな。でも、昔からあの子の周りって不思議と人が集まるんだよね。私も幼稚園に入る前からずっと一緒なんでわかるんだけど、私が学校で話しかけようと思ってもあの子って誰かと話してることが多くて話しかけられなかったんだよな。でもさ、不思議なんだけど、登下校中に私と一緒にいると話しかけてくる人がいないんだよね」

 登下校中に愛ちゃんに話しかけることが出来ないのって、彼女が愛ちゃんの側にいるからなんじゃないかな。

 愛ちゃんの親友である真美ちゃんはお母さんが外国人のハーフなので少し話しかけにくい雰囲気がある。身長も高くスタイルもいいので普通にしていれば愛ちゃん以上にモテそうな感じはするのだが、彼女は小さい時に見た漫画やドラマの影響でスケバンに憧れているらしく服装もその影響を受けていて近寄りがたいものがある。

 そうは言っても、影響を受けているのは見た目だけで中身はいたって普通の女の子で、他校の生徒と揉めているといった話も聞いたことが無いし、成績だってずっといいようだ。高校ももっとレベルの高いところへ余裕で入れたそうなのだが、愛ちゃんと離れるのが嫌でこの学校を受験したという噂も聞いていた。

「一緒に登下校してるなんて、仲が良いよね。愛ちゃんから時々真美さんの話は聞いてるけどさ、その話からも仲の良さが伝わってくるよ」

「おい、やめろよ。君からそんな風に褒められても嬉しくないし。それに、同い年なんだから真美さんじゃなくていいよ。私はさん付けされるの苦手なんだよ」

「そうは言っても、呼び捨てにするわけにもいかないし」

「別に呼び捨てで良いし、愛ちゃんみたいに真美ちゃんって言ってくれてもいいんだぜ」

「頑張ってそう呼ぶように努力するよ」

「別に努力なんてしなくていいよ。私の事はどうだっていいし、それよりもだ。君は愛ちゃんとどこまで行った?」

「どこまでって、どういう意味?」

「ほら、若い男女だろ。キスとかしたのか?」

「え、そんな事はしてないけど」

「それは本当か?」

「本当だけど。なんでそんな風に思うの?」

「だってよ。あんなに嬉しそうな愛ちゃんを見たのは久々だし、いいことあったのかなって思ってさ。三連休に何かあったって考えると、君とデートしたことくらいなんじゃないかなって思って」

「デートはしたけどオカ研の会長も一緒にいたし、キスなんて出来る感じじゃなかったと思う」

「そう言えばそんな事も言ってたな。つか、何で初めてのデートに部外者を連れてるんだよ」

 真美さんの疑問は当然のものだろう。僕だってなんで会長が一緒なのかいまだにわかっていない。あの時だって会長が気を遣ってくれて来ないって選択肢もあったとは思うのだが、そんなことは無かった。いや、会長は気を遣ってくれて僕と愛ちゃんが楽しめるように色々としてくれてはいたと思う。なぜ会長が僕にパンツを見せてくれたのかはわからない。愛ちゃんに見せるように言われていたそうなのだが、何で会長が愛ちゃんのいう事を聞いていたのかという事も謎なのだ。

「最初のデートだったから緊張して二人っきりは恥ずかしかったって事なのかな?」

「いや、それは無いだろ。愛ちゃんは君と一緒にいられるのを楽しみにしてたはずだし、前の日だって夜にそんなこと話してたからな。愛ちゃんのパパはちょっと複雑そうだったけど、愛ちゃんのママは嬉しそうにしてたくらいだよ」

「へえ、そんなことがあったんだ。でも、何でそんな事を知ってるの?」

「なんでって、私は毎晩愛ちゃん家族と一緒にご飯食べてるからな。最近はお邪魔することが多いけど、時々私が手料理をふるまったりもしてるんだ」

「そうなんだ。真美さんって料理も出来るんだね」

「料理も出来るってなんだよ。君は私の何を知ってるって言うんだよ。それに、真美さんはやめろって」

 真美さんの見た目だけなら料理とかは出来なそうな感じなのだけれど、意外とこういう人の方が美味しいモノを作ることが出来るのかもしれない。世の中は様々なギャップがあると思うのだが、これも一つのギャップと言えそうだ。

「料理が出来るって言ってもな、愛ちゃんが喜んでくれるようなモノしか作れないんだけどな。お弁当とか作ってあげたいけどさ、そう言うのは苦手なんだよ。どうも冷めたものを美味しくするって事は私には難しいみたいでさ。って、なんで君にこんな事を言わなくちゃいけないんだよ」

「いや、そっちが勝手に言い出したと思うんだけど。でも、愛ちゃんが言ってた以上に真美ちゃんは愛ちゃんと仲が良いんだろうな。愛ちゃんから聞いている話と真美ちゃんが話している姿を見てるとその事が伝わってくるからね」

 真美ちゃんは僕の言葉を聞いて恥ずかしそうに照れてはいたのだけれど、その表情はとても嬉しそうに見えた。

 きっと、真美ちゃんはスケバン風のその見た目で誤解されてきたことがも多いのだろう。ちょとだけ見た目を変えればいいのにと僕は思っていたのだが、そこは真美ちゃんの譲れない部分なのかもしれない。

 見た目は愛ちゃんと真美ちゃんで制反対かもしれないのだが、二人の話を聞いているとお互いに相手を大事に思っている素晴らしい関係だと僕は思っていた。

 僕が愛ちゃんと学校で一緒に過ごす時間がほとんどないのだけれど、真美ちゃんは僕以上に愛ちゃんと学校で一緒に過ごす時間が無いそうだ。

 お互いに愛ちゃんと同じクラスで話す機会は多そうなのだけれど、教室に入ってから愛ちゃんは多くの女子に囲まれて近寄ることも出来ない。それは僕だけでなく真美ちゃんも同様なのだ。

 放課後の部活が始まるまでの短い時間に僕は愛ちゃんと一緒にいることが出来ているのだが、真美ちゃんが愛ちゃんと一緒に学校で過ごすことがその短い時間すら出来ていないそうだ。だからと言って、僕が愛ちゃんに会える時間を真美ちゃんに譲ることは出来ないので、そこは我慢してもらうしかない。

 僕も、登下校中は愛ちゃんと一緒にいられないのだからね。


「君ってさ、オカ研なんだろ。活動ってどんなことをしてるのさ?」

「どんなことって、最近はそれ系の本を見たりネットで調べた事を話し合ったりしてるよ」

「って事は、直接調べに行ったりはしてないって事か?」

「そうなるね。正式な部活じゃないから活動費も無いし、そこまで熱心な人もいるわけじゃないからね。会長はその辺は好きみたいだけど」

「なんとなく怖そうなことをしてると思ってたけど、それくらいだったら平気かもしれないな」

「平気って?」

「いや、愛ちゃんから一緒にオカ研の見学に行こうって誘われているんだよ。話をしてるだけなら怖くないかなって思って」

「怖い話が聞きたいって言うんだったらさ、それが得意な後輩がいるから見学する日に来るように言っておくけど」

「バカ、そう言うのは苦手なんだよ」

「そうなんだ。意外かも」

「意外ってなんだよ。普通はそういうの苦手なもんだろ。まあいいや、変な事したらぶっ飛ばすからな」

「ぶっ飛ばすとか物騒だな。でも、僕くらいだったら簡単にぶっ飛ばせるのかもね」

「そんなわけないだろ。私は人を殴ったことも無いんだからな、それに、愛ちゃんの彼氏にそんなことするわけないだろ」

 真美ちゃんはそう言いながらも僕の肩を軽く小突いてきた。少しだけ体重を乗せたその攻撃は僕の方にずしりとのしかかってきたのだが、油断していた僕はその一撃で簡単に倒れ込んで尻もちをついてしまった。

 肩の痛みは全然なかったのだが、尻もちをついた衝撃で少しだけお尻が痛くなってしまった。

 あっけなく倒れてしまった僕を見て慌てた真美ちゃんは僕に駆け寄ると、しゃがみこんで僕を心配するように見ていたのだ。

「そんなに強く叩いたつもりはなかったんだけど、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。当たったタイミングが良かったのと気を抜いていたって事で倒れただけだからさ、痛さは全然感じてないから」

「それならいいんだけど、やせ我慢してないよな?」

「そんな事ないよ。本当に痛くないから」

 僕は立ち上がろうとして前を見ると、心配して僕に近付いてしゃがんでいた真美ちゃんのスカートの中が見えてしまった。

 真美ちゃんのスカートは長いのでそんな簡単に見えるものではないと思っていたのだが、どうしてスカートの中が見えていたのだろうか。答えは単純である、真美ちゃんが長いスカートを巻き上げて僕にパンツを見えるようにしゃがみこんでいたのだ。

 愛ちゃんが履いていたものよりも大人っぽい黒いセクシーなパンツが僕の目に飛び込んできたのだが、真美ちゃんは何もなかったかのように僕の事を心配していた。

 もしかしたら、僕を小突いた償いとして見せてくれているのかもしれないが、どうしてそんな発想になるのだろうと僕は気になってしまっていた。

「大丈夫か?」

「痛くないから大丈夫だよ」

「じゃあ、ちゃんと見えてるか?」

「見えてるって、何の事?」

 真美ちゃんは明らかに自分の意思でパンツを僕に見せている。その事は僕も十分に理解していた。でも、そんな状況でも僕は真美ちゃんのパンツが見えているという事を言うことは出来なかった。

「私だって恥ずかしいんだから言わせるなよ。私のパンツが見えてるかって聞いてるんだよ」

「いや、見えてるかって言われてもさ、そうやって見せるようにしてたら見えちゃうでしょ」

「見えてるならいいんだ。でも、このタイミングで良かったのかな。ここを逃したらもっと恥ずかしい思いをしてたかもしれないし」

 真美ちゃんは僕と目を逸らしながらそう言っていたのだが、僕は真美ちゃんの大人っぽいセクシーな黒いパンツよりもその表情をじっくりと見てしまっていた。

 それに気付いた真美ちゃんは恥ずかしそうに僕の頬を平手で叩いてきたのだが、その一撃は先程とは比較にならない程重く痛いものであった。


「私の顔よりもパンツを見なさいよ」

 僕は真美ちゃんのその意味不明な言葉を理解することは出来なかったが、倒れた事で偶然にも視界にパンツが飛び込んでくることになったのだ。

 よく見てみると、黒いパンツに蝶々の刺繍が施されていたのだが、とても細かい仕事をする人がいるんだなと思ってしまった。

 女性のパンツは芸術品だというセリフを聞いたことがあったのだが、それはあながち間違いではないという事を理解出来た瞬間であった。

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